第18話「傑作機(マズルカ)vs欠陥機(ストラディバリウス)」


 駆ける。疾駆する紅の機体が放った一撃が、敵の装甲を貫通し、勝負を決めた。

 観客席で動向を必死に見つめていた少女達が、決着の瞬間、わっ、と沸き立つ。

 

 その光景は、少女にとって衝撃だった。

 今まで『戦い』とは、他者から何かを『奪う』行為そのものでしかなかった。

 今まで受けていた訓練も、全て他者を害するものだった。

 

 しかし。

 今目の前で繰り広げられているものは、今までの価値観とは違う何かだった。

 戦いの中で競い合い、認め合い、勝者も敗者も互いを称える。

 広瀬涼にとってその光景は、全く知らなかった世界。競技としての戦い。

 

 ふいに観客席に向けられた、チョーのサムズアップ。

 横断幕を用意して応援していたためか、子供たちに気づいていたようで。

 

 子供たちに等しく向けられていたことはわかっている。

 ただ、それは自分にも向けられていると明確に気づけるものであり。

 広瀬涼の『戦い』の固定観念が、打ち壊された瞬間であり、そのBMM-03の勇士は今でも『少女達』の中に刻まれている―――。



 Flamberge逆転凱歌 第18話 「傑作機マズルカvs欠陥機ストラディバリウス



 剣戟。剣戟。剣戟。

 

 夜闇を裂いて火花が迸る。

 洋城を背景とした橋の上、踊る二つの影以外、そこには何もない。

 青い影が直剣を振り上げれば、銀色の影がそれを紙一重で槍で捌く。

 一進一退の戦い、しかし得物の差か、槍持ちの方が防戦の色が強くなり。

 

『貴様、道を外れてまで生き延びて何をするつもりだ!』

『生き延びること、それ自体が意味ではいけないのか!』

 

 ―――そんなやり取りが今、テレビの画面の中で行われていた。

 

「うぅ、ゼット恰好いいよォ……!!」

「でしょでしょ?」

「面白いでしょニンジャナイト!」

 テレビで流れていた特撮ドラマを見て、食事中にも関わらず感嘆の声を上げるひなた。

 見るのを薦めてくれた子供たちに囲まれ衝撃を受ける姿は、数か月前までは生に必死だった改造人間と同一人物とは思えない。

「これじゃどっちが子供かわかんねーや」

 その姿を傍から見て呆れる総一。

 孤児院ポインセチア、夕食が終わってのテレビタイム。当初、距離感や己の存在に悩んでいたひなただが、子供たちと触れるうちに丸くなってしまっていた。

 人並みの生活を始めるに至り、レイフォン共々一般常識を叩きこまれたのもあって、こうなるのも理解できるところではあるのだが。

 

 先程流れていた特撮ドラマは、日曜19時半、老若男女を問わず人気を集めている『ニンジャナイト・ウォリアーズ』。日本語での通称を『忍戦』。

 騎士団を追われる身となった主人公ゼットが、めぐりあいから忍術を会得し、追手の騎士団、その背後に居る邪教と戦うストーリー。

 要は『勘違い日本像』を取り入れた作品である。

 

「確か広瀬さんが出るの、忍戦の次か」

「そうそう、生放送だって。涼が話してた」

「あー生放送。エドワード・フェリックスの地上波宣戦布告、やってましたしね」

 パックの納豆をかき混ぜながら、思い出したかのようにアルエットに話を振る総一。立地関係上、日本系のショップの近いポインセチアでは和食が食卓に並ぶことも比較的多く、子供達もそれに順応している。

 今日は食卓に赤身魚の切り身が並んでいる。

 無論味は保証するが、現在子供のようにテレビに釘付けになっているひなたには大人の責務として洗い物が待ち受けている。

 魚の調理には漏れなく面倒な後片付けがついてきており、肉料理より調理の後片付けが面倒なのだ。これも花嫁修業、もといポインセチアの仕事の一環である。

「……洗い物は『それ』終わってからでも別にいいっスよね」

「もちろん」

 無論、関係の深い涼の大事な一戦を差し置いて仕事をさせるほど二人は無粋ではない。話をしているうちに、ニンジャナイト・ウォリアーズのエンディングが終わり、テレビの画面が切り替わる。

 

『この後は。エドワードと広瀬涼、ガチンコ勝負! 生放送です!』

 報道を装ったバラエティ番組の予告が流れる。

 テロップの張り付けられた画面には、白を基調に水色で塗装された『マズルカ』と、赤で塗装された『ストラディバリウス』の姿がそれぞれ映っていた。

「あ、バリウス!」

「チョーさんのとおんなじ!」

 反応する子供達。自分たちの生活を成り立たせているチョーの存在は、世代が代わりチョーと触れあう事の減った子供達にも強く刻まれていた。

 その同種機体を駆って戦う。特撮ドラマにどっぷり嵌っていたひなたも、流石に表情が変わる。

 

(涼。お前なら、やれるんだろ)

 だが、その瞳に不安の色はない。

 幼少時に共に訓練に従事し、実戦における『戦い方』も覚えた。

 それは競技のものとはまた違う、敵から『奪う』ための訓練だったが、戦いに変わりはない。

 そして、自身も広瀬涼も、戦いの『経験』だけならばプロドライバーにもひけをとらない。

 その強さが、今や人々に希望を見出させるものになっている。

 ひなた自身も希望を見出し、名の通り日の当たる世界に足を踏み入れたからこそ。

 

 生放送の始まるテレビを見守るのに、不安のひとつも感じられなかった。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

 夜空に星は見られない。

 眠らない夜の街を彩る照明が明るく、星の光が観客の眼に届かない。

 

 エルヴィンの時間で午後8時。

 バラエティ番組の出演者が、状況をわかっているのかいないのかというような言葉を並べている最中。

 最終調整の終わった二機が、遮蔽物も仕掛けも何もない海上スタジアムのリングに直立していた。

 

『青コーナー、エドワード=フェリックス! 使用機体はやはりマズルカ!』

 多くの砲台を積み目立ったバックパックに、手持ち武器自体はシンプルに抑えられている、水色のポイントが入った機体がモニターに映る。

 エドワードはマズルカの使用者の中でも代表的な存在。故に、マズルカで挑むことは当然であり、司会もそれを理解している。

『やや身軽な印象だが、それと不釣り合いな背中の砲台が気になるか!』

 

『赤コーナー、広瀬涼。使用機体、ストラディバリウス。こいつは意外だ、やはり尖ってないと気が済まないのかぁ?』

 続けて映し出されたのは、フレームの長所を生かしてか、両肩に大きな武装コンテナを積み、銃器を両手持ち。白と紅で彩られた機体。

 だが司会の反応はさすがに芳しくない。無理もない。失敗作、欠陥機などとネガティブ・キャンペーンを受けやすいストラディバリウスをわざわざ選択したのだ。

『元となったストラディバリウスは高級・傑作と謳われている一方、ある時点で既に音が現行機に抜かされていると判明した弦楽器。

 その流れを踏襲したかのようなBMM-03をわざわざ広瀬涼は選んだ。広瀬涼はBMM初心者のはずなのだが、一体どうしたことか?』

 最初に知らされた俊暁と同じ反応を零すかのように、司会は歯に衣着せぬ物言いを続ける。いくら活躍目覚ましいとはいえ、今回は舞台も違う上にマシンも違う。

 選択を誤ったと喧伝するのであれば、広瀬涼にネガティブなイメージを植え付けるに十分な材料である。

 

 ここまでに至り、司会はあくまで外見から分かる情報を提示しない。

 双方ともに、事前チェックこそあれど、セッティングの中身自体は公開されないからだ。故に外見からある程度、相手の戦術を判断しなければならない。

 しかし外見だけでは、ハードポイントにマウントされている隠し武器も、バージョンアップされ続ける中身の状態すら判断できない。

 相手に印象を与え、想定外の戦術を取るか。或いは対策されることを覚悟で強力な装備を見せつけるか。

 戦いは搭乗する前、この対面の瞬間から始まっているのである。

 

 リングの中央に立つ二人。今回は同一規格での戦闘ということもあり、両者ともにパイロットスーツを着用してのものとなっている。

 技術の進歩により、既に創作物で描かれているような、宇宙空間に対応できる薄手のスーツは一般に出回っており、競技用としても幅広く使用されている。

 通常と違うスーツ姿の涼と向き合う男……エドワード。

「キミが広瀬涼か」

 己の機体色に合わせてか、水色を基調に白を付与したスーツを着こなしたエドワードが手を差し出し、握手を求める。

 身長は女性である涼より少し高いくらいだが、身体つきはしっかりしている。資本である身体をしっかり作っている証拠だ。

「言葉ではどうとでも言えるが、やるからには全力だ。どんな戦いになろうと悔いの残るものにはしてくれるなよ」

 その言葉はエドワードの本心。プロドライバーとしてのプライド。

 どんな相手だろうと、戦うからには全力を尽くす。たとえ相手をどう思っていようが、試合に私情は必要ない。

 抱える私情とは別に感じる、確かなプロの心を感じた。だからこそ。

「勿論。あとは試合で語ろう」

 その握手を握り返す。

 表情に憂いはなく、ただ一心に目の前の戦いに集中する、エドワード同様のプロの表情であった。

 無論、今までの戦いでロボット競技の経験を積んでいたのも、ここ数日の特訓でBMMの操作をある程度把握したのもあるが、それとは違う。

「―――。成程」

 エドワードはその瞳で直感した。広瀬涼には『戦い慣れ』がある。

 実際相対して初めて分かる。雰囲気が全く違う。

 中身が何かは分からないが、ただ機体性能に頼っているだけでは得られないモノを彼女は持っている。

「その言葉が口先だけでないことを祈っておくよ」

 手を離した後、双方ともに背を向けて己の機体に歩みを進める。

 

 エドワードは内心、己の前言、機体性能に頼り切っているだけ、という宣戦布告の言葉を、広瀬涼が撤回させてくれる予感がしていた。だが試合前にそれは表に出してはならない。故に上の立場としての接し方を貫いた。

 無論、BMMの操縦者として『は』にわかな彼女に負けるとは全く思っていない。

(だが、楽しめそうだ)

 口元が緩むのを抑えられない。競い合う相手が増えたことは、生粋のファイターである彼にとって好ましい状況だった。

 

 一方。

「……やっぱり慣れない」

 涼の方は、今に縮こまりそうなくらいに真っ赤になっていた。

 とはいえ、緊張やら不安やらから来るものではない。

 紅を基調に白系のプロテクターで防護されたパイロットスーツに身を包む涼は、普段のスーツ姿とは打って変わって身体のラインを隠しきれない服装になっていた。

 最初はその選別から着用までひと悶着あったものだが、結局事故対策に、胸部を重点的に防護するデザインで妥協し、ある程度羞恥心を克服した。

 それでも谷間の丸見えを辛うじて防いだに過ぎず。臀部に至ってはその柔らかそうな丸みが、裸とさほど変わらないくらいに表れていると言っても過言ではない。

 それを公衆の前で、そして対戦相手の男の前で晒すのである。

 広瀬涼が今までの決闘審判でスーツ&スラックス姿でいたのはこういう事態を避けるため、それを可能にしてきたのがフランベルジュ。

 だが公の場で一般機に乗る以上、通常ならばきっちりパイロットスーツを着こなさなければならない。

 これはオーリンジ社との契約条項にきっちり書かれており、トーマスやパーシィらは言うまでもなく着用していたが、それらの例で会ってきたのは皆男性であった。

 契約条項に男女差別はない。

 

 無論、この光景が生中継ということは、インターネットの海で画像が切り取られ拡散されているということでもあるのだが、彼女はそれを分かっていても止められない。とりあえず機体に乗るまでは羞恥心との戦いである。

 

 

「あいつまだ縮こまってる」

 その状況を正確に把握しきって、関係者席の俊暁がひとりごちる。

 特訓の言いだしっぺなのだから把握できて当然だが。

「どうにかして羞恥心ほぐそうとしたんだがなー」

「それ無理」

 俊暁からだいぶ席が離れ、ナルミを抱きながら由希子が冷たく言い放つ。彼女にしては珍しく敬語すら使わない。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

 それもそのはず。

『やっぱこの格好で外に出るのは……』

 ボディラインが出る羞恥に、控室でしり込みしてしまう涼を見かねた俊暁は。

『どうせ遅かれ早かれだし、外に出りゃ慣れるだろ』

『でもこれは……』

『ほら、いいから行ってこいって』

『ひゃう!?』

 発破をかけるために取った行動は―――その露わになったも同然の大きなヒップを後ろから押し出すように叩くという、言い逃れもできないセクハラ行為であった。

 無論、振り返り様、瞬時に脚が鎌のように俊暁を刈り取るべく迫るが。

『わかりやすい。そんなんじゃいくらお前が強くても当たらなばっ!?』

 そのわかりきっていた初撃を調子に乗ってバックステップで回避し、さらに言葉を並べたのがいけなかった。

 問答無用で拳の追撃を受け、鼻から血が止まらなくなるという手酷い傷を負ってしまったのだった。

 

 結局それで変に吹っ切れて、涼も勢いのまま外に出られたわけだが。

 全体的に俊暁の自業自得である。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

「女の敵」

「いやだってよ」

「うるさい」

「ごめんなさい」

 事実を知っている由希子の明らかな拒絶に、さすがに俊暁も音を上げた。

「おっさんかっこわるい」

 ナルミの言葉も最も。今ティッシュを鼻に詰めているだけあって余計に格好悪い。

 大正義にして大正論、喰らって俊暁完全轟沈。

 これが通常の席であれば、ひしめく観客の中大恥をさらしていただろう。

 だが関係者席であることも加え、番組企画であることが幸いし、今回の観客は普段と比べて少ない。

「……りょーちゃん」

 ひとしきり毒を吐いたところで、起動を始めるバリウスの方に由希子の視線が戻る。

 馬鹿なノリになってしまったが、やることが変わるわけではない。

 今まで通り、勝つ。今回は状況が違う上に、重みも全く違うが、それを言い訳にできない。

「頑張れ」

 今回だけは、敢えてこの言葉を使う。

 それほど彼女らにとって、ストラディバリウスという機体は、特別な思い入れのあるものであった。

 

 

 ―――コクピットの中までたどり着けば、流石に落ち着く。

 何回も繰り返した所定の動作を完遂する。

 OS起動。各所リンクチェック。問題なし。

 ある程度自動化されている起動、コンソール画面に次々と主要なデータが表示されていく。

 

 『BMM-03 Stradivarius Ver.3.17』。

 フレーム自体のペットネームに加え表示されているのは、日々更新されていくフレームのバージョン。

 細部のバージョンアップを施し機体性能の見直しや新機能搭載など、同じ型番でも性能は大きく異なる。

 当然、涼の仕入れたものは最新版。

 オーリンジ社の中では経過した年数に比べてだいぶバージョン数が少ないのは、ストラディバリウスが如何に普及しづらくなっているかを如実に表している。

 

 続けてコンソールに灯るのは、この機体のペットネーム。

 フレームのペットネームの元ネタである弦楽器には、たどってきた軌跡に由来する通称が付与されることが多かった。

 故に、広瀬涼はこの名を選択した。

 

 ―――Noche Buenaノーチェ・ブエナ

 ノーチェ・ブエナとはメキシコにおける『聖夜』の意だが、その名が冠された一つの花にネーミングの意味がある。

 聖夜の名、即ち『クリスマスフラワー』を冠するその花こそ、涼達の孤児院の名の元となった『ポインセチア』。

 故に即決。広瀬涼の来歴、背負っているもの、それを名に冠して戦う、誓いだった。

 

「行こうか、ノーチェ・ブエナ」

 語りかける言葉は優しかった。

 反して、心は落ち着きつつも、滾る何かを抱えていた。

 相反する感情が、この本番という舞台で過熱する。

 紅のノーチェ・ブエナ、それが意味する花言葉。『わたしの心は燃えている』。

 

 準備が終わり、空間に映し出されるカウントダウン。それが『零』になり、機動ロックが解除された瞬間、運命の一戦の火蓋は切って落とされた。

 

 ―――――

 ―――――

 

『さて』

 同規格の戦闘。ここからは、互いの持ち札の『見せあい』の勝負となる。

 エドワードは得られた情報を既に整理していた。

 BMM-03が勝負をかけるとすれば、肩のコンテナ部分。

 バリウスの特徴的となるハードポイント、装甲に組み込まれたコンテナともなれば、勝負を決める必殺の武器、あるいは暴れるためのメインウェポン。

 まずは敵の手をあぶり出す。

 

 カウントが0になった瞬間、全力で後方に退くマズルカ。

 同時に手持ちの武器―――レーザー砲を躊躇なく撃ち放つ。

 これで倒れるとは思っていない。だが対応次第で、相手の手をあぶり出すことができる。そのコンテナの武器が遠距離用の必殺武器か、或いは射程の短いロケット砲、ベアリング弾、あるいは奇妙奇天烈な近距離武器か。

 射程が短ければ、距離を詰めようと攻めてくるか、或いはノーチェ・ブエナの手持ちの火砲で応戦するか。

 読み合いの先手を取ったのはエドワードだった。

 

 ―――――

 ―――――

 

 一発、二発、三発―――ブースターを細かく吹かし、不定の方向に揺らめきながら、レーザーが装甲を削り取らんとノーチェ・ブエナに襲い掛かる。

「……なら!」

 だが、後手のターンが回ってきた涼は、その一撃を完全に予測していた。

 回避運動を取りながら、躊躇なくその両肩のコンテナをオープン!

 両腕に抱えた二挺の、それぞれ物理とレーザーのライフルで応戦する中―――開いたコンテナから現れた無数のミサイルが、バシュゥ、と放たれ、マズルカに襲い来る!

 

 ―――――

 ―――――

 

『撃ちあいか』

 それを迎撃する側に廻るエドワード。しかし経験者ともあれば、自動追尾のミサイルはたとえ数が多くてもそれだけであり、細かな機動で誘導を逸らす。

 肩、脚、そして背部。音楽のように細かく刻む、多数設置されたスラスターのビートが、ミサイルを掻い潜りながら、涼の連射を悉く潜り抜ける。だが、回避するだけでは彼のターンは回ってこない。エドワードもそれを承知の上。

『ならば勝たせてもらう!』

 彼はその状態で、むしろ不敵に笑っていた。

 相手の種は割れた。ならばあとは仕掛けるのみ!

 

 ―――――

 ―――――

 

 シュン……ッ。

 

 涼の視界にも、それは映っていた。

 マズルカの背部から、複数の『何か』が飛び出すのを。

 ミサイルの爆風に紛れてだが、それでも何かが飛び出すのを明確に視認していた。

 マズルカの背部に何があったか―――『答え合わせ』を強いられる。

「自律砲台!?」

 ブレードに砲台を組み込んだようなそれは、スラスターを携えていた。

 撃ちあい程度の間合いならば、短時間ではあるが単独で飛行し、対象を包囲し狙い撃つ。

 一度それに狙われてしまえば、当たれば隙を作らされ、当たらなければ回避行動に手を煩わされる。

 

 瞬く間に砲台はノーチェ・ブエナを包囲。

 砲撃開始。バシュ、バシュ―――ランダムタイミングで襲い掛かるレーザーの嵐!

「くッ」

 避けきれない。そこまでの練度を磨き切れていない。

 

 それでも足掻く。一撃。

 体勢を整える。また一撃。

 相手の動向を確認する。そして一撃。

 ―――本体のレーザー! 背部のスラスターを全開に回避。そこに一撃。

 

 一撃。一撃。一撃。一撃。

 積み重なる、群がる蜂の一刺しのような連撃。

 削られる。削られていく。致命傷は避けていても、目に見えて装甲にダメージが蓄積していくのは、誰がどう見ても明らかなものだった。

 そして、それらの対応が重なった結果、涼の射撃精度は明らかに落ち、最初はエドワードと渡り合えていたものの、明確な不利が時を経るごとにより大きくなっていく。

 いくら短期間で操作を詰め込もうと、まだ慣れていない機体を動かす以上、熟練者との間には明確な『差』が生じる。

 現在の搭乗機への熟練の差が、多面攻撃への対応、それと同時に行うべき反撃の精度の二つに現れている。

 

『さあ、これで!』

 エドワードの様子が変わった。

 何かを察知しようとした瞬間―――涼はその一瞬、自分の置かれている状況に、はっと気づかされる。

「……!」

 逃げ場がない。

 マズルカから放たれた自律砲台は六基。その全てが、己を取り囲むように配置され―――

 

 閃光。

 

「く、ああ……っ!!」

 

 閃光。穿孔。

 

 炸裂する、出力の上がった一撃。それは機体の随所に風穴を開け、背部で大きな爆発。直撃した。

 推進力の大半を支えていた背部のスラスターが、砲台の一基に狙われ、爆発と共に損壊。足回りの自由を大きく奪われた。

 衝撃からか、ライフルが二つともに手元から落ちる。

「損傷が大きい……!?」

 動きが明らかに鈍ったノーチェ・ブエナ。そこに容赦なく襲い来るマズルカは、二振りの光の剣を携え、振りかぶる―――!

『ファイナルターンだな、レディ!』

 エドワードが狙っていたのはこの瞬間。

 大きな隙に差し込み、敵の火砲で迎撃のしづらい状況で必殺の一撃を叩きこむ。

 その一撃は、携行されたレーザーソードで十分。二振りの剣を叩き込めば、消耗したBMMならばひとたまりもない。

 振り上げた両腕を、欠陥機目がけて思いきり振りおろし―――

 

 爆発。

 

 ―――――

 ―――――

 

『広瀬涼……なるほど』

 爆風から先に姿を現したマズルカ。

 だが、エドワードの声は苦々しいものだった。

 

 爆発はした。

 だが、それはノーチェ・ブエナ自ら、肩の装甲をコンテナごと切り離し、あろうことかコンテナ背部のスラスターを用いてマズルカにぶつけた結果起きたもの。

 悪あがきになろうとも、明確に手傷を負わされたのは事実。ノーチェ・ブエナが生き延びたことで、長時間使用していた自律砲台も頼れなくなってしまった。

 それでも、機動力にライフル・サーベルがあれば十二分に戦える。

『だが僕はそんなに、甘くはないぞ……!』

 必殺のタイミングを切り抜けられたところで、損傷の差は歴然。ならばこのまま―――

 

 ―――ガシィン!

 

 冷静に状況を整理していたのは一瞬だった。

 しかし、その一瞬、爆風を裂いて二つの『鋏』がマズルカの肩を捉えた。

 

「ファイナルターン……失敗だな!」

 エドワードは目を疑った。

 二重になっていた装甲を排除した肩には、展開式の格闘武器が組み込まれていた。

 開放式バレルのように展開した二つの金属器官から、発生するエネルギーと斥力により、挟んだ対象を捩じ切る『エナジーニッパー』!!

 ミサイルコンテナは見せかけの囮。排した装甲の中に隠していたこのエナジーニッパーを、本命として隠し通し、今こうして隙を突いた捕縛に成功した。

『だがッ』

 とはいえ、それでもマズルカはレーザーソード二振りをそのまま手持ちにしている。エナジーニッパーを破壊しようと、斥力に抗いレーザーソードを突き刺さんと足掻く。

 

『―――違う!』

 それこそが、広瀬涼の狙いだった。

 そうする瞬間こそ、マズルカが接敵距離で最大限無防備になる瞬間。

 エドワードが気づいて、声を上げた時点で、時すでに遅し。

 

 ノーチェ・ブエナはライフルを二つ手放している。

 それは不調や衝撃ではない。あくまで『故意』のものだった。

 両腕が塞がるマズルカ、一方で両腕がフリーなノーチェ・ブナエ。

 

 腰部の装甲から、格納していたものが飛び出す。

 手の甲に装着されたそれは、まるで指のように砲身が立ち並んだ。

『フィンガー!?』

 フィンガーマシンガン、縮めてフィンガー。

 射程距離も短く、メイン武器としては非常に頼りないが、至近距離で撃ち尽くした際に一線を画す火力を叩き出す、一点突破の近接射撃兵器。

 予備兵器として扱われることの多いこの武器だが、広瀬涼は拘束したこの瞬間を狙い澄まし、これを引導火力として今までの行動をとっていたのだ。

「さあ」

 レーザーソードが斥力を突き破るより早く、その『指』がマズルカに突き立てられる。

「付き合ってもらうぞ、私の領域にッ!!」

『ちィ!』

 

 ズガガガガガ―――ッ!!

 音を立てて襲い来る津波のような弾丸、弾丸、弾丸!!

 しかしマズルカにもまだ手はある。残りの力を振り絞り、自律砲台がノーチェ・ブエナを狙い澄ます。

 二重装甲の肩以外を酷く損傷したノーチェ・ブエナ。ここで腕か肩をもぎ取れれば形勢は逆転する。

 

 バシュ、バシュ、バシュ―――!

 ズガガガガァ―――!

 

 残りの火力を総動員した、盛大な削りあい。

 場内に響き続けた爆音は、ふいに全てが止み、静寂が訪れる。

 圧倒的な光景に、場内で見物していた観客までもが静まり返る。

 双方ともに動かない。

 挟まれたマズルカが砲台で削りきったのが先か、或いはノーチェ・ブエナが秘めたる一撃でマズルカを削りきったか。

 

 静寂、それを裂くように、場内モニターが一つの答えを導き出す。

『……決ッ着ゥゥゥ!

 この至近距離の削りあい、先に相手を圧倒し、勝利を導き出したのは―――』

 

 映ったのは、『紅』。

『ひ、広瀬、広瀬涼だぁぁ!! なんっということ!

 あのプロドライバーを相手に! 通常の機体同士で! 勝ちを拾ったああああ!!』

 

 鳴り響いた逆転凱歌。

 機体に頼り切るのが強さではない。

 彼女の強さは、別のところにある。それを喧伝するに足りる実績を、生放送と言う場で叩き付けた。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

 機体を降りて、再び向き合う二人。

「見事だったよ。悔しいけど、今回はキミの勝ちだ」

「ありがとう。一歩間違えたら、やられていたのはこちらだった」

 再びの握手。それは互いに悔いのない戦いをした証であり、互いを称える礼儀。

「自分の練度を把握して、勝ちの可能性を抉じ開けた。

 今までのキミの経験が、それを可能にしたのだろうね。本物だよ。疑って悪かった」

 清々しい表情のエドワード。元々エドワードが挑発行為に及んだのは、涼ではなくフランベルジュが強いだけという風説がある前提であり。

 それが崩れた今、エドワードが高圧的な態度を取る理由などなかった。

「お褒めの言葉、光栄に思う」

「だが次に勝つのは僕だからな」

 セッティングの読み合いで負けたのは確かだが、次に同じことが起こるかは限らない。

 そもそも、技量自体は自分の方が上だと己の感覚で把握している。

「次までに、技量の差を埋められるよう努力するよ」

「期待しているよ」

 お互いに、次に負ける気はない。

 再びの戦いがあるならば、その時は。

 

 割れんばかりの歓声の中、生放送特番のコーナーは終わりを告げ、番組の視聴率を支える目玉となった。

 そして次の日―――この広瀬涼の姿はメディアに広く喧伝されることとなった。

 パイロットスーツ姿で。

 

 次の日、暫く涼がショックを受けて悶絶していたことは、ナルミとポインセチアの子供たちの語り草となった。

 

 

 Flamberge逆転凱歌 第18話 「傑作機(マズルカ)vs欠陥機(ストラディバリウス)」

                         つづく。

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