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「そうか……そんなことがあったのか」

 話を聞いて、男はがっくりと肩を落とした。

「わたしが目を離したせいで、ケン太はそこまでやるようになったんだな……」

 男の口調には悔恨の響きがあった。

「あのう……あなたはどなた?」

 ようやく茜は男の正体について好奇心がわいてきた。

 ん、と男は顔を上げ、にこりと笑みを浮かべた。髭にかくれた口許から、まっ白な歯がのぞく。

「わたしのことか……。そう、君らにはわたしの正体を明かしてもいいだろうな」

 つ、と男は一本指をあげた。

「きみたち、悪いがここで少し待っててくれたまえ。なに、十分もかからないだろう。わたしはこれからきみたちと行動をともにするつもりだが、それには身なりを整えないとならないからな!」

 思いがけず快活にそう言うと、男はひらりと身を翻して姿を消した。

 勝と茜はあっけにとられた。

 ほどなく男は戻ってきた。言ったとおり、十分もかからなかった。

「誰だおめえ!」

 勝は叫んだ。

 暗がりからあらわれた男の姿は一変していた。同一人物とは思えないほどの変貌である。勝が見間違えたのも無理はない。

 すらりと上背のある体にぴったりと合ったタキシードに、髪の毛は後頭部でまとめてきっちりと背中にたらし、顔をほとんど覆っていた髭はさっぱりと剃りあげている。

 思わず茜は男の顔に見とれていた。

 端正な顔立ちであるが、ただのハンサムとは違う、年令を重ねた渋い魅力に、茜はぼうっと見とれてしまっていた。

「わたしは只野五郎」

「只野……」

「五郎!」

 名乗りを上げた男の名前を、勝と茜は繰り返した。只野五郎と名乗った男はうなずいた。

「そう、わたしは只野太郎の父親だ」

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