第34話 夏の終わりの花火大会

 8月最後の週のこの日、映像制作部の皆でとある場所で開催されている夏祭りに来ていた。


 ちょうど夏休み最後に投稿する用の動画の編集作業も終わり、残りの夏休みを満喫しようという事もあり、夏の終わりの花火を見る為、部員の皆と近くの夜店へと向かって歩いていた。


「いゃあ~ 何とか8月中には動画が投稿出来そうだね」


「確かに、この夏は動画編集の日々で大変だったよ」


「でも、キョウのお蔭でこの夏はホラー系やキャンプ系の動画と、全て上手く出来たじゃない!! それに、夏休み最後に投稿する『夏休みの宿題を一日で終わらせる方法』って動画、絶対に面白いと思うよ」


「そうかな? 宿題をテーマにした動画だと、夏休みの最初の方が良かったと思うよ」


「そんな細かい事は気にしなくていいよ!! きっと上手く行くから」


 夜店へと向かう中、キョウは古都と一緒に話をしながら歩いていた。


「そんな事よりもキョウ、その浴衣姿意外と似合ってるじゃないか!!」


「そっ、そうかな? 皆で夏祭りに行くなら浴衣を着た方が良いって姉さんが無理矢理着せたんだよ」


 そんな中、古都はキョウが着ている浴衣に着目をし始めた。この浴衣は、姉に夏祭りに行く事を伝えると、絶対に浴衣で行った方がいいと言い、姉がわざわざ自分の浴衣を持って来て強引に着せたものである。


「そうなんだ。キョウも大変だな」


「全くだよ……」


「でも、キョウちゃんが浴衣姿になってくれたおかげで、みんな浴衣姿になれたじゃない!!」


「まぁ、確かにそれはそうだけど」


 優の言う通り、古都も美紗も皆、浴衣姿である。古都はオレンジ色、優はピンク、美紗は青、そしてキョウは赤と、皆それぞれのイメージカラーに合わせた色の浴衣を着ている。


 そんな事はどうでもいいとして、ただでさえ恥ずかしいと感じるこの浴衣姿。その上、浴衣を着るときに下着は穿かないと言い、浴衣の着付けをしていた時に姉に下着も脱ぐよう強要され、今は浴衣の下は何も着ていない状態である。


「やっぱり、浴衣を着る時は下着を穿かないから、なんか変な気分にならない?」


「何言ってるの!? まさかキョウ、今はノーパンなのか?」


「えっ、そうだけど? みんなは違うの?」


 古都からの意外な反応に、キョウは驚いた。


「違うよ!! 流石に人前でノーパンなんかにはならないよ」


「そうだよ!! ノーパンはマズイよ!!」


「大勢の人がいる中で、いくら浴衣を着ていても下着をつけない状態なんて恥ずかしくていられないわ。てか、変な事言わないでよ!!」


 古都も優も美紗もみんな、浴衣の下にはちゃんと下着をつけているようだ…… 


 皆が浴衣の下に下着を着ている中、1人だけ下着を身に着けていない状態って、普通に凄く恥ずかしいな…… 


 もう、皆は浴衣を着ていても、下着をつけているじゃないか!! 


 なんだか姉さんに上手い事騙された気分だ。


 そう思いながら、キョウは恥ずかしそうに顔を赤くした状態で、皆と一緒に夏祭り会場である夜店へと向かって歩いた。





 そして、しばらく歩くと大勢の人で賑わう場所へと着いた。その場所こそが、目的地である夜店会場である。


 着いた頃は既に夕暮れ時であり、夜店会場に出ている屋台の周りには浴衣を着た人達で賑わっていた。


「うぁあ!! 人がいっぱいだね」


 人がたくさんいる夜店会場を見た優は、人の多さに驚いていた。


「確かに人が多いわね」


「だね。流石はアイドル系UTuber達が集まる夜店だけはあるね」


 この夜店に人が多く集まるのは、単に花火が見える良い場所というだけでなく、夜店の屋台とは別にカラオケ大会が開催されている為でもある。


 しかも、ただのカラオケ大会ではなく、アイドル系UTuberの草分け的存在でもある『ディードル』のメンバーが、かつてこの夏祭りのカラオケ大会に出た事をきっかけに有名になった為、今では新人アイドル系UTuber達の登竜門としての盛り上がりも見せている。


 その為、ここの夜店会場には、アイドル系UTuberを目当てに来る人もいる為、人がたくさんいる。


「まぁ、この祭りにはアイドル系UTuberの憧れの舞台であるカラオケ大会があるというし、人が集まるのも当然だな」


「これだけ人が多いと、香里奈ちゃんの姿を見れるかな?」


「アイツもあのカラオケ大会に出る様だけど、別に見なくてもいいんじゃない?」


「そんな事言ったらダメだよ古都ちゃん!! 香里奈ちゃんだって、頑張っている姿をみんなに見てもらいたいに決まっているよ!!」


「流石に見ないと言うのは冗談だよ。それに直接生で見なくても、後で動画で見る事が出来るじゃない」


「それはそうだけど、やっぱり生で香里奈ちゃんを見てあげる方がいいよ!!」


 アイドル系UTuberやそのファンの人達でごった返す夜店会場を見ながら、古都と優はカラオケ大会に出る同じ部員の香里奈の事について熱く話をしていた。


「人混みの中、ただ見るだけって凄く怠くない?」


「そうかな? 好きな事だと、しんどい事であってもそれを忘れさせるくらい夢中になれるよ!!」


「そんなものかな?」


「そうだよ!! 好きな事があるからこそ、古都ちゃんだってUTube活動をやれたじゃない!!」


「まぁ、確かに言われてみればそうだな」


 確かに優の言う通り、好きな事だとしんどいと言う事だけでなく、時間を経つ事さえ忘れさせてくれる。それは優だけでなく古都も同じだと思う。ここ数カ月の動画制作の意欲を見ているとそれがしっかりと伝わって来る。


「じゃあ、香里奈ちゃんのライブが始まるまで、屋台を見て楽しも!!」


「だね。屋台の食べ物って意外と美味しかったりするんだよね」


「わかる。リンゴ飴とか美味しいよね!! 早く買いに行こ!!」


 優が古都の手を握ると、そのまま勢いよく屋台の周囲にいる人混みの中へと早歩きで向かった。そんな2人の後を追う様に、キョウと美紗もまた、屋台の周囲にいる人混みの中へと入って行った。





 アイドル系UTuber達によるカラオケ大会という名のライブが始まるまでの間は、人が多くて気軽に歩けない夜店の様子を見て楽しんだ。


 ただ歩くだけでなく、夜店の屋台で売られているたこ焼きや焼きそばやフランクフルトや綿菓子やリンゴ飴等の食べ物を買ったり、また金魚すくいや的当てやくじ引き等のゲーム等もやり、皆で夜店を満足に楽しんだ。


 そして、アイドル系UTuber達によるカラオケ大会という名のライブが始まると、人でいっぱいの夜店会場を出て、ライブステージへと向かった。


 もちろん、屋台周辺だけでなく、そちらも屋台に負けないくらい人がたくさんいた。


 UTubeの動画等でも見かける様なアイドル系UTuberの人達のカラオケ大会が始まるのと同時に、花火の打ち上げが始まる為、ステージに立って歌う背後には花火が打ち上がるという、真夏の夜の最高の瞬間を作り上げてくれる。


 ステージに立って歌うアイドル系UTuber達の中には、歌が上手い人もいれば、歌の上手さには関係なく、皆で楽しそうに踊りながら歌う人達もいた。


 盛り上がる人混みの中から見ていても分かる事だが、そんな人達の多くは、今のこの瞬間を凄く楽しんでいた。それはもちろん、カラオケ大会に出場している香里奈も同じであった。





 そして、花火大会の終了と共に、夜空に打ち上がる花火をバックに行われるカラオケ大会は終了をした。


 花火大会が終わると同時に、先程まで屋台の周囲にいた人達は、一斉に駅の方へと向かって歩き始めた。それと同時に人も少しずつ少なくなり、次第に先程まで賑やかであった夏祭りの終わりを感じさせる少し物寂しい雰囲気が漂ってきた。


「ねぇ、どうだった、私のステージは?」


「すっごくよかったよ、香里奈ちゃん!!」


 カラオケ大会が終わったのと同時に香里奈と合流をし、今は香里奈を含めて、近くの広場で夜店のくじ引きの景品で貰った花火をしながら話をしていた。


「でしょう!! この日の為に最高の衣装を作ったのだから!!」


 そう言う香里奈が着ている服は、レモン色のドレスの様な浴衣であった。


「その衣装もすっごく可愛いね。最高のステージを作り上げるのにピッタリだよ!!」


「そう思うでしょ。どうせだったら、バックダンサーもいれば、私のステージはもっとキラキラと輝けたはずだと思うのよね」


「それだったら、私達も一緒に出ればよかったね」


 カラオケ大会のステージの話で盛り上がっていたところ、優は自分達も出ればよかったと、しゃがみ込んで持っている線香花火を見ながら言い出した。


「そう思うなら、どうして出なかったのよ。私はいつだって大歓迎よ?」


「そうは言うけどさ、カラオケ大会に出るとなると、ダンスや歌の練習もやらなけれならなくなって来るし、普段の動画制作と並行してやるのは凄く難しいよ」


 今回のカラオケ大会に出なかった理由を香里奈に聞かれた後、古都がその理由を答えた。


「何言ってるのよ!! アイドル系UTuberと呼ばれている人達は、普段の投稿する動画と並行して、歌やダンスの練習もやっているのよ!! 1人でやっている私が出来ているのだから、グループでやっているあんた達でも出来るはずよ」


「そう言われると、出来ない事はないのかも知れないな……」


「でしょ!! 今度、何かしらのアイドル系UTuberのイベントとかあったら、出てみる事をオススメするわ」


「確かに…… こちらには美紗がいるし、もしかしたらお前以上に目立つかもしれないな!!」


 そう言いながら古都は、隣で手で持っている花火を見ていた美紗の方を見始めた。


「何言ってるのよ!? 私はアイドルなんてやる気はないわよ?」


「またまたそう言っちゃって。歌を作るのが好きだったら、アイドル系UTuberはお似合いだと思うよ」


「そうよ!! 歌だけでなくて、アイドルとしても多くの人を引き付ける容姿も持っていると思うわ!!」


「全く、好き勝手言って…… 私はアイドルになんてなる気はないわよ」


 古都と香里奈からアイドル路線で行く事を進められるが、美紗はあっさりと断った。


「それって、可愛らしい衣装を着て人前に立つのが恥ずかしいからだろ?」


「それだったら、慣れるまで特訓ね。路上ライブとかなんてどうかしら?」


 断ろうが関係なく、古都と香里奈は勝手に話を進めてきた。


「も~う、勝手に決めないでよね!!」


 そんな2人の勝手ぶりに、美紗は迷惑そうな表情で困惑している様子が、花火の光で見えた。


 そんな感じで、長かったようで短かった高校生活最初のUTubeライフとの両立させた夏休みは、散って行く花火と共にあっさりと終わりを迎えた。

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