2-7)刑事


 歩きながら、目に入る物をなぞるように追いかける。刑事が居るかどうか確認するように言われたものの、横須賀は刑事を意識して見たことがそれほどない。なじみが薄いため見つけられる自信はあまりなかった。警察官のようなわかりやすい格好ならいいが、ただのスーツ姿ではどう見つけるべきか悩んでしまう。

 結局自信がないまま、山田から聞いた外見的特徴を探す。誰がいるかわからないが、探す刑事は四人だと山田は言った。一人は高い背丈の眼鏡の男。凡庸な顔立ちで少し額が広くなってきている三十代後半で、表情が常に真顔、のような人であると聞いている。もう一人は天然パーマの二十歳後半。眠たげな小さな目をしたやはり凡庸な顔立ちの男で、背丈は並より少し高いくらい。また一人は短い髪の整った顔立ちをした人間で、こちらは高い背丈もさることながら所作がどうにも演劇じみていていたら目立つ旗のようなもの、とまで山田に言われた。この人物も二十代後半らしいが、その整った顔立ちから年齢は読みづらい、との言葉も続けられている。最後の一人は少し小柄なそばかすの人らしい。やはり凡庸な顔立ちに小動物を思わせるまるい瞳と、健康的な範囲だろうが少しふくよかとも言える柔らかそうな体型をした女性だとのことだ。この人が二十代中頃で一番の若手である、ということも聞いている。

 頭の中で特徴を繰り返し、人が通り過ぎる度当てはめてはそのまま流し終える。おそらく病院近くを聞き込みしているだろうという予想だが、実際どうなのかまでは不明なので恐ろしく不確かなものを探しているのだが、ふと横須賀は視線をひとところに止めた。

 194センチある横須賀ほどでなくとも、180を越えると日本では随分大きく見える。それは周りに人影が無くても、建物などの対比からだけでもわかることだ。視界に入った二人分の人影は、そういう意味で頭一つ抜けた心証を横須賀に持たせた。それだけでない。横須賀の酷い猫背とは対照的に、その二人は非常に綺麗な背筋をしていた。刑事だから姿勢がいいなどと聞いたことはないが――しかし彼らがそうであるのなら、なんとなく納得行くように思え横須賀は足を止める。

 近づきすぎる前に目を凝らす。別に話しかけるのだから隠れる必要はないが、しかし気づかれる前に見つけられればそれに越したことはないと山田が言っていたからだ。片方は眼鏡をかけており、真ん中で髪を流し分けている。横須賀は前髪が長くなってしまっても目にかからないようにするためハードワックスでセンター分けにしているが、その人はどちらかというと短く切った髪を流すようにして分けているようだった。その分け目が少し高い位置にあるのも見て取れる。表情は遠目でわからないが、聞いた特徴と今のところ相違点がない。伸びた背筋はまるでパイプか何か通っているように真っ直ぐだ。

 もう一人は背を向けていて顔がわからない。眼鏡の人物より高い背丈をしており、伸びた背筋は眼鏡の人物とは違いパイプと言うより糸に吊られるようで、モデルか何かを思わせる美しさがある。所作については今はあまり動いていないので判らないが、短い綺麗な黒い髪は聞いた特徴とずれていない。

「山田さん」

 そこまで見て取って、ようやく横須賀は山田に声をかけた。先を歩いていた山田が振り返る。開いた距離を慌てて埋めて、横須賀は山田に二人の影を示した。

「あちらの方々、ですか?」

「ん? あー……ああ、そうだな。アレだ」

 しばらく目を凝らすように眉をしかめた後、山田が首肯する。見つけられたことに安堵の息を吐いた横須賀のシャツを、山田が引いた。

「平塚と小山なら楽だったが、平塚と日暮か……。おそらくテメェは平塚には気に入られるだろう、平塚は眼鏡じゃない方だ。日暮は――アレが刑事どものリーダーみたいなもんだが、あいつは真顔でふざけたこと言うからあまり真に受けるな。他の連中はわかりやすいが、日暮だけは表情が読めねぇ。わざと作っているのとは別に、アイツの表情読めたら誇っていいぞ」

 山田の言葉に再度二人の方を向く。やはりこちらから表情は見えない。山田もサングラスの為か表情が随分読みづらいと思うのだが、その山田が表情が読めないと言う相手も珍しいように思い、横須賀はそちらを見た。

「ま、凡庸なロボットみたいな顔した奴だ。無駄なことに労力割く必要はねえ。テメェは付いてくればいいし、もし見るなら平塚の方でも見とけ。ぶっちゃけアイツは見なくてもうるさいくらいにわかりやすいがな」

 それだけ言うと山田は横須賀のシャツから手を離した。そうしてするりと先を歩き出す山田の後を横須賀は追いかける。もし見るなら、と言われただけで、見ろ、という命令があったわけではない。それでもなんとなく、横須賀は見ることを意識していた。

 テメェは俺の目だ。そう言う山田の声が、内側でぐるりとまわる。

「ご苦労様です、刑事さん」

「な、山田太郎!」

 山田の声かけに、眼鏡でない方――平塚が振り返った。嫌そうに歪んだ顔立ちは、確かに整っている。右耳の上の髪は後ろに流すようにワックスで撫でつけられ、そのまま残った前髪は左側に流されている為表情を隠すことはない。整った凛々しい眉は忌々しげに歪んでも、その性情を示すようにまっすぐだ。長い睫が瞳に影を作るが、その瞳自体は日本人にしては珍しく少しだけ色素が薄い。といってもハーフに見えるような色という訳ではなく、ただ少しだけ人と違う瞳は艶やかな髪色と並ぶとやけに人の目を引き寄せる色をしている。

「何のようだ貴様……と、連れが居るのか。何を企んでいる」

 やけに芝居がかった声色だ。まるで舞台役者が台詞を読むように、文字で言うなら装飾が端々にされた昔の映画かなにかの題字に使われそうな調子の色が、唇から漏れる。

 うっすら色づいた唇は血色がよく、声がよく通りそうな大きさに開く。首筋はしっかりとしていて、しかし肌は綺麗でまっさらだ。胸の前で握られた手はその身長に見合って大きい。それでいて細い指は、きっと手が開けば長くて綺麗なのだろう。

 美青年、という単語が見合うような平塚に、しかし横須賀はふとそこで少し首を傾げるような心持ちになった。なぜだか少し、引っかかる。

「企んでなど居ませんよ失礼な。清廉潔白な民間人に何をおっしゃるんです」

「清廉潔白などと……小さいヤクザのような奴が何を言うか」

「ヅカ」

 忌々しげに唸る平塚に、日暮が諫めるように名を呼ぶ。ぎゅ、と眉間に寄った皺は、確かに山田が言うようにやや大げさに作られているようで、感情を表すと言うより相手に示している、と言う方が見合っているようだった。

「グレさん、しかし」

「山田は今なにもしていない。だろ」

 日暮が静かに告げる。平塚の大仰さとは対照的にまったく抑揚のない声は平坦で、平塚は唇の端を噛んだ。

「物わかりがよくて助かりますよ刑事さん」

 山田が口角を上げ、くつりと笑う。その表情は日暮の眉間の皺と似ているようだった。諫める表情とは反対であるものの、感情を表すのではなく示す表情。作って見せることを目的としたような顔だ。

 芝居がかった声色の平塚は、そういう二人と違い感情が素直にでている。山田に対して警戒した表情を崩すどころか、見逃してなるものかと言うように視線を鋭くしているあたりがそのまま当人の真っ直ぐさを表していた。

「……職務質問してやろうか」

「おや、残念。名刺しか持ってないのでそれでもいいですかね」

「名刺以外持っていたことないだろう貴様」

「まあそもそも職務質問なんてなんの意味もなさないでしょう? 私は法律違反など何もしていませんし、あなた方は私の仕事をご存じだ」

 ぐぬぬ、とわかりやすく唸る平塚と、あくまで笑みを浮かべたまま崩すことのない山田を見比べる。しかし見比べたところで止めるべきかどうかもわからないまま、横須賀は黙ったままの日暮に視線を移し――その無機質な双眸と目が合った。

 視線が逃げそうになるのをなんとか日暮にとどめる。目が合ったと言っても睨まれているとかそういうのでは無いようだった。縁の太い眼鏡の奥の瞳は、じっと横須賀を写しているが、写しているだけ、にも見える。

 山田が言っていた凡庸なロボット、という言葉が浮かぶ。カメラが物体を写すように、日暮は抑揚のない声と同じような視線で横須賀を見ている。横須賀は見られること自体にそもそも馴染みがないが、なんだか不可思議な心地で日暮を見ていた。

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