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「出してよ! ここから出して!」

 木戸の言う〝特別室〟に杏奈は閉じ込められていた。窓のない、飛行船の後部にある倉庫である。ここに杏奈と洋子が押し込められ、外から鍵をかけられたのだ。

 杏奈はドアに拳を打ちつけ、叫んでいたがだれも彼女の声にこたえるものはいなかった。

 洋子は黙って、部屋の一角にある箱にこしかけていた。杏奈は洋子に向き直り口を開いた。

「洋子さん、あなた平気なの? こんなところに閉じ込められて」

 杏奈の声に洋子は顔を上げた。

「いいえ。でも騒いでも何も変わりがないのなら、無駄なことはしないほうがよろしいでしょう。いずれ飛行船が着陸すれば、出してもらえます」

 杏奈は洋子の答えにがっくりと肩を落とした。ちからなく洋子のとなりに座り込み、頭をかかえた。

 いったい何があったのだろう……杏奈には兄のケン太が理解できなくなっていた。

 と、あれだけ静まり返っていたドアから「とんとん」とかすかにノックの音が聞こえてきた。

 ぎくり、と杏奈は顔をあげた。

「誰れ?」

 ぼくです……田端幸一です……という声がする。名前に聞き覚えなかったので、杏奈は首をかしげた。その田端幸一という人は一体なんの用があるのだろう?

 その時、洋子が杏奈の耳に口を寄せてきた。

「その人はコックです。最近、ケン太様がお雇いになられました」

「コック?」

 杏奈は立ち上がり、ドアに近づいた。

「何のようなの?」

 緊張で彼女の言葉はかすかに震えた。ドアには空気抜きのためのスリットが開けられている。杏奈はそのスリットに目を押し当て、外をうかがった。

 ひとりの、小太りの少年が立っている。白いコックの制服にはちきれそうな身体を包んでいる。その両頬は興奮のためか赤らんでいた。

 少年は見咎められないかときょときょとと落ち着かなく、あたりを見回していた。

「あの……杏奈さまがここに閉じ込められたって聞いて、それにメイドの女の子も……」

「洋子さんのこと? 彼女ならここにいるわよ」

 杏奈の言葉に幸一は飛び上がった。

「そう! そうです! 山田洋子です! 彼女もここにいるんですね?」

 なんとなく杏奈は最初に自分の名前を出したのは言い訳で、この幸一という少年は洋子を心配しているのではないかと思った。

「ええ、元気よ。あなた、洋子さんに言づてでもあるの?」

 杏奈の言葉に幸一はただでさえ真っ赤な頬をさらに赤らめた。

「言づてだなんて、そんな……。ただ、心配しないでと伝えてください。なにかあったら、ぼくが味方になるから……」

「判ったわ、有難う……」

「じゃあ、ぼく行かなきゃ……失礼しました!」

 ぺこりと頭を下げると、幸一はあたふたとその場を離れていった。

 視界から少年の姿が消え、杏奈は洋子をふりかえった。

 さっきのやりとりが聞こえていただろうに、彼女はまったく動揺することもなく、静かに腰かけた姿勢を崩すことなくひっそりと座っている。

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