太郎はふと観客席に通じる通路を見た。

 そこにさっきの覆面の女が近づいていく。彼女はさっとあたりを見回し、通路の入り口へと消えた。

 太郎はその後を追って走り出した。

 ふりむくと美和子と茜は夢中になって勝の追いかけっこに見とれ、太郎の動きには気付いていない。

 太郎は足音をしのばせ、覆面の女の後を追った。

 

 コロシアムは外観だけ忠実に再現しているようだが、その内部は近代的な設備になっている。通路に進むと、滑らかな床面に白い、清潔な壁に変わる。覆面の女は、その通路をひそひそと足音を消して歩いている。

 太郎には気付いていないようだ。

 通路は円形のコロシアムに沿って作られているから、なだらかなカーブをもっている。一定の距離を保っていれば、追跡することはたやすい。ぎりぎりの距離につかずはなれず尾行し、ふりむく気配を感じれば立ち止まれば視界から遠ざかる。

 女は通路から階段の入り口に進んでいる。

 階段入り口に近づくと、上へと昇り始めた。

 太郎も後に続いた。

 と、彼女の姿が見えない。

 あっと思って太郎はあわてて階段の踊り場へ踏み込んだ。見失ったのか?

 その時、太郎の背後に人の気配がした。

 ふりむくと覆面の女が立っている。

「尾行されるのは御免だね」

 そう言うとにっ、と目元で笑う。

 あんたは……と、太郎は口の中でつぶやいた。

「とっくにあたしの正体は知っていると思っていたけどね」

 太郎はうなずいた。

「ああ、ぼくの推測が確かなら、きみとは会ったことがあるね。だけどちゃんと正体をあらわしてくれないか?」

 女はうなずき、腕を上げると顔をおおっている覆面の結び目をほどいた。

 はらり……、と彼女の覆面が床に落ちた。

 あらわになった彼女の顔を見て、太郎は口を開いた。

「きみの名前は確か、栗山千賀子といったはずだね」

「憶えていてくれたのね。嬉しいわ」

 そう言って彼女はにっこりと笑った。

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