5月16日 仏とビタミン
鐘が鳴る――。
どんな素材でできているのか男にはわからなかったが、その金属でできた器を叩くたびに、その音は体に染み込んでいった。
木魚が打ち鳴らされながら僧侶が唱えるお経の音を聞きながら、男は大人しく自分の焼香をあげる番を待つ。
男は考えた。
自分は果たして、成仏できるのだろうかと。
専心に唱える僧侶のお経をどれだけ意識して聞いても、その内容はわからない。
どんなことを伝えたいのか、どんな効力があるのか。
もしかしたら、それは死んでからわかる言語なのではないだろうか。
いや、それでは現実に生きる僧侶が口にできるはずがない。
わからんぞ、さぞ高尚な修行を積んだ方々なのだから、そのくらいの術は心得ているのではないだろうか。
違うな、お経は聞いていると眠くなる。きっと催眠要素が込められていて、聞きながら目を閉じると深い深い眠りにつけるのだ。木魚はお坊さんが寝ないために作られたと聞く。だから木の魚――まぶたがないから――なのだ。
もしかしたら鎮静成分が込められていて、お経を唱えながら毒霧のようにこっそり噴き出しているのではないか。ビタミンBからCまで網羅しているのではないだろうか。いや、それでは覚醒してしまうか……。
そんなことを考えているうちに、法事は終わっていた。
全く、これではなんの供養にもならないではないか、と、男は自分を律しながら席を立った。
ハイテクになった世の中で、きっと人間が使えなくなった力がどこかに眠っているのかもしれない。
石の斧や槍で獣を狩っていた時代から、スマートホンでポチッとやるだけで食事が届く時代の差異に気づかされる。
今日の命を食いつなぐために神経を研ぎ澄ませて立たせている感覚のアンテナは、現代の電線の数だけ失われているのだろう。
ファンタジー作家になりたかった男は、現代の電線にその夢を送り続けている。
いや、電線かどうかさえわからない。今は電波の時代でもある。
それが目に見えたら、きっと数えきれないほどの言葉と物語に空気が押しのけられるほど詰め込まれているに違いない。
かつては押入れやクローゼットがファンタジーの入り口だったように、今は死んで生まれ変わることがファンタジーの入り口となっている。
死んだ先に希望がある、そんな現実を表しているかのように。
そういう考えは、もしかしたら仏教にも通じているのかもしれない。
死後の世界よりも目先の生活が大事であった男に、今求められるファンタジーは想像できないのかもしれない。
元気ハツラツな飲み物をぐいっと喉の奥に流し込み、男は今日もパチンコへ行く。
今日も執筆は進まなかった。
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