4

 夕日が水平線のむこうに沈もうとしている。

 オレンジ色のひかりがあたりを真っ赤に染め上げ、灰色の廃墟となったビルを黄金色に輝かせていた。

 海が眼下に見える崖の側で、太郎と美和子は休息をしていた。

 太郎はコンクリートのブロックにいままで獲得したバッジを並べ、枚数を確かめていた。

「お嬢さま、これで五十枚になりました。そろそろ交換所へ持っていって、銀のバッジに交換いたしましょうか」

 そうね……、と美和子は気のない返事をして海を見つめている。

 太郎はかすかに眉をひそめた。

「あの……お嬢さま、もしかしてお疲れになっていられるのでしょうか?」

 美和子は太郎を振りかえり、うっすらと笑いを浮かべた。

「そう見えるかしら?」

 どうだろうか、と太郎は美和子の様子を仔細に観察した。疲れているようには見えない。体力的な疲れではなく、心理的なものらしいが、太郎にはどうすることも出来ない。

「あたし、この島に来てなんだか自分が変わってきたような気がしているの」

 太郎は無言で首をかしげた。

「最初は決闘するなんて、いやだった。見も知らない相手と戦って、あげくのはてに相手のバッジを奪うなんて、あたしを教えてくれた師範が聞いたらきっと叱るでしょうね。そんなことのために武道を教えたのではない、と……」

 そこで美和子は言葉をきった。

 しばらくしてまた口を開く。

「でも、なんだか戦いを続けているうち、それが楽しくなってきたみたいなの」

 そう言うと彼女は頬を押さえた。

「あたし変かしら?」

 太郎は無言だった。

 召し使いとしてこういう場合、どう言葉をかけるべきか判らなかったからである。

 もしここに父親の只野五郎がいたら、なんと言うだろうか? 最高の召し使いという称号を得た父親の助言を太郎は心底から欲していた。

 美和子は黙って立っている太郎を見つめた。

「ねえ、太郎さん。あらためて聞きたいけどどうしてあたしについてきてくれるの? いまのあたしは、あなたに払ってあげるお金もないのよ。それなのにどうして召し使いの仕事を続けるの?」

 太郎は晴れ晴れとした顔になった。

 これなら自信を持って答えられる。

「それはお嬢さまに〝忠誠の誓い〟をしたからです。いったん、この誓いをしたからには召し使いは一生、仕えることが決まっているのです。お金でぼくはお嬢さまにお仕えしているわけではないのです」

 静かに、しかし確信に満ちた太郎の言葉に胸を打たれたように美和子の目が感動に潤っていく。

 顔をそらせた美和子に太郎は話しかけた。

「お嬢さま、ぼくからひとつお願いがあります」

「なに?」

「ぼくがはじめてお嬢さまと〝忠誠の誓い〟をしたとき、お嬢さまはあまり本気ではなかったようでしたね」

「そうね……あのとき、お父さまがそう言われたからしたけど、なんだか遊び気分だったわ!」

「ですからお嬢さま、ここであらためて誓いの儀式をさせて欲しいのです。いま、ぼくはお嬢さまの真の召し使いとしてお仕えしたく思っているのです。いかがでしょうか?」

 美和子は目を大きく見開き、太郎を見つめた。

 唇がわなないて、彼女はうなずいた。

「いいわ! あなたとあたしだけの誓いの儀式をしましょう」

 太郎は跪き、頭をたれた。

「わたくし只野太郎は、真行寺美和子様に召し使いとして献身的にお仕えいたします。どうか末永くお使いくださるようお願いいたします!」

 美和子は跪いた太郎の前に立つと、すっとその腕を伸ばし、頭に触れた。

「わたくし真行寺美和子は、この只野太郎の主人として命令する! わたくしに従い、裏切ることなく、その命令を忠実に実行することを望む。もしわたくしが主人としてふさわしくない行動をした場合、かれはいつでもわたくしを見限ってよいことを、ここに約束するであろう」

 太郎は顔を上げた。

 美和子はじっと太郎の目を見つめていた。

 ふたりは見詰め合っていた。

 

 わたしの筆頭執事になってね……。

 

 遠い日の約束が太郎の胸に蘇ってくる。その約束は、いま果たされた。

 太郎は正真正銘の、美和子の筆頭執事になったのである!

 

 波の音がいつまでも続いていた。

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