2
番長島。
北端の洞窟。
とろとろと焚き火が燃え、飯盒容器を炎があぶっている。飯盒容器ではぐつぐつとなにかが煮えていた。
スプーンでそれをかきまわし、五郎はちょっと味見してみた。うん、とうなずき塩をひとつまみ入れてみる。
こんどはよくなった。
奥をふり返ると声をかける。
「飯ができたぞ、ケン太」
ああ、と物憂い声でケン太は答えた。
のろのろと身動きし、五郎の手から煮えている食物を皿に移し、それをかかえるようにして戻っていく。
それを見て、五郎は眉をひそめた。
あの高倉邸でのことがあってから、五郎は再び番長島の洞窟に戻って、隠者の暮らしを続けていた。高倉コンツェルンの混乱をまとめあげ、すべてが終わった今、やはり洞窟での隠者の暮らしがあっていると痛感して戻ってきたのだ。
そこへやってきたのがケン太だった。
すべての役職を解かれ、罪に問われたケン太は、懲役を宣告されなかったが執行猶予の身で絶望に逃れてきたのだ。五郎は何も言わず、住まわせてやった。
あいつはもう駄目だな……。
五郎はそう判断していた。
かつてのケン太は目がぎらぎらとしていた。脂っこい野望に、全身が浸されていた。が、いまはすっかり抜け、なんだか抜け殻そのものといった感じである。良くも悪くも、かつてのケン太は生き生きとしていたのだ。
膝をかかえ、こそこそと盗み食いをするように皿を抱えスプーンを口に持っていくケン太は、なんだかいじましい。
その側にラジオがある。
ラジオでは、真行寺と高倉の提携の記者会見の模様が実況されていた。
と、ケン太の手の動きがぴたりと止まった。
ラジオの音声に聞き入っている。
手を伸ばし、音量の調節つまみをひねった。音がおおきくなり、洞窟に美和子の声が響き渡った。
「あたいと結婚したい男たちは、この番長島のトーナメントで最終勝者に残ること! そしてあたいと決闘して、あたいを負かすことができたら、結婚してやるよ! あたいは強い男が好きなんだ……だから、腕に自身がある誰でも、番長島に来てくんな。よろしく……」
ケン太の目が見開かれた。
見守っていた五郎は居住まいを正した。
かれの目が生命を取り戻したように見えたのである。
ぱちり、とケン太はラジオのスイッチを切った。
洞窟に静寂がもどる。
ふらり、と立ち上がったケン太は五郎の側へ近寄った。目が真剣である。
「頼みがある……」
「なんだね?」
「おれに、執事格闘術を教えて欲しい」
「どうして……?」
「聞いただろう。美和子が番長島でトーナメントを主催する話を。そして試合の勝者と結婚するということを」
「それで?」
「おれは美和子と結婚したい!」
ケン太の瞳が欲望に燃え上がった。
「そのためには強くならないと駄目だ! おれはあんたの息子の太郎の執事格闘術には結局、勝てなかった。だからあんたに、執事の格闘術を習いたいんだ」
しばしの沈黙の後、五郎は答えた。
「いいだろう……しかし修行は辛いぞ!」
「望むところだ!」
ケン太の全身に闘志が燃え上がった。
五郎は立ち上がった。
「こい! ケン太……まずは第一段階だ……!」
ケン太はうなずき、身構えた。
「いくぞっ!」
ひと声叫ぶと、五郎へ向けて飛び掛った。
洞窟の中、ふたりの死闘が始まった……。
スケバン!~少年執事とお嬢様~ 万卜人 @banbokuto
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