第46話 ある考え

 話は遡りますが、神崎が美智子を保護して、2週間が過ぎたときでした。彼は美智子から預かっていた、秀夫と久美子の遺書、そして秀夫が書いた小説を読み、二人の死に関して、次のような仮説を立てました。

 久美子は遺書で、秀夫が書いた双子の物語を読んだとありましたが、双子の姉妹の物語ではなく、男女の双子の物語を書いてはどうかと、良くも悪くもその批評を避けていましたので、秀夫にしてみれば、敢えて批評を避けられたことが、評価に値しない駄作だということを、暗に示唆されたと受け止めたのではないか。

(実際、神崎が読んだ秀夫の小説は、お世辞にも良い出来栄えとは言えないレベルでありました)

 そして、久美子から男女の双子に関する、衝撃的な史実を知らされたことによって、やはり自分は作家となる才能も資格もないと落胆し、久美子を失った絶望感と罪悪感によって、死を決意したのではないか、という結論に達しました。

 次に神崎は、秀夫の遺書を何度も読み返した結果、次のような考えを抱くようになりました。


『生まれてきた子供が男女の双子であれば、自分たちの生まれ変わりとして、将来結婚させてほしいのではないか』


 当時の神崎は、近親交配によって生まれた子供は、様々な障害や疾患を持つ恐れがあるという、巷の流言飛語程度の知識は持っておりましたので、やはり近親者の結婚は行わないほうがいいだろう、という程度の倫理観も持っておりました。

 なので彼は、やはり双子の男女を結婚させるなど、道義的にも、倫理的にも受け入れにくいという思いはあったのですが・・・

 しかし、もしも秀夫が、男女の双子の子供たちを結婚させたいと、本当に願っているとしたら・・・と考えているときに、神崎はある重要なことに気付きました。

 その重要な事とは、自分の考えの見方を変えれば、まったく別の意味として捉えることができないか、ということに気付いたのです。

 もしも久美子が、秀夫と美智子を怨んでいて、復讐を考えていたと仮定した場合、秀夫は久美子に誘導されて、あのような遺書を書いたという可能性はないか・・・

 つまり、久美子は自分が自殺したことによって、秀夫が後を追うということを見越した上で、男女の双子は心中自殺した者たちの生まれ変わりと遺書に書き、秀夫は久美子の思惑通りに、生まれてくる子供が男女の双子であれば、自分たちの生まれ変わりだと書き、もしも自分が生まれ変わったら、今度こそ久美子を幸せにしたい、という遺書を書いてしまったのではないか・・・

 確かに文面だけを見れば、双子を結婚させてほしいとは書いておりませんが、決してその解釈が間違っているとも言い切れず・・・

 もしも復讐だと考えると、神崎は背中に寒気を感じました。

 しかし、そこまではあまりにも考えが飛躍しすぎている、という思いも同時にしました。

 神崎は美智子に話すことを迷い、躊躇いましたが、もしも自分の考えのどちらかが正しいのであれば、という思いから、彼女の精神状態が安定していたこともあり、どう解釈するのかは美智子の判断に任せる、という気持ちで、心に一抹の不安を抱きながらも、彼女に自分の考えを話すことにしたのです。

 しかし、神崎は美智子に話したことを後悔することになりました。

 もちろん、美智子も神崎の話を聞いた当初は、心に強い衝撃を受けると同時に、戸惑い、迷いましたが、日が経つに連れて次第に美智子は、自分のお腹の中の子供たちが男女の双子であれば、二人を結婚させることこそが、秀夫と久美子の願いではないか、と思い込むようになったのです。

 こうなると神崎は、自ら言い出した事とはいえ、二人を結婚させることが、秀夫の意思なのではなく、久美子の復讐なのかもしれないと言って、思い留まるよう説得しましたが、美智子は久美子の復讐説を真っ向から否定しました。

 美智子に医学的、生物学的、遺伝学的といった知識があったわけではありませんし、不幸なことに彼女は無学な上に、神崎のような倫理観も持っていなかったので、双子の兄妹を結婚させるということに、嫌悪や禁断といった、心の抵抗がありませんでした。

 何しろ、この日本で近代まで行われていた、古くからの文化であり、むしろそうすることが、亡くなった二人への供養となると言って、自らの考えを全うすると神崎に宣言しました。

 この時の神崎は、まるでミイラ取りがミイラになったかのような気持ちになりましたが、まだ、生まれてくる子供が男女の双子と決まったわけではありませんし、仮に男女の双子が生まれて来たにせよ、おそらく美智子は、子供たちの成長とともに、その考えもいずれは変わるだろうと、彼はそう思っていたのですが・・・ 


 美智子は二卵性双生児、男女の双子を出産し、どうすれば二人を他人として育て、将来結婚させることができるのか、ということを神崎と何度も話し合いました。

 もう、この頃の美智子は、神崎の言うことなどまったく聞かなくなっていましたし、美智子の本性を見抜いていた彼は、美智子を説得することは不可能と承知していたので、心ならずも彼女の考えにずるずると引きずられ、加担していくことになりました。

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