第25話 運命の使者

「?・・・・」

 私は訳の分からないまま、

「あのぅ・・・ なにが想像以上なんですか?」と訊ねると、

「さすがは、アキが一目惚れしただけの男だってことよ! それより、早く中に入れなさいよ!」と言いながら、ミツコは私より先に扉を潜り、別荘の中に入って行きましたので、私もあわてて後ろを付いて行き、象のような巨大な背中に向かって、

「あのう、いったいどういうことなんですか?」と訊ねると、

「質問は後にして! 私はお腹が空いてると機嫌が悪いのよ!」と、大声で一喝されてしまいました。

(なにキレとんねん!)と思いながらも、仕方なく玄関のドアを開けて、ミツコをリビングに案内しました。

 ミツコはリビングに入るなり、

「私、今日はどこで寝ればいいの?」と言いましたので、

(おっさん、泊まる気かぃ!)と、思わずツッコミそうになりましたが、何と言えばいいのか分からなかったので黙っていると、

「涼介、ここには使ってないお部屋はあるわよね?」と言われてしまい、私はすこし迷いながら、

「和室は普段から使ってませんけど」と言うと、

「あらっ! 私、和室は大好きよ!」と言って、ミツコはキャリーバッグの中から白い紙袋を取り出したあと、

「じゃあ、さっそくこの荷物を和室に運んで、ついでにお布団を敷いてきてよ」と言って、私にキャリーバッグを渡しました。

 意味の分からぬまま、(ホテルのボーイちゃうぞ!)と思っていると、ミツコはキッチンに移動して、右手に持っていた紙袋と、左手に持っていた紫の風呂敷の包みをテーブルの上に置いたあと、振り返って私を見るなり、

「私はお腹が空いてて機嫌が悪いって言ってんでしょうが! ボサッと突っ立ってないで、早くしなさいよ!」と口角泡を飛ばしながら、かなり傲慢な言い方をしました。

 おそらく本気でケンカしても、勝てそうな気がこれっぽっちもしなかったので、仕方なくバッグを持って和室に向かいました。

 バッグを部屋の隅に置いたあと、押入れの襖を開けて、まっさらな布団を敷きながら、やはり私にはモテ期など到来しなかったということで、キャバクラへ行くことを完全に断念しました。

 リビングに戻ってみると、ミツコはダイニングのテーブルの椅子に座っておりまして、テーブルの上には5段重ねの重箱がありました。そして驚いたことにミツコは、目の前に缶ビールを5本も並べて、手に持ったグラスには早くもビールが注がれておりました。

「涼介、先に失礼してビールを頂いてるけど、あなた、お食事は?」と言いましたので、私はとっさに、

「さっき食べました」と嘘をつきました。

 ミツコは重箱を上段から一重ずつテーブルの上に並べ、

「これね、神戸の知り合いの料亭で、無理言って作ってもらったのよ」と言いました。

 重箱にはそれぞれ、御頭付の鯛と伊勢海老の塩焼き、てんぷら、小鉢料理の詰め合わせ、和風サラダ、赤飯が入っていて、正に豪華絢爛といった料理でした。

 ミツコは私に割り箸を渡したあと、

「あなたも、ちょっとくらいはつまみなさいよ」と言いましたが、私は箸を動かす気分にはなれませんでした。

「いただきます!」と言ったあと、ミツコは今まで不機嫌な顔をしていたのがまるで嘘のように、いきなり満面に笑みを浮かべ、二重あごをタプタプと波打たせながら重箱の料理を次々と口に運び、合間にビールをどんどん流し込んでいく姿に見惚れていると、あっという間に3本の缶ビールが空になりました。

 このままだと冷えたビールがすぐに無くなりますので、私は箱に入った缶ビールを冷蔵庫に12本補充したあと、相手が飲んでいるのに、素面では付き合いきれないと思い、自分のために冷えた1本を持って、席に戻って飲もうとしたとき、

「涼介、あなたお酒は強いの?」と、ミツコに訊ねられましたので、

「はい、たぶん強いほうやと思います」と言うと、

「じゃあいいけど、あなたには大切なお話があるから、絶対に酔っちゃダメよ!」と、釘を刺されました。

(お前は、そんだけ飲んで、大事な話ができんのかい!)と思いながらビールを一口飲み、はたしてミツコはどんな大事な話をするつもりなのだろうと考えました。

 間違いなくアキちゃんの話なのでしょうが、どういった類の話なのかと思ったとき、瑞歩の話を思い出しました。

 瑞歩は確か、アキちゃんは失踪する前に、ミツコの家に3連泊していた可能性があると、探偵の報告書に書かれていたと言っておりましたので、もしかするとミツコは、恋愛の相談をするために、わざわざ私を訪ねてきたのかもしれないと思い、目の前の料理を夢中で貪り食うミツコと、アキちゃんのキスシーンを連想しようと試みましたが、「・・・・・」やっぱり無理でした。

 やはり、どう考えても恋愛関係などありえないと思った時、ミツコが席を立って冷蔵庫に向かいましたので、テーブルの上に目を移すと、5重の重箱が殆どカラッポになっておりました。

(食うの早っ!)と思っていると、またしてもミツコは缶ビールを5本抱えて戻ってきましたので、今度は(飲むの早っ!)と思っていると、ミツコは椅子に座るなり、

「さぁ、これで燃料も補給したし、私の機嫌も直ったわよ!」と言って、新しい缶ビールを開けて、グラスに注いだあと、

「本当は瑞歩が旅行から帰ってくるまでいる予定だったんだけど、とにかくテレビの仕事とかが忙しくって、1日しかお休み取れなかったのよ」と言いました。

「!・・・」

 なぜミツコが瑞歩の存在を知っていて、尚且つ旅行へ行っていることを知っているのかと驚き、その理由を訊ねました。

 するとミツコは、グラスに注いだばかりのビールを一気に飲み干したあと、

「それは、全部私が仕組んだことだからよ」と言いました。

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