4-8)違和感

 デリケートな問題でな、と続けられた言葉に、山田は首肯した。

「それは失礼しました、ご忠告痛み入ります。……失礼ついでと言うのもなんですが、ひとつだけ伺っても?」

「なんだ」

 渡辺が顔を上げる。山田が少しだけ眉を下げ、困ったように笑って見せた。

「予想より調べておくことが増えたので宿泊をしたいのですが、この近くに泊まれる場所があれば教えていただきたいかと」

「なんだ、意外と抜けてるのかアンタ」

 とん、と杖が地面を叩く。そうしてから渡辺が、横須賀たちが来た方角を見やった。

「このへんは宿泊施設と入っても学校とかが利用するようなものだな。一度降りる必要がある。……あとは、すぐそこに民宿があるが、個人経営だ」

 少し口の端を下げて続けられた言葉は、あまり大きく開かなかったためか籠もっていた。視線は横須賀たちがきた方向からずれたものの、見やるには足りない斜め右下。

「個人経営。民宿と言うことは、流石に今からでは空いていても準備に難しいですかね」

「いや、よくあることだ。確か今日は客が居なかっただろうし、問題はないだろうな」

「有り難うございます。……ホームページがあるかな」

 ひとりごとのように山田が呟いて横須賀を見上げた。その視線を受けた横須賀が鞄に手を伸ばすのと渡辺が杖を鳴らすのはほぼ同時だった。

「秋山さんのとこで民宿をやってる。しゃれた宿というよりは本当に民家を改築したもんだ。それでよければ案内してやろう」

「ああ、有り難うございます」

 早口で渡辺が言いきると、山田はやや大げさに声を上げて礼を言った。ふん、と渡辺が鼻を鳴らす。

「まだ日が暮れるには早いが、準備もあるだろうしな。調べるにしても何にしても一度顔出してからがいいだろう。ついてこい」

「はい、お願いします」

 渡辺が後ろを向き、歩き出す。続く山田の後ろを見、横須賀はもう一度あたりを見渡した。

 時刻は十七時五十三分。夏のこの時期ではまだ明るい。木々に遮られた日差しも、葉脈をきらめかせる。流石に地面に近い葉は少し暗いが、それでも深い緑は葉の厚さを思わせ――

(あれ)

 ほんの少し、小僧像の奥。丘の下る場所の植え込みが暗く見え横須賀は首を傾げた。けれどもそれは一瞬で、すぐに葉の先、光を思わせる色に戻る。

「どうした」

「なんだ、こないのか」

 山田と渡辺の言葉に、横須賀はぎくりと体を揺らした。山田に問うていいのかわからず、とっさに鞄の外ポケットに手を入れて、入れ放しのメモ帳にペンを走らせる。

「なんかあったのか」

 山田が平坦に尋ねた。先ほど見た場所と山田を見比べると、わかりづらいが首肯を示される。それでようやく、横須賀はさきほど見た場所を指し示した。

「なにか、一瞬見えた気がして」

「狸でも出たか?」

 このへんじゃ珍しくない。そう続けられて、横須賀は首を傾げた。見えなかったものがなにか、想像しようにも難しい。気のせいと言われてしまえばそれまでにも思えてしまうし、目を凝らしてもなにも見えない。

「わかりません、すみません」

「渡辺さんがおっしゃるようになにか獣だったのかもですね。それとも地元の方でしょうか」

「日が暮れきる前だから子供が居ても不思議じゃないが、だったらもう少しにぎやかだろうしな。どこから来たか知らんが、狸も鹿も頻繁じゃないが見ないわけでもない。もう少し奥に行けば熊も出るし気をつけろよ。たまに降りてくる」

 興味なさそうに再び先を歩き出した渡辺に置いていかれないよう、横須賀は歩幅を大きくして続いた。

 丘を降りて進む先、白い看板には確かに熊注意の文字がある。少しあせているが掠れてはいないので古くはないだろう。

「あれだ」

 渡辺が指し示す先は、塀に囲まれた平屋建ての民家だ。大きいわけではないが倉庫らしいものが隣に並び、民家と倉庫の間からは畑らしき影が見える。

「近くまで有り難うございます、ここからは大丈夫です。もしご都合悪いのに渡辺さんのご紹介だと誤解してご無理させても申し訳ないですしね」

「そんなことはないと思うがね。まあいい、秋山さんによろしく頼むよ」

「はい、有り難うございます」

「あ、ありがとうございました」

 山田が丁寧に一礼するのに慌てて横須賀も続けた。渡辺は至極あっさり背を向けて立ち去る。行く場所は丘の方角だが、視線はそこから少しずれている。広い畑が見えるので、あちらが渡辺の所有するものなのかもしれない。

 渡辺が行くのを少しだけ見送ると、横須賀は改めて民家に向き直った。塀は高く、百八十センチくらいあるだろうか。倉庫の頭がかろうじて見える。入り口は広く、民宿秋山とかかれた木の板が見えた。表札よりも大きいそれは、しかし看板と言うには小さいようにも思える。個人経営、という言葉が頭の中で復唱された。

 ふと、山田が足を止める。入り口に入る三歩手前、追い越す前に横須賀もそれに従えば山田が横須賀を見上げた。

 表情は平時と変わらない。眉間に皺を寄せることもなく見上げたその唇が、酸素を取り込んだ後引き結ばれる。

「山田さん?」

 どうかしたのか、と思ったものの問いかけていいのかもわからず、結局横須賀は山田の名前を呼んだ。のぞき込むように首を傾げれば、つい、と反らされる。

「テメェは見ろ。それだけだ。余計なことはしなくていい」

「はい」

 儀式じみたいつもの言葉に、素直に頷く。山田の右手の親指が、ジャケットを擦り、摘む。

「確認するだけだ」

 渡辺が居るわけでも、他に人影があるわけでもない。それでも言い聞かせるような言葉に、横須賀はもう一度首を傾げた。なんとなく、落ち着かない。それは山田がジャケットを着ているせいだろうか。

 ジャケットを新調したのは、先日の仕事が原因だ。子供を一度外に出す、その目をくらませるために山田のジャケットを着せた。本人曰く一四三センチの少女と一五二センチの山田では、多少マシとは言えやはり体格差があり簡単に裾を切って縫い合わせた為そのまま少女のものとするしかなかったから仕方ないことだったともいえる。

 とはいえ予備のサングラスをガキが触ったものつけられるかと言ってそのまま渡してしまったので、裾の件が無かったところで変わらなかったかもしれないが。そうやって少女にさせたいびつな変装はなんとか功を奏したものの少女に渡す前に山田がジャケットから下ろしたものは、普通持ち歩かないだろうものだった。

 山田が少女に渡す前にジャケットの内側から出したのは、おそらくナイフだった。それにどういう名称が正しいかはわからないが、小さいとはいえ刃物をそこから取り出すのはどうにも横須賀にとって落ち着かないものだ。

 まだ夏で日も強いのに山田が真っ黒いジャケットをあの時のように羽織っている。それを思い知らせる右手が内側をざわつかせるのかもしれない。そう考えた横須賀は、しかしどこかそれが奇妙なことだとも思った。

 黒いジャケットは目立つ。山田は赤いネクタイをしているが、それを黒に取り換えれば喪服とさほどかわらないほど真っ黒い服だ。そのジャケットがあることは、上半身を見れば当然わかることである。

「山田さん」

 歩き出そうとした山田に声をかける。山田が振り返り、横須賀を見上げた。サングラスは相変わらずその瞳をみせず、戸惑う横須賀の顔を映しだす。

「なんだ」

「え、っと、見ま、す」

「おう」

 横須賀の言葉に、山田は短く答えると改めて歩き出した。庭は祖母の家とは違い整っている。

 山田が呼び鈴を鳴らす音を聞きながら、横須賀はその背を見下ろしていた。

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