3

 立ち止まった洋子は耳を澄ませた。

 廊下の向こう側からかすかな足音が近づいてくる。足音はふたりである。

 間違いない、あの足音は太郎だ。もうひとつは多分、美和子だろう。

 小姓村の執事学校で、彼女は人の足音のリズムを覚える訓練を受けている。それにより、知り合いの足音を聞き分けることができるのだ。同じことを太郎もできるだろう。だからじぶんが近づいていることは、太郎もわかっているはずだ。

 手合わせしてこい……。

 ケン太の言葉が彼女の胸でこだまする。

 ということは、太郎を倒せという命令だ。

 ケン太さまの命令は絶対だ……。

 洋子は急ぎ足になった。

 

 ぴたり、と太郎は立ち止まった。

「どうしたの? 太郎さん」

 しずかに、と太郎は手を挙げた。

 無言の仕草に、緊張があらわれている。

「洋子です。近づいてきます」

「洋子さんって、あなたと同じ小姓村で執事学校でのクラスメートね。どうしてそれがわかるの?」

「足音のリズムでわかります。走っているようですね」

 まあ……と美和子は口を丸くすぼめた。

「そんなことが判るの?」

 はい、と太郎はうなずいた。

「そう訓練されていますから」

 しかしいまの洋子はかつての知っていた彼女ではない。あの番長島でうけた〝処置〟により、人格変容を遂げているはずだ。

 太郎はそれが心配だった。

 ほどなく洋子が廊下の向こうから姿をあらわす。メイド服を身につけ、女の子らしい髪飾りをつけた彼女は、それだけならどこにでもいそうな感じである。

 しかし顔は凍りついたような無表情を保っている。

「洋子……」

 呼びかけた太郎の声が途切れた。

 彼女はものも言わず、まっしぐらに太郎向けて駈けてくる。はっ、と太郎が身構えたのもかまわず、するどい前蹴りをしてきた。

 さっ、と太郎はそれをかわすと、洋子は手刀でもって、首筋をねらってきた。

 あわや、という瞬間、太郎は手の平で受け止めた。ぱしん、と鋭い音がひびく。

 太郎は真剣な表情になっていた。

 これは手ごわい!

 かつて、執事学校での洋子は、格闘術の授業においては優等生ではなかった。生来の呑気さと、特有の人のよさがあって、他人を本気で攻撃できるような性格ではなかったのである。

 しかし、いまの彼女はすべての優柔不断さをかなぐり捨て、太郎を倒すべく本気で攻撃してくる。

 洋子はしゃにむに攻撃している。すべて、太郎の急所を狙っている。それを受け流す太郎の額に汗が浮かんでいた。

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