第52話 誕生

 麗子と神崎が2度目の覚せい剤所持、ならび使用で逮捕され、服役している間に、郁美はアラスカにいる秀喜に連絡し、お腹の中の子供は、残念ながら流産したという、なんとも悲しい嘘の報告をしたあと、悲嘆に暮れる秀喜のことを心配しながらも、陽子の庇護の下で、無事に女の子を出産しました。


 陽子は生まれてきた女の子に、瑞歩という名前をつけました。


 瑞歩の本籍地は、野間製作所の本社工場がある、北関東の或る地方都市で、その街はもともと、野間製作所が四国の香川県から工場を移転するまでは、人口の少ない小さな村でした。

 野間製作所の工場の移転と共に、人口が急激に増加して、今では街全体の人口の8割が、野間製作所の社員や関連企業の人達になり、初代の市長は野間製作所の出身者で、今もその流れは続いており、現在の市長を含めて、歴代の行政のトップは、全て野間製作所の出身者となりました。

 財政面でも、野間製作所から莫大な法人税が入りますので、とても潤っており、その街は言わば、野間家の城下町であったのです。 

 陽子にとって、その街の役所の資料を改ざんすることは、造作ないことでありました。

 陽子は瑞歩の戸籍と、秀喜と郁美の福山という、新しい戸籍を用意しました。

 郁美は自分が産んだ瑞歩と、一生会うことは叶わない苦しみを背負いつつ、忌まわしい全ての過去を清算するために、アラスカから帰国した夫であり、実の兄である秀喜に、瑞歩を出産したことと、野間陽子の存在を隠し、それ以外のすべての真実を話し、これからは本当の兄妹として暮らして行きたいと話しました。

 秀喜は郁美に対して、幼いころから違和感のような感情を抱いていたことを話しました。すると不思議なことに、郁美も同じような感情を抱いていたと言いました。

 おそらくその違和感とは、双子という特別な関係の者にしか理解できない、一種の連帯感みたいなものだと二人は言っておりました。

 そして、その連帯感が、麗子という狂人によって捻じ曲げられ、二人は本来ありえない間違った環境で育ち、いつしか連帯感が恋愛感情となってしまったため、二人は互いに、言い表しにくい違和感を抱き続けたのでしょう・・・


 秀喜と郁美の二人は、陽子が用意した福山章浩と福山愛子という、1歳違いの兄妹として新しい人生を歩み始めました。


 郁美は秀喜に、新しい戸籍を手に入れた方法を話しませんでした。陽子に迷惑がかかることを心配したのと、何よりも瑞歩の存在を隠すためでした。


 瑞歩の誕生と共に、陽子は周囲の反対を押し切って、まるで隠居するようにして野間製作所の社長から会長に就任し、生活の拠点を何の由縁も無かった関西の高級住宅地である兵庫県芦屋市へと移し、隠遁生活を送るようになりました。


 その後、章浩と愛子は、木を隠すなら森へということで、人口の多い大阪で暮らしはじめ、加代は知人が住んでいた島根県で暮らすことになりました。

 そして章浩は、麗子や神崎が携わっていた、映画業界を避けるため、映画を撮りたいという夢を諦め、趣味であったカメラで、自らの表現欲を満たすようになりました。

 そうして章浩は涼介と出会い、涼介に一目惚れした章浩は、彼を妹の愛子に紹介しました。


 その後、愛子は涼介と結婚して、幸せに暮らしておりました。

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