執事協会

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 大京市の中心部、官庁街の一角にその建物はあった。

 十階建て以上の、目も眩む高さにそびえるビル郡にあって、その建物は平凡な、三階建ての古ぼけた建物である。古い様式の、窓にちいさな張り出しがついた、アール・デコ形式の飾りがいかにも時の経過を物語っている。

 ちいさな階段がついた正面玄関には、木の板の看板が掲げられていた。

 看板には太く、墨で

 

  執事協会

 

 とあった。

 ここは、執事協会の本部なのだ。

 小姓村の執事学校を卒業するとき、太郎は校長の山田勇作氏からこの協会のことを知らされていた。

 召し使いの権利を守るための協会──しかし同時に不正な手段を行使した召し使いを排除するための協会でもある。

 太郎は玄関のスイング・ドアをくぐり、一階の受付へと進んだ。受付には三十代なかばと思われる、眼鏡をかけた痩せた女性がなにか書き物をしている。太郎が近づくと、気配を感じて顔を上げた。

「はい、なんでしょう?」

 太郎は名刺を差し出した。女性は眼鏡をずらして名刺を読み取った。

「真行寺筆頭執事只野太郎さん──ははあ、真行寺家の破産宣告は知っていますよ。お気の毒ですわ。それで、つぎの就職口をお探しなのかしら?」

「いいえ、真行寺家の破産にたいし、救済措置を申請したく参上いたしました」

 眼鏡の奥の瞳がおおきく見開かれた。

「しかし……それは執事協会としては……」

 太郎はうなずいてた。

「そうです、協会はあくまで召し使いと主人の正常な関係を保つための調停機関、破産にたいする救済措置はその職務ではない。しかし今回は特別なのです。ぼくはある召し使いの不正を訴えにきたのです」

 女性の顔が厳しいものになった。

「それは大変なことです。わかっているのですか? 召し使いの不正を訴えるということは、その召し使いの主人の不正にもつながります」

「ええ。承知しています。しかし、今回は特例を認めていただきたい」

 女性は立ち上がった。

「ここではお話しできませんわ。あまりに重大なことなので。こちらへどうぞ」

 受付のカウンターをまわり、女性は奥のドアへ太郎を案内した。

 ドアを開くとちいさな執務室になっていて、机のむこうの椅子に彼女は座った。机に両手をのせると、その手の平を組み合わせた。

「さて、お話しをうかがいましょう。わたしは当執事協会大京市本部の本部長、芳川と申します」

 芳川と名乗った彼女にうながされ、太郎は正面の椅子に腰かけた。

 太郎は説明を開始した。

「真行寺家の財産がいまはもと執事の木戸に所有されることになった事情はご存知でしょうか?」

「いいえ、詳しい事情は知りません」

「ぼくは独自に調査したのです。その結果、男爵のおおくの株式は故意に値を引き下げられ、原本割れを引き起こした結果、男爵は破産なされました。そしてその株式はふたたび買い戻され、いまは木戸の手中にあります」

 芳川本部長の目が驚きにまるくなった。

「それは……もしかして?」

「そうです。これは計画倒産ならぬ、計画破産の疑いがあります。木戸の乗っ取りだと、いまは確信しています。ぼくは法務局に出向き、真行寺家が支配していたおおくの法人の定款を調べました」

 太郎はそう言うと内懐からメモを取り出した。きちんと整理されたメモを芳川は食い入るように読んでいく。

 最後まで読んだところで、彼女は顔を上げた。

「これはなんでしょう?」

 太郎は答えた。

「ある書類の複写です。どうぞ、お読みください」

 メモの最後に、一枚の写真がはさまれている。写真は書類の複写らしい。こまかな字がびっしりと書かれているが、写真は鮮明にそれを撮影していた。芳川はじっとその複写された書類を読み込んでいった。

 それは木戸が男爵にサインを求めた書類をひそかに郵送したとき、太郎が危険をおかして郵便局の配送車に忍び込んでカメラに収めたものだった。太郎は自分にあたえられた部屋で見つけたカメラを使用可能な状態にもどし、身につけていたのだった。それが役に立った。予感にみちびかれ、あの行動をしたのだったが、こんなことに役立つとは思ってもみなかった。

 芳川の表情が怒りにこわばっていた。

「これは真行寺男爵にたいし、木戸の行為すべてを全面委託するという書類ですね。ということは、木戸氏の行動すべて男爵の事後承諾のもとにあり、どのようなことでも承認されることになる……それが男爵家の全財産を没収するようなことでも!」

 太郎はうなずいた。書面は複雑な法律用語でうまり、素人には解読不能なほどだったが、執事協会の芳川は一目見て理解できたようだった。

「これは……許せません! このような不正が許されるなら、わたしたち召し使いは安心して主人への奉公が不可能になります。それで、あなたはどうなされたいのかしら?」

「適正な場所と、時期を選んで、この調査結果を公表してもらいたいのです。そうなれば、検察庁が動くでしょう。木戸の不正はこれで正される可能性がある」

 本部長はおおきくうなずいた。

「よろしい! わたしどもはあなたの行動を逐一追うことになるでしょう。そしてあなたの言う、適正なタイミングを知ることになる。それでよろしいのね?」

 はい、と太郎はうなずいた。

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