4-4)晴悟

「長居しても意味ねぇし、とっとと出るぞ。ビジネスホテルで一度整理して、終えて不足がなけりゃ移動になる。テメェはなんかあるか」

「え、あ、ない、です」

 山田が問いかければ顔を上げてつっかえながら横須賀が答える。いつもと変わらない。首肯し、山田は持っていた本を横須賀に押しつけた。それを鞄に仕舞うのを見届けることなく山田は歩き出す。

「テメェがババアに一言挨拶すりゃおさらばだ。もし引き留められたら俺が車で待っているからと言え。鍵貸せ」

「あ、はい、お待たせします」

 書庫の出口で山田が手を出せば、ちゃり、と車の鍵がそっと乗せられた。倉の鍵を閉めるのを見て、足早に山田は車に向かう。

「今よろしいか」

 車の扉を開けるより半拍早く、静かな声がかけられた。山田が振り返る。案の定そこにいたのは晴悟で、見下ろす瞳は声と同じく静かだ。その背の向こうでは横須賀が玄関の扉に消えていく。

「ハジメ君はご挨拶に言っていますが」

「君と話したい」

 率直な言葉に、山田は口角を上げた。少し水平気味に寄った眉とそのいびつな笑みは軽薄な心証を与えるだろう。だが晴悟は気にした様子もなく、ポケットから銀のケースを取り出した。

 カチン。蓋が開くのを見ながら、山田は少々大げさに肩をすくめる。一度後ろに手を伸ばしかけ、しかし結局それを止めた。

「話と言っても簡単なお願いのようなものだが――もし彼になにかあったら、私にも連絡をしてほしい」

「緊急連絡先は伺っておりますが」

 差し出された名刺を受け取らず山田が答えると、晴悟の瞳が静かに細められる。

「見ての通り笑美子さんは電話が得意じゃない人だ」

「必要が有れば届くと思いますが? 一応こちらも仕事でしてね。いくら身元がはっきりしている方でも、申し訳ないが是とは言えない」

「では、君個人に名刺を貰ってほしい。連絡は好きにしていい。そこから先は山田所長の都合で決めてくれ」

 ぐ、と名刺が押し出される。山田は息を大きく吐き出すと、面倒臭そうに後ろのポケットから平べったい革の名刺入れを取り出した。

「頂戴いたします。一応、私の名刺もどうぞ」

「ああ、頂戴する」

 銀のケースの上で晴悟が名刺を睨むように見る。視線が文字をなぞるのを確認すると、山田は受け取った名刺を一瞥した。

 社長職だけでなく会長職も退いている。ついている肩書きは理事。エンボス加工がさりげなく施されている名刺は、地味だが複製を簡易にさせないものだ。しかし記載されている情報には物珍しさもないため、山田は興味なさげに名刺入れに仕舞った。

 晴悟はまだ動かない。

「……他になにか?」

 探ることも探られることも山田は慣れている。しかし黙したままの晴悟に山田はするべきことを持たないので、訝しげに尋ねるだけだった。晴悟は横須賀の知人であり、それ以上でも以下でもない。自身の見目から疑われることに慣れてはいるが、疑うよりも言いたげにされる理由は持たず、またその言葉を引き出す義理もない。

 晴悟が玄関を振り返る。横須賀が扉から出てくるところで、晴悟を見て軽く会釈をしたのが見て取れた。

「会社のことでは答えられないだろうが、なにか聞きたいことがあれば聞いてくれて構わない。可能なものだったら協力しよう」

「そりゃどーも」

 銀のケースに名刺が仕舞われる。山田は肩をすくめてそっけなく返すと、もう一度横須賀を見た。

 距離がそこまで離れているわけでもないので近づくのは早いが、しかし会話を邪魔するのを躊躇うのか横須賀は体をすくめて晴悟と山田を見ている。きょときょとと動く瞳は横須賀の心情をよく表すものだろう。それが山田とかち合うと、少しだけ安心したように横須賀は微笑んだ。

「邪魔をした」

 す、と左足を引いて晴悟が山田に頭を下げる。そうしてそのまま横須賀を見上げた。

「良い上司だな。頑張りなさい」

「あ、は、はい」

「では失礼する」

 最後の言葉は横須賀と山田二人に向けてのものだ。どうも、と山田が軽く返す隣で、横須賀は丸い猫背で頭を下げた。晴悟の後ろ姿を眺める横須賀に声をかけることなく、山田が助手席の扉を開ける。

「いくぞ」

「はい、えっと」

「今日はこのままホテルだな。コンビニで飯だけ買っていくが、まあ俺は本読むためだ。食事行くなら好きに出かけろ。てめぇは自由で良い」

 車に乗り込んだ横須賀に山田が言う。ホテルの場所を確認しながら、横須賀はいえ、と小さく答えた。

「俺もコンビニ、でいいです」

「昼くらい経費で出す」

「店、詳しくないので」

 へらり、と横須賀が困ったように眉を下げて笑う。考えてみれば、リンに食べたい物を聞かれてもろくに答えたことがないので店に限らず食事にさほど興味がないのだろう。リンが作ると非常に嬉しそうに目を細めるので嫌いではないのだろうが、横須賀の性格上ある意味しっくりくるとも言える。

 なにかを欲しがるようにはさほど見えない男だ。

「ならコンビニだな。本探しに時間かからなかったし、内容にそこまで割くこともないだろう。明日小僧像のとこに向かうつもりでいろ」

「わかりました」

 は、と吐き出す息は安堵を含んでいる。山田はシートに背を預けると、正面を向いた。

 歩行者信号の点滅を横に、車はあっさりと通り過ぎていく。横須賀はいつもと同じく、前を向いたまま車を走らせていた。

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