第33話 特別な宿題
8月の後半にさしかかったある日、私、秋風優は友達の千百合ちゃんと一緒に千百合ちゃんの家の店でお茶を飲みながら話をしていた。
「へぇ~ この間は心霊動画を撮影したの」
「そうだよ。撮影は真夜中に行われた海辺の廃ホテルでの肝試しだったよ。始めは凄く怖かったけど、みんなでやると意外と楽しかったよ!!」
「そうなの。それは良かったじゃない」
「でね。肝試しをやる前に、みんなで怪談話の動画も撮っていたせいもあって、美紗ちゃんったら最後まですっごく怖がっていたよ」
千百合ちゃんが入れてくれた美味しい自家製のお茶を飲みながら、私は8月の初め頃に行った怪談話と肝試し撮影の思い出話を行った。
「話を聞いていますと、なんだか凄く楽しそうですわね」
「撮影はすっごく楽しいよ。時々、大変な時はあるけど……」
「確かに、面白い動画を作るのは、凄く大変だと思いますわ」
「そうだけど、それ以上に大変な事が今の私にはあるんだよ~」
「あらっ!? それは一体何かしら?」
千百合ちゃんに何が大変なのかを問われた為、私はその大変な事を答える事にした。
「宿題がなかなか終わらないよ~」
「そうなの!? 夏休みの宿題はたくさんありますけど、毎日きちんとやっていれば夏休みが終わるまでには全部終わるわ」
「その宿題じゃなくて、私だけの特別な宿題があるんだよ~」
「どんな宿題なのかしら?」
どの様な宿題が出たのかを聞かれた為、私はテーブルに寝そべりながらダルそうな表情で喋り始めた。
「動画編集技術の向上と、アイドル系UTuberの事をよく知る為の勉強」
「まぁ、大変ね。この宿題は、映像制作部からの特別な宿題なのかしら?」
「違うよ、香里奈ちゃんからだよ」
「香里奈ちゃんと言えば、あのチョコチップさんの」
「そうだよ。香里奈ちゃんったら、意外とすっごく厳しんだよ~」
「そうなの。でもどうして特別な宿題が出されたのかしら?」
「それはね――」
私がなぜ、香里奈ちゃんから特別な宿題が出されたのかを疑問に思っている千百合ちゃんの為に、ここ数日間の出来事を振り返りながら喋る事にした――
それは、今から数日前のある夜であった。
香里奈ちゃんとの約束であった動画撮影の手伝いまであと一週間となったこの日の夜、私は香里奈ちゃんから届いたチャット文を見て驚いた。
「なっ、なにこれ!?」
香里奈ちゃんから届いたチャット文には、たくさんのリンクが貼られていたのであった。このリンクを最初に見た時、そのリンクが何であるか私はまだ知らなかった。
その為、私は香里奈ちゃんに謎のリンクの正体を聞く為、香里奈ちゃん宛にチャット文を送った。
『あのリンクは一体何!?』
私の疑問に関する返答は、すぐに届いた。
『あのリンク先は、私がオススメするUTubeの動画よ』
すぐに返事が返って来た為、しばらくは香里奈ちゃんとチャットで会話をする事にした。
『オススメの動画って、どんな動画?』
『そうねぇ、優に送った動画は、初心者でも出来るUTubeの編集やカメラ撮影のやり方を分かりやすく解説した動画と、あと、私がオススメする参考にするべきアイドル系UTuberの動画のリンクよ!!』
『なんで、こんな動画の数々を私に教えてくれたの?』
『なんでって、今度一緒に動画撮影をやるからでしょ。それまでには最低限、動画編集やビデオ撮影、そしてアイドル系UTuberというものがなんなのかを知ってもらう為よ!!』
『それだけの為に?』
『それだけじゃないわよ!! 今のあんたの技術力は、映像制作部内でも一番下でしょ。ミサピョンやキョウ様の実力に追いつこうと思ったら、まずは勉強よ!!』
『やっぱり、そうなるのね!!』
香里奈ちゃんは、私の為を思ってなのか、来週の動画撮影までの間にリンク先の動画を観て勉強をしてくる様にメールで言ってきた。
とりえず、香里奈ちゃんの動画撮影は一週間後なんだから、それまでには少しでも勉強をしておかないとダメだね。
そう思い私は早速、ベッドで横になって寝ながら送られてきた動画を観始めた。
そして、香里奈ちゃんから送られた動画を観続けて数日が経過した。
いよいよ明日が香里奈ちゃんの動画撮影の日となった前日の夜、香里奈ちゃんから久々にチャットが届いた。
『私が送った動画は見たかしら?』
私は早速、香里奈ちゃんにチャット文を送り返した。
『うん、見たよ。アイドル系UTuberって歌って踊っているだけでなくて、私達と同じ様な動画を出していたりしている人が結構いるんだね』
『そうね。アイドル系UTuberだからって、歌や踊りばかりをやっているわけではないのよ。歌や踊り以外にも、料理系や実験系。あんた達フェイカーズの様にグループで遊んでいるだけの様な動画や、更には都市伝説や雑学を語る知識系もあれば、ゲーム実況を始め、生放送等のトーク力を売りにしているのだっているのよ』
『へぇ~ そうなんだ』
『それ以外にもたくさんあるけど、大半のアイドル系UTuberと呼ばれている人達は、歌や踊り以外には先程言ったような動画を上げている人が多いわね』
なるほど。香里奈ちゃんの紹介で見たアイドル系UTuberの動画では、確かにそれらの動画が多かった。
『ところで、肝心の動画を見ての勉強は出来たかしら?』
その後、香里奈ちゃんから、たくさんの動画が送られた本来の目的を問われた私は、この1週間の間、バッチリとオススメの動画を見ていたことを伝える為――
『バッチリだよ!! 香里奈ちゃんのおかげでアイドル系UTuberの事が色々と分かったよ』
自信満々に香里奈ちゃん宛に送信をした。
『そうなの。一応は勉強をしていたみたいね。何か良いヒントは得たかしら?』
『ん~ 香里奈ちゃんがオススメしてくれた動画の中だったら、ゲーム実況だったら、今の私でも出来そうかなって思った』
香里奈ちゃんから動画鑑賞の成果を聞かれた私は、見てきた動画の中でも最も簡単そうなジャンルを答えた。
『なんでそう思ったのかしら?』
『だって、他のジャンルだと、予め下準備やそれ専用の知識がないと出来ないけど、ゲーム実況だったら、ただ単にゲームをプレイしていればいいだけだから、私にでも出来るよ』
私は、心の底で思っていた事を、そのまま香里奈ちゃんに答えた。
『甘い!! その考えが甘いのよ!!』
『えぇ!? なんで?』
『ただ単にプレイをしているだけだったら、面白い動画なんて作れないわよ!! 最低限、面白いと思える動画を作りたいのなら、プレイをするゲームの内容を予め知っておく必要はあるのよ。それに、多くの人が見て面白いと思えるゲーム実況系の動画を作ろうと思ったら、ゲームの腕前以上にトーク力が大事なのよ』
『喋るだけだったら、私だって出来るよ』
『意味もなしに喋っているのではダメなの。いい、ゲーム実況と言うのはゲームのプレイ中の様子を動画として出しているのだから、予め展開が分かっている台本とは違って、何が起こるか分からない生放送と似たようなものよ!! 下手にプレイをしてしまったら、中身がスカスカの動画になってしまうくらい、ゲーム実況って凄く難しいのよ!!』
『はっ、はい!!』
香里奈ちゃんから聞いた事で分かったのだけど、ゲーム実況って、ただ単にゲームをプレイしながら喋ればいいと思っていたので凄く簡単だと思っていたけど、実際は生放送の様に凄く難しいジャンルだったなんて……
ゲーム実況を出している人は、とにかく凄い才能の持ち主なんだね。
『それともちろん、私が送った勉強系の動画も既に見ているわよね?』
『ゴメン…… つい、他のアイドル系UTuberの動画に夢中になり過ぎて、その動画はまだ見ていないの』
『ちょっと!! なんで見てないのよ!! 撮影は明日なのよ!! 明日までに私が送った動画を全部見なさい!! わかった!?』
『わっ、わかったよ!! 明日までには絶対に見ておくから~』
そして、この日の晩は、香里奈ちゃんから送られた動画編集やカメラ撮影を分かりやすく説明をした動画を徹夜で見る事になった――
そして、千百合ちゃんに数日間の出来事を振り返りながら話をし終えた後、私は疲れたかのようにため息をついた。
「次の日も含め、あの時は凄く眠たかったよ」
「それは凄く大変でしたわね」
「大変ってものじゃないよ~ 香里奈ちゃんとの撮影が終わった後もまた、動画の撮り方や作り方を個別で覚えなければならないようになったし、宿題だらけだよ~」
「確かに宿題は大変ですけど、その宿題を乗り切れば、今まで出来なかった事が出来るようになりますわよ」
「そうだね。数日後にはフェイカーズの皆で、山でキャンプや河原でガラス細工の貝殻で宝探しをやってみる動画の撮影があるから、まだまだ疲れていてはダメなんだよね」
「その通りですわ。見ていて楽しい動画を作るのは凄く大変だと思いますが、作る時に大変であった分、完成した時より一層作り甲斐があったと感じるはずよ」
確かに動画制作は凄く大変。でも、そんな大変さがあるからこそ、完成した時の喜びがある。苦労の矢先の喜び、その事を千百合ちゃんは改めて私に教えてくれた。
その後、千百合ちゃんは店の厨房の中に入って行った。
そして少し時間が経った頃――
「さぁ、暑い日はまだまだ続きますが、優さんがこれからも頑張れるように、この飲み物は私からの奢りよ!!」
抹茶が入った大ジョッキを持って厨房から出てきた。
「ありがとう!! UTuberである以上、ファン達を楽しませる動画作りを頑張らないとね」
「その調子よ!! これを飲んで、明日からもまた動画制作を頑張ってね!!」
まだまだ暑い日が続く高校生活最初の夏休み。動画を作るのは凄く大変だが、同時に応援をしてくれる人もたくさんいる。そんな人達の応援に答える為、私はこれからも動画制作を頑張って行こうと思った。
だって、今までの人生の中で私が唯一、ここまで夢中になることが出来た事なのだから……
そんな事を思ったある夏の日の出来事であった。
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