第32話 電車の中で……
この日は、『フェイカーズ』と『チョコチップ』の海の家でのコラボ動画という名の1日アルバイト体験が行われた。
アルバイト体験は一日だけの為、夕方には海の家でのコラボは終わり、夜になった今は、電車に乗って皆で帰宅をしているところであった。
今日のアルバイト体験が凄く忙しかったというのもあり、夏川さんは向い側の席に顧問の先生の肩に持たれながら座ったまま寝ていた。
一方の私は、窓側の席に座り今日の疲れを癒そうと思い、1人で何も考えずにただ暗い外の景色を眺めておこうと思っていたが、どうもそうする事は出来なかった。
それは、私の席の隣には春浦さんが座り、その前には秋風さんが座っていた為である。この2人が向かい同士で座っている以上、静かなワケがない。
「せっかく海をテーマにした動画の撮影をやったのに、今回は遊べなかったな」
「だね。どうせなら、海で遊ぶ動画も撮りたかったよね」
春浦さんと秋風さんは、どうやら海で遊びたかった様であった。確かに言われてみれば、今回は海水浴場に行っただけで、肝心の海の中には入る事はなかった。
「どうせ、次の動画とかで、海水浴場で遊んでみたとかいう感じのタイトルの動画を出すつもりなんでしょ?」
「確かにそれが出来ればそうしたいけどさ、少ない夏休みは貴重に使いたいじゃない」
「どういう事よ?」
「要は、短い夏休みを海水浴場ばかりで過ごす気はないと言いたいんだよ。せっかくの夏休みなんだから、海以外の動画も撮りたいしね。既に夏休み中に撮ろうと考えているテーマは大体思いついているし」
「そうなの」
隣に座っている春浦さんに海水浴場の動画を撮るのか確信を持ちながら聞いてみると、他にもやりたいテーマがあるみたいで海をテーマにした動画は今回の海の家でのアルバイト体験以外はなさそうな雰囲気であった。
「そんな事言わずに、また海をテーマにした動画を撮ろうよ!!」
「そんな事を言われても、夏を海だけで終わらすのはもったいなくないか? 海以外にだって山でキャンプをやってみたりとか川遊び。更には森林で昆虫採集をやってみるとか、山も充分に楽しめるじゃない」
「なるほどね。そう言われてみると確かに山も悪くはなさそうだね」
「でしょ。山以外にだって、夏と言えば肝試しを始めとする心霊系だってあるし、挙げ句の果てには自由研究をテーマにした宿題系の動画だって撮れるし、そう考えるとホント、海だけにこだわるのが勿体なく思えるよ」
春浦さんが海以外で撮ろうと思っている動画の内容を言うと、それを聞いた秋風さんは興味を持ったように食いつき始めた。
しかし、私はどうしてもその内容には興味を持つことが出来なかった。
昆虫採集とか肝試しとか、どちらも私自身が苦手とするモノである為、この時の私はその企画がボツになって欲しいと心の中で思った。
「確かに…… 自由研究だとロケットを飛ばしてみたりとかスライム作りとか、面白そうな企画がたくさんあるね」
「だろ? だからこそ、夏を海だけで終わらすのはもったいないと思うんだよ」
「でも、それでも私はもう一度海水浴に行きたいよ!!」
「そう言っても、フェイカーズではもう予定はないよ」
海での動画撮影の予定がない事を聞かされた秋風さんは、ガッカリする様な表情になってしまった。
「そう言わずに、海をテーマにした動画だって、いくらでも撮れるよ」
「どんなテーマを考えているんだよ?」
「例えばだね、砂浜で芸術的なお城を作ってみるとか、海水浴場にカラフルなガラスで出来た貝殻を隠してそれを探す宝探しとか。やってみたら絶対に面白いと思うよ」
「確かに、それは面白そうだと思うよ」
「でしょでしょ!! だからまた海をテーマに動画を撮ろうよ!!」
「でも、それとこれはまた別。それに海水浴場でなくてもやろうと思えば別の場所でも出来そうだし」
「そんな事言わずにやろうよ~」
「海はまた来年ね。今年は海の家で終わり。夏の動画は海以外にだってたくさん撮る予定なんだから」
今年はもう海で動画を撮る予定はない春浦さんを何とか説得させようと、秋風さんは自分なりに考えていた海をメインにした動画のテーマを春浦さんにダダをこねる様に言ったが、春浦さんにはあっさりと断られてしまった。
すると、先程から外の景色を見ていた四季神さんが突然、春浦さんと秋風さんが座っている方を振り向いた。
「何が理由で海で動画を撮りたがらないのかは知らないけど、海をスルーするのって、なんだか夏を少しだけ無駄にしていると思わないかしら?」
どうやら四季神さんは、さっきまでの話を聞いていた様であり、海で動画を撮らない事に対し、もったいないと考えている様である。
「別に私達がどこで動画を撮ろうが、別に私達の勝手じゃない。わざわざお前に言われる筋合いはないよ。どうせお前だって、海水浴場をバックにMVを作るぐらいだろ?」
「そのつもりですけど、悪いかしら?」
「別に悪くないよ。やりたい事を勝手にやったらどう?」
「言われなくても、そうするわよ!!」
四季神さんの考えに対し、春浦さんはあまり興味を持とうとはしなかった。
「えっ!? 香里奈ちゃんはまた海で動画を撮るの!?」
「だって夏なんだし、海に行くのは普通でしょ?」
「いいなぁ~ 私もまた海に行きたぁ~い」
すると、四季神さんが再び海に行くという話を聞いた秋風さんが、羨ましそうに隣に座っている四季神さんの方を見た。
「そんなに海に行きたいの?」
「行きたいに決まってるじゃない!! だって夏だよ。夏を最も実感できる場所こそが海だよ」
「なるほどね…… だったら、今度は私と一緒に行ってみる?」
「えっ!? いいの!!」
「ちょうど、カメラマンが欲しいと思っていたところだし、さすがにUTubeを1人で やり続けていくのには限界がある様に思っていたところだったし」
「行く行く!!」
海に行きたそうにジッと見つめていた秋風さんを見た四季神さんは、少し物事を考える様子で秋風さんを誘った。
一応、秋風さんをカメラマンとして誘ってはいるけど、確かに四季神さんの言う通り、1人でUTube活動をやっていく上での難点はカメラマンがいない為に撮れる動画の種類が限られてきてしまうという事。さすがの四季神さんも、その分野には頭を悩まされていたのかも知れない。
「おいっ! うちのメンバーを勝手にカメラマンに使うな!!」
「別に良いじゃないの。一種のコラボみたいなものなんだから」
「そんなコラボがあるか!!」
秋風さんをカメラマンとして使う事を気に入らなかった春浦さんは、四季神さんに抗議をやり始めた為、私の隣は抗議の言い合いでさっきよりもうるさくなった。
その後、春浦さんと四季神さんの言い合いは、秋風さんの仲介により和解をした後、少しは静かになると思っていたが、今度は海水浴場で開催されているイベントについて話し合いを始めた為、さっきと同様にうるさいままであった。
「そう言えば、あの海水浴場では、毎年水泳大会を開催しているのよ。優勝すれば、良い商品がもらえるわよ」
「そっか、もしかしたら美紗なら優勝を狙えるかも知れないな」
「美紗って、泳ぎが得意なの?」
「得意なんてものではないぞ。美紗は昔、水泳で賞を貰っているぐらい凄いんだぞ!!」
突然、四季神さんが水泳大会の話を始めると、春浦さんが余計な事を言い始めた。
「水泳をやっていたって本当!? なんだかそうは見えないけど」
春浦さんの言った事を真に受けた四季神さんは、驚きを隠せないかの様に、私の方を見始めた。
「やっていたって小学生ぐらいの時よ。別に本気でやっていたわけではないから、最低限の泳ぎを知っているだけよ」
「でも、賞を取るぐらいには速いって相当凄いわよ」
「そうかしら? それは単に相手が遅かっただけよ」
賞を取ったというのを聞いただけで驚かれているが、私からしてみたら別に自慢するほど凄いとは思えない。
未だに自分では凄いと思わないのは、その賞を取ったのが小学生の時だったという理由のせいかも知れない。
「そう言うけど、賞を取った事には変わらないし、凄い事には変わらないわよ」
「やっぱり、他人が賞を取ったと聞くと、どんな理由であれ、凄いと思うのね」
「確かに凄いけど、それ以上に水泳って言ったら、やっぱりハイレグの競泳水着を着るのでしょ? 鼠蹊部が完全に露出した水着を人前で着るなんて、アイドルをやっている私が言うのもなんだけど、けっこう勇気がいると思うわよ」
突然、四季神さんは自分の鼠蹊部の上でハイレグの形になる様に両手を当てて、私にハイレグの競泳水着を着ていたのかを問いかけてきた。
ハイレグの競泳水着は話だけでしか聞いた事がなく、実際に着用をした事がなかった私でも、つい露出の高いハイレグを想像してしまい、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまった。
「なっ、何言ってるの!? 今時、ハイレグの競泳水着なんて着るわけないでしょ!! 私が水泳をやっていた時だって、太股まで覆われたスパッツの競泳水着よ!!」
「スパッツの? なんだ、昼間に来ていた水着と同様、露出の少ない地味なタイプの競泳水着ね。もっと大胆にハイレグを着ればいいのに。そうすればもっと注目が浴びるのに」
「競泳水着は注目を浴びる為に着る水着ではないわ。無駄な露出をしていたら、勝負には勝てないわよ」
私は、恥ずかしさを堪えながら、水の中でより速く泳ぐ為に無駄な露出は必要ないと伝えた。
「やっぱり、勝負と見世物は違うのね。でも、私は美紗がハイレグの競泳水着を着ても凄く似合うと思うわ。感だけど。もし着るなら毛の処理くらいは手伝うわ!!」
「確かに、ハイレグの競泳水着を着た美紗が動画に出れば、絶対に凄い再生数が取れると思うよ。だから、一度、ハイレグの競泳水着を着てよ!! 用意するからさ」
「ハイレグなんて、絶対に嫌よ!!」
四季神さんだけでなく、春浦さんからもハイレグの競泳水着を着る様に言われたけど、露出の高い水着など、絶対に着たいとは思わない。
そんな感じで、無駄にも思える様な話をやりながら、夜の電車の中は女子高生達の賑やかな会話で盛り上がっていた。
全く、うるさくて疲れを癒せない……
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