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「これは大変なことになりましたです! なんと優勝候補の勝又勝と、おなじく優勝候補の真行寺美和子のふたりが、はやばやと決闘をすることに! 一度、勝又勝は真行寺美和子に破れ、これは遺恨試合となりました! さあ、勝負の行方はいかに?」
トミー滝が夢中になってマイクに口を押し付けるようにして喚いている。
他の参加者は興味津々といった表情で、ふたりを見守っていた。
飛行船のスクリーンには、勝と美和子のふたりが大写しになっていた。
その時、ひゅう……と一陣の風がコロシアムを吹き渡った。乾燥した地面から、黄色いほこりがまきあがる。
息詰まるような緊張がみなぎっている。
と、茜が太郎の側へ近寄り、耳に口を寄せささやいた。
「ね、聞きたいことがあるんだけど」
太郎は不審な表情を見せ、茜を見た。
こんなときになんだろう?
彼女はなぜか悪戯っぽい顔つきになって太郎を見上げている。
「あのさ、あんたとあのお嬢さま、どうなってんの?」
「なんだい、藪から棒に……」
太郎はささやき返した。茜はくりくりとよく動く瞳で太郎の顔を覗きこんでいる。
「もしかして、あんた美和子姐さんに恋しているんじゃない?」
馬鹿っ、と太郎は小声で彼女を叱った。
「そんなこと、あるわけないだろう! ぼくはお嬢さまの執事だぞ」
へええ……と、茜はわざとらしくため息をついて肩をすくめた。
「それより、きみのお兄さん、心配じゃないのかい? 美和子お嬢さまと、どっちを応援するつもりなんだ」
へっ、と茜は舌を出した。
「知ったこっちゃないわ。お兄ちゃんが勝とうと負けようと。でも負ければ家に帰るって言っているから、あたしは美和子姐さんのほうを応援するな」
あっ、と茜は背伸びをしてコロシアムの中央に視線をやった。その視線を追った太郎は目を見開いた。
コロシアムの壁の一部が開き、そこに人影が現れたのである。
「その勝負、待ったあ!」
少女の声が響き渡る。
がくっ、と勝はたたらをふんだ。
「なんでえ! また邪魔がはいったのか?」
待った、待ったあ、とかけ声をかけ、ひとりの少女が駆け込んできた。背後に数人の執事と、メイドを率いている。
メイドは洋子であった。
そして駆け込んできたのは、ケン太の妹、杏奈であった。
たたた……と走り寄った杏奈は、勝と美和子の間に割り込むと声を張り上げた。
「そこの真行寺美和子と戦うのはあたしよ! この高倉杏奈が、勝負するわ!」
馬鹿野郎と勝は怒鳴った。
「おめえ、なに考えてやがる! おれたちの勝負に割り込むんじゃねえ!」
こめかみに血管を浮かせ、顔を真っ赤にして杏奈につめよる。
杏奈の肩に手を触れようとした刹那、背後にひかえた洋子が無言で近づき、勝の腕をひねりあげた。
「痛え!」
勝は激痛に顔をゆがめた。
それを見て太郎は驚いた。
たしかに洋子は執事学校で格闘術を会得している。しかし実際にあんなことができるとは思っていなかった。洋子には人のよさというのがあって、他人に冷酷になれるような性格を持っていない。しかしいまの彼女は、まるで別人である。無表情に勝の腕をひねりあげたまま、杏奈の命令を待っている。
不意をとられた勝は、洋子によって腕を背中にひねられ、身動きできないでいた。
ゆっくりと杏奈は美和子の前へやってくる。値踏みをするように美和子の顔をまじまじと見つめ、口を開いた。
「美和子お嬢さま……でも、いまは一文無しの女。あんたなんかに、お兄さまを渡すわけにはいかないわ」
憎々しげに顔を近寄せる。
腰に片手をあて、もう一方の腕を上げると美和子の顔に指を突き立てた。
「さあ、あたしと勝負しなさい!」
さっと美和子の手が一閃した。
ぱああんっ!
杏奈の頬に美和子のビンタが炸裂したのである。
ぼうぜんと杏奈は固まっている。
その頬に、美和子の手形がじょじょにピンクに染まって浮き上がってきた。
すとん、と杏奈は腰を抜かし、その場にへたりこんだ。見おろす美和子を見上げる。
唇がこまかく震え、目に涙がたまってきた。
ぐぅっ、と彼女は嗚咽をもらした。
そして
「うえええええ……」
と、泣き声をあげたのである。
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