7-18)凡人

「みうら、です。ええとよこすかさん、なんで」

「探しに来たんです」

「……ちょっと待ってください」

 横須賀の言葉に一度三浦は手の平を向けて遮った。手首で手錠が揺れる。それからこめかみに手を当て、首を左右に動かしたり、肩を伸ばしたりしながら三浦は体を起こした。

「約束してすっぽかしたのに、すみません」

「いえ。三浦さんが破ろうとしたわけではないと、思いますので」

「すみません、有り難うございます」

 眉を下げて三浦は苦笑した。手首を見つめていると、ああ、と三浦がもう一度、今度は見せるようにして手を掲げる。

「プラスチック製ですが、まあ短期間なら十分使えますよね。さすがに壊せないです。足も有るんですが、中でちょっと動くくらいなら出来ます。動けなくすると言うよりは、簡易的な行動制限以上の意味は無さそうですね」

 表情は酷く申し訳なさそうなのに、声は淡々としている。落ち着いた様子で説明する三浦を見ながら、ええと、と横須賀はどういえばいいかわからないとでも言うような声を漏らした。

「三浦さんは、その」

「未久さんが俺をどうやってここに繋いだかはわからないんです、すみません。気づいたらここにいました。正直ここがどこかもよくわかっていない感じです」

 横須賀の言葉に、三浦は肩を竦めた。ということは深山が三浦を使っている時、三浦はそれを自覚しないということだ。精神交換、という言葉からして、そのとき三浦の意識はそこにないのかもしれない。

「ここは芙由之芽市です。ええと、廃工場で、地図だとここになります」

 スマートフォンを取り出して三浦に見せる。のぞき込んだ三浦は、眉間に皺を寄せた。

「ううん、すみませんちょっと心当たり無いですね。未久さんの実家は一応市内のようですが」

「離れてはいますが、深山さんの実家が所有しているようです。深山さんからなにか聞いていますか?」

「……いえ、すみません」

 視線が床に落ちる。横須賀はライトを一度下げて、三浦をのぞき込むように背を丸めた。

「いくつかわかったことがあります。三浦さんにして欲しいことも、あるんです」

「俺に?」

 いぶかしむ声は小さく、低かった。横須賀が頷くと、は、と短い音が響く。

「俺に出来ることなんてあるんですか? こんなとこで丸くなってるだけの男ですよ」

「三浦さんじゃないと、難しいんです。すみません、まず話を聞いていただけないでしょうか」

 沈黙。しかし長くはなかった。六秒ほどの間の後、三浦が息を吐く。

「……お願いします。俺の予感がおかしいものだとわかれば一番です。情報がないってことはあらゆることを想像してしまうってことで、今の俺はまともな思考をしていない。横須賀さん達が調査されたことを聞かせてください」

 三浦の言葉に、横須賀は確かに頷いた。


「……滑稽だと思いはしますよ」

 壁を伝い立つついでのように、三浦は呟いた。仕事用のスマートフォンで床の写真を撮っていた横須賀が、不安げに三浦を横目で見る。

 手足が不自由と言っても、所詮安っぽい手錠でくくられているだけで、歩くことは出来る。横須賀が写真を取り終えた箇所まで邪魔にならないように移動すると、三浦はもう一度床に座った。

「山田さんのこと、リンさんのこと、藤沢さんのこと、未久さんのこと。すべてを嘘だとは思いません。それどころか俺は、多分横須賀さんが思うよりも横須賀さんの言葉を信じています。不思議なことに、今あげたメンバーの中で嘘を言う人がいないとも。

 山田さんは横須賀さんが信じる人で、横須賀さんの人柄を俺は信じてしまう。それに山田さんとの会話でも、あの人にとってメリットがなければ横須賀さんを騙す必要はないし、多分お金でどうこうでもないと思います。だって金銭を目的にするなら、もっと簡単に出来るはずです。

 藤沢さんは未久さんの親友です。お会いしていないし話もほとんど聞いていませんが、そういう人が居るのは知っています。だから疑う理由はないし、そもそも彼女にも騙すメリットはない。未久さんのことは――うん、やっぱり、俺は嘘をその話からは見つけられません」

 最後の言葉はなんとも言い難い色をしていた。情けなさげに眉を下げ、ためらいと困惑と公開を形にしたような表情が言葉を色づけたようでもある。それが何色なのかわからないまま、横須賀は床の全景を写しきる。

「それでも、滑稽だと思います」

 再び噛みしめるように三浦は言い切った。視線に顔を上げる。黒い瞳が真っ直ぐ横須賀を見ている。カーテンの隙間から、朝が漏れて広まり出す。

「俺は現代社会に生きていて、びびりで不運と笑いますがオカルト的なことについては懐疑的です。幽霊なんて信じていない。あの山田さんが信じるとも思えない。横須賀さんや藤沢さん、未久さんが怯えるようななにかがあって、それが説明しがたい勘違いだったかもしれない、くらいには考えます。話は伺いましたが、それを貴方達が信じていることを疑わなくても、事象そのものを疑う気持ちはあるから、納得いかない物事は滑稽だと思う。――思ってしまいます」

 三浦が床を撫でた。話に聞いたとおり赤黒い床はそのままである。

 ただ話に聞いていないことがあるとしたら、なにか模様を描いているようなあとがところどころ見える点だろうか。大きな赤黒いシミから広がるように、円があり、幾何学じみた模様が間を埋め、しかし読みとろうとしても広がったもので隠されてしまうからだ。

 三浦の指が、木目をなぞる。書かれている物は、三浦も心当たりがないと言っていた。

「それでも馬鹿だと言い切って振り切れるほどの強さはない。感じるような事象があって、それがみなさんに理解できないのに俺だけがわかるとも思わない。それなら事象がどういうものであれ、横須賀さんが言うように未久さんが納得する形を見つけるのが一番だと思います。だから俺は横須賀さんを信じると言いました。先ほど言いましたが、俺には訳が分かりません。わかりませんが――なにかをしたい」

 は、と吐き出された息と一緒に、言葉が転がった。自嘲でもため息でもない形が、三浦の右手を固く閉じさせる。

 三浦の口元が、二度、三度とやや動いた。開ききるに足りない形が、そのまま一文字に引き結ばれる。

 息をのんだのだろうか。すこしだけ揺れたような気がして瞬く。するりと逸れた視線は、指先から木目、木目から出口に移る。

 いや、正確には出口ではないのかもしれない。三浦はあの夜酒を飲みながらすら、おそらく深山を見ていた。

「凡人だってヒーローになりたいんだ」

 今度の呟きは、横須賀に向いていない。声は横須賀に届いたのに、宣言にしては小さい。そして敬語ではないから、横須賀に語るものでもない。

 それでも噛みしめるような言葉は、三浦の内側ではなく横須賀の耳に届いた。

「……これ、なんであるんでしょうね」

「へ」

 突然のように感じられて、横須賀は間の抜けた声を漏らした。確かに語られていたはずなのに、最後の三浦自身の内側に落とすような言葉からまた語りに戻ったことに追いつかない。それに先ほどまでの語りは三浦の心情の吐露にも近く、問いかけられたということにも横須賀は対応しきれなかった。

 間の抜けた横須賀をいぶかしむことも断じることもせず、三浦は爪で床を鳴らした。それから横須賀に示すように、ぐっと引っかいて見せる。

「赤黒、って聞くとつい血みたいな想像しちゃうんですけど、普通血って酸化すると赤はのこらなくて、黒じゃ無いですか。でもこれってそうじゃない。ならペンキかなって思ったんですが模様っぽいのに上からかき消されたみたいな、なんで残っているか分からないというか……円と記号? っぽいのがあるのに読めないし、馴染みがないし。未久さんが怯えたってのがちょっと気になったんですが、あんま意味ないかな。未久さんが描いたわけじゃ無いってことだし、昔からなら藤沢さんが言っていたような黒い何かってへんなもんに関係もしないでしょうし」

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