11月6日 たまには昔話でもしようか①

 数年前の話である。あるとき、男は思い立って、関東地方のとある地味な県から九州へと旅立つことを決めた。それは、今乗っている軽自動車を知人に差し上げて、男は知人から車を譲り受ける事になっていたためである。

 そのため、男は1200kmある道のりを、軽自動車で走破しなければならなかった。高速道路に乗れば、法定速度は時速100km。つまり、12時間程度あれば、九州にたどり着ける。


 しかし、現実は違っていた。

 12時間とは、あくまでも計算上の時間である。

 そこに、交通状況、運転者の体力、車の燃費、パーキングエリアの食事の味などを考慮すれば、さらに時間は加算される。

 結局、その道のりにかかった時間は18時間であった。


 出発当日――。

 それは、運命の分かれ道の連続だった。

 アクセルを踏みしめるのは簡単だが、道を選ぶのは容易ではない。

 ただでさえ軽自動車は長距離の運転が楽ではない。

 少しでも時間を短縮できるように、道は考慮すべきであった。

 カーナビを操作する。無機質な音声が車内に木霊する。愛想のない棒読みの音声が、自分の運命を決めていく。まさに、水先案内人が如く。その水先案内人が指し示す道が正しいか、自分の直感を信ずるべきか、その選択肢の連続であった。


 男は、案内に従った。

 安全かつわかりやすい道をたどるべきなのだと、信じていた。

 しかし、現実はそううまくはいかないものである。

 男を待っていたのは、立ち並ぶ車の列――列―――列――――!

 首都高速道路に差し掛かると、途端に高速道路は最低速道路へと変貌する。この区間は歩いたほうが早い。自分にハルクほどの力があれば、出前一丁のように軽自動車を持ち上げて、最低速道路を時速4kmほどで通過できたはずだった。


 2時間ほどかけてようやく首都最低速道路の渋滞を越えて(後で知ったのだが実は、この日は首都高速道路が大炎上を起こした事故のあった日だった)、次なる難所にたどり着いた。神奈川県が誇る海老名ジャンクション、魔の巣窟である。

 恐らく、日本で一番渋滞しているのではと思うくらい、男は毎度の如く巻き込まれる。魔の巣窟たる海老名ジャンクションは、車体もエンジン音も低い車が軒並みイライラしながらブォンブォンしている。これが隣に来てしまった場合、この車とこの車の間に合流しなければならなかった場合に、とてつもない緊張感が与えられる。

 男は、ハンドルだけでなく、手に汗まで握っていた。生唾を飲みながら、汗で霞んだ目を拭きながら、この道を進むしか道がなかった。


 何が言いたいかというと、男はただ渋滞だとか、混雑とか、2時間待ちとかが嫌いなのである。


 そして、魔の巣窟を抜けた先には――。

 東名高速のオアシス。

 浜松の工場が立ち並ぶ光景。

 陸橋が工場の上に弧を描きながら掛かっている。

 夕焼けに染まる煙突から煙のような雲のような、もくもくとしたものを吐き出しながらそこにただ存在している。高くそびえ立つ数本の鉄柱が、赤い色に瞬いている間に、空は群青色に染まっていく。一日の憂えを、濃い青色の波が洗い流していく。一面が藍色に染まった頃、ウミホタルのような星空が、点々と輝いているのが見えた。

 その星空に見とれているうちに、男は何度か事故になりそうになった。


 結果、九州までの道のりは、ほぼ夜を進むこととなった。


 そんなことを思い出しながら、今日も執筆は進まない。

 この話には続きがあるので、小説はとうぶん更新されないだろう。

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