3

「さっきのあれ、なんなの?」

 急ぎ足で歩く太郎のとなりで、美和子は歩きながら尋ねた。

「ああ、あれですか。洋子にケン太の居所を教えてもらったんです」

「でも手をふったりしただけじゃない。すこしはなんか喋っていたみたいだけど、あれで道順がわかるの?」

「はい、召し使いにとって屋敷内の地理を覚えるのは重要なことですから、わたしたちは学校で道順を覚えたり、おたがい教えあう方法を学びます。言葉だけでは教えるのに時間がかかりますので、さっきの洋子のような手振り身振りを交えます」

 へえ……と美和子は感心した。説明を受けるほど、執事学校で習ったという技術に感銘を受けるばかりだ。ほかに太郎はどんなことを習ったのだろう。ふと気付き、後ろから追いかけてきた杏奈に声をかけた。

「杏奈さん、そういえばあなたはお兄さまのいるところ知っていないの?」

 杏奈は肩をすくめ、首をふった。

「知らないわ。お兄さまは屋敷にいるときも、ほとんどあたしと顔を合わせないし、それにお兄さまのいる棟はあたし、一度も入ったことないのよ。なにか用があるときは、お兄さまからテレビで伝えられるだけなの」

「一度も入ったことないって、どういうことかしら?」

「あそこの棟は……」

 杏奈は窓から見える切妻屋根の建物を見上げた。建物には高倉コンツェルンの紋章が看板となって装飾されている。

「つい最近、建てられたものなの。だからあたしも入ったことないの。それにお兄さまったら、気まぐれに屋敷の改装や増築を繰り返すことが多いから、あたしだってうっかりしていると迷子になるのよ」

 美和子はふう、とため息をついた。

 考えてみれば、ケン太は美和子の婚約者である。その婚約者のことを、美和子はほとんどなにも知らないということに気付いたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます