1-3)色薬

「ただいま戻りました」

「仕事はしただろうな」

 書類を広げ雑誌を開き、なにやらペンを入れていた山田が横柄に尋ねる。のぞき込もうとすると、全て乱雑にまとめられひとところに退かされた。ああ、これがあの部屋を作るのかななどとぼんやり考えながら、横須賀は山田にメモを差し出す。

「薬が見つかったらすぐにご連絡お願いします、だそうです」

「んなのわかってる。てめーの見たもん教えろってことだ」

「あ、はいすみません」

 紙を突き出されて、胸ポケットのボールペンを取り出しそこに箇条書きを始める。ガリガリと書き出すのを一瞥し、山田は赤月の持ってきた封筒を机の真ん中に置く。開きはしない。

「書き出しました」

「そしたらてめえはその封筒を見ろ。封筒を見たら開けて中も確認しろ」

「はい」

 山田が足を組み、横須賀の書き出した文字をサングラスのまま読む。横須賀は代わりに封筒を手にした。

 おそらくこの為に買って丁寧に運んだのだろう封筒に折り目はない。履歴書を書いていた時どうにも持ち運ぶと皺を作ってしまうためファイルケースなどを駆使していた横須賀からしたら、少しうらやましいくらい綺麗な封筒だ。自分が不器用なのかもしれない、と自身のことを考え少し情けなく眉を下げる。赤月のショルダーバッグは小さかったから、手に持ってきていたはずだ。電車で帰宅したのだから、この綺麗な封筒は持ち主の几帳面さ、神経質さを思わせるものでもあった。

 封筒はすぐ中身を確認してもらうためか、ノリではなく紐でくるりと巻いて蓋をするタイプのものだ。こちらも几帳面に巻かれている。紐は三巻。そろりと外して開く。

 ぺこりと封筒に空気を入れる。中に入っているのは紙だ。十枚の白い紙。いわゆるコピー用紙で、封筒を傾ければするりと落ち出てくる。

 文字は印字されている。パソコンで打ち出したのだろうか。簡素な作りで、フォントは明朝体。太字に下線装飾で「色薬について」の文字。

 文章自体は横書き、である口調。箇条書きも用いられている。挿しこまれている写真はすべて同じ大きさ。縦に位置もそろっており、ある程度意識して作ったことが分かるデザイン。カラー印刷されているが、地図はモノクロでも見やすいように色数が落とされている。

 口調は全て一律統一されている。十枚は全て片面印刷。片面で写真が入っているとはいえ、十枚にきっちり文字があるにも関わらず、誤字は一つもない。行間は少し狭め。

 文章の構成もきちんとまとまっていて、読みやすい。冒頭に太字で色薬についてとのタイトル、改行。空行は存在せず、そのまま色薬とは、で書き出されている。万病に効く透明な液体のことで、その液体に色が付けば病を無くすという文言。そして改行後、色薬の特徴について箇条書き。以上が色薬である、と締め、その色薬について以降どう説明していくかの要点の書き出し。それから自分はこの色薬の性能を研究し現代医療を変えたいと考えているとの言葉。そういうはじめの文章のあとは、要点ごとに番号が割り振られ、下線で分かるようにされている。

 赤色は血液や免疫の病気を治す。橙色は五感の不備を。黄色は皮膚の病気を。緑色は精神の病気を。青色は老いによる病気を。藍色は神経の病気を。紫色は五臓六腑の病気を。白は全てを作り替え、黒は全てを最初に戻す。そして灰色は、頭を。

 その透明な液体は、そうたやすく持ち出せないとの説明がある。それはどこにでもあり、どこにでもない。すぐそこにあるけれどもすぐそこに見えない。そういう物らしく、探し出しても持ち出せるかという問題点もあるようだった。まずそれを入れるに相応しい入れ物が必要で、入れられたとしても全ての色を混ぜないようにして持ち出さねばならないとある。方法の記載は、ない。

 次に記載されているのは色薬の場所だ。それは移動する池の中にあると言う。移動する池。なんだか湖でならそんな話を聞いたことがある気がする。それと思い浮かぶのは逃げ水か。しかしそれだけでは答えにならない。詳細の場所はなく、それは常に求めている、などという言葉で締めくくられていた。

「読みました。ええと、内容を書けばいいんでしょうか」

「今お前の文章読んでたのになんで読めねえと思うんだ愚図。見た情報を書き出せ」

「す、すみません」

 新しい紙を突き出されて、謝罪しながら受け取る。それから封筒に中身を戻すと、山田が手を差し出したので渡した。そうして読み出す山田をちらりと見る。山田は小柄だから、手も小さい。赤月がつけていたあの緑の石は山田の薬指くらいだったかもな、と考え、付箋をとりだして書き出す。

「山田さん、先ほどのメモに訂正失礼します」

「あ? あー……ふん、お前本当目はいいんだな」

 特別褒めるような色はないが、しかし少しは感心した調子で山田が呟く。その言葉になぜか申し訳なさそうに身を縮こまらせ、横須賀はいつもの猫背で紙に向かった。

 封筒や中の書類に関する記述は短い。文章自体は山田が読んでいるので、指示通り見て気づいたことを書き出すだけだからだ。

「終わりました」

「おう。少し待て」

「パソコンを使ってもいいですか?」

「好きにしろ」

 山田から許可を得ると、横須賀は書き出した紙を山田の側に置いて、代わりにノートパソコンを自身の前に開いた。移動する池、とキーワードを打ち込む。特別な情報はなく、池を移動する方が検索結果にでる。これではない。次に移動する液体、とキーワードを打ち込む。でてきたのは流体金属。金属ではないのでこれでもない。

 うまくキーワードが浮かばなかったので、次は移動する湖、と入力する。そうするとおそらく記憶の端にあったものだろう砂漠の塩湖の情報が出てきた。ロプノール。しかしこれほどの壮大な規模が池で起こるとは考えにくいし、そう簡単に動けるものでもない。

 結局それ以上はわからないので、次に逃げ水について調べる。日本という環境では、一番ありえるのがこれだろう。

 しかし逃げ水はそもそもそこに水がない。逃げ水から場所を探し出すべきなのだろうか? その方法を考え、しかし、と否定する。それだけで見つかるのなら、すでにそれは利用されているだろうし――透明な液体に色が付けば、という点への答えがでてこない。おそらく、透明なままでは無意味なのだ。透明な液体を見つけることの難しさだけでなく、なにが色なのか。色を混ぜればいいというものでもなさそうであるが、色の付け方がいっさい記述にない点にも問題が大きい。

(ん?)

 ふとパソコンから横須賀は顔を上げ、山田が読んでいる紙を見る。中の文章が読めるわけではないが、思いだそうとするように横須賀は眉をひそめた。それからメモ帳を取り出して、思考を吐き出すようにペンを走らせる。

(液体は透明)

 短い言葉をひとつ。

(色が付けば病を無くす)

 その横にもうひとつ。

(入れられたとしても全ての色を混ぜないようにして持ち出さねばならない)

 長い文章を、その下にひとつ。

(入れられたとしても、仮定。持ち出さねばならない、しなければいけないこと)

 分かっている文章はそのままに。横須賀はひっかかる文章の下に、下線を引いた。

(全ての色を混ぜないようにして……? 透明な液体を運ぶのに、入れ物に入れる時には色がある?)

 首を傾げる。なんだがひどく奇妙だ。考えてみたら、色を付ける方法が書いていなかったという事は色自体意図してつけるものではないのだろうか。そもそも相応しい入れ物とは。

(混ぜないように持ち出す、じゃなくて、混ぜないようにして、持ち出す)

 して、の文字に丸をつける。メモを見つめて、しかしそれ以上ペンは走らない。わからないことだらけなので横須賀はメモ帳をしまった。ちょうど山田は読み終わっていたようで、赤月の持ってきた紙ではなく横須賀の書いた紙から顔を上げたところだった。

「なんかわかったのか」

「え、いえ……移動する池、でも移動する液体でも違うようですし、移動する湖は規模が大きすぎて……なんとなく逃げ水は連想したんですけど」

 すみません、と横須賀が謝罪する。山田はしかし興味なさそうに紙を机に放った。

「てめーに考えろなんて言わねえよ。てめえのその能力は見ることと探すことで十分だ。俺が使ってやるからそんな無駄なことで謝る必要はねえ」

 随分不遜な言葉だ。能力の高さを褒めてはいても、貶しているように感じられるような言葉。しかし横須賀はほんの少し目を伏せ、安堵したように微苦笑した。

「はい、有り難うございます」

「そもそも今回の依頼は、透明な水を見つけるって話じゃねーだろうし、な」

「え?」

 山田の呟きに横須賀が不思議そうに聞き返す。山田は資料をまとめて横須賀に差し出した。

「持ってろ。出掛けるぞ」

「え、あ、はい! なにか必要な物は」

 慌てて横須賀は立ち上がり、いつもの鞄を手にするとクリアファイルのケースを取り出しそこに封筒を入れながら問いかける。山田は財布をポケットにしまい扉に向かった。横須賀を見もしないのは相変わらずだ。

「それがあればいい。名刺は俺が指示しない限りは助手の方使え」

「わかりました」

 慌てて山田の背に駆け寄る。じゃらりと鍵束を取り出し、山田は鍵を閉めた。

 歩き出す山田の斜め後ろを横須賀は歩く。山田は夏でも長袖だ。それだけでなく、シャツの中に着たベストは厚手である。防犯用らしいがテレビで見る分にはそういったベストは外に着る印象だったし、平時まで着るのは少し違和感があったが、しかしサングラスと同じく毎日のことなのでそういうものかと横須賀は受け入れつつあった。シャツの中に着るのは、あまり仰々しい物を見せない配慮なのかもしれない。

「ひとまず、ガキのツラ見に行くぞ」

「はい。……あれ、赤月さんと一緒に行けばよかったのでは」

「仕事だっつってただろう阿呆」

「すみません」

 見ること、に集中しすぎた為、話の内容はほとんど頭に入っていない。素直に謝る横須賀に、山田が馬鹿にしたように笑う。

「まあいい。てめえはてめえの仕事をした。それ以上求める気はねえ。てめーの戦果は今のとこ十分だ」

「あ、ありがとうございます」

 嘲るような色だが、しかし横須賀は素直に頭を下げた。また、馬鹿にしたような笑いが響く。それでも自分の仕事が肯定されることは横須賀にとって幸いと言えることなので、少しだけ嬉しそうに口元を綻ばせる。

「ガキの病気は脳神経関係らしい。だからまあ、藍色か灰色だな。藍色で試してダメなら灰色を探したいってところか。病院は新山病院。脳外科だな。調べろ」

「あの、俺ガラケーなんですけど」

「あ?」

「ええと、一応調べてみます」

 パケ放題ではないので通信料がかかる、というのもあるが、それだけでなく最近のホームページはガラケーのスペックでは表示しきれないことが多い。病院だし、と思って検索し、一応簡易案内は出てきたので安堵する。

「えっと、面会時間」

「違う。評判はどうだ」

 否定され、確認していたホームページから検索画面に戻る。

「個人病院らしいですが、新山先生は優れた外科医師のようです。顔立ちが整っていらっしゃるようで、そういった部分での評判もみられますね。芸能人みたい、だそうです。ええと、あと入院設備もしっかりしていらっしゃるみたいです。問題点としては中々入院するにも人が多い点だそうですね。……あ、あと」

「なんだ」

「待合室で不思議な人に会うそうです」

 横須賀の言葉に、山田がちらりと振り返る。

「男か」

「女性とのことです」

「あの女が会ったと言ってたのは男だったが、女、か。最近か?」

「はい、そうみたいです」

 山田は再度前を向く。横須賀はボタンを下に押してさらに画面をスクロールした。

「……心を治してくれる、とありますね」

「はっ、うさんくせえな」

 一笑。横須賀は調べたことを読み上げているだけなのだが、申し訳なさそうに頭を下げる。前を向く山田はそれを見ていない。

「まあいい、調べる必要もねえだろう。てめーは病院では下手なことしゃべんじゃねえぞ」

「は、はい」

 頷いて、横須賀は肩から下げた鞄のベルトを持ち直す。なにを考えているかどうするつもりかなどはわからないが、そもそもこうやって二人で出かけることすらはじめてなのだ。分からなくても仕方ない。

 とにかく失敗しないようにと自身にいい聞かせながら、横須賀は山田を追い抜かないように後ろを歩いた。

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