第49話 こころころころ

「ラブレター?」

「そうだよシロちゃん! 事件事件!」

 教室に入ってくるなり、陽菜はばたばたとシロの元までやってきた。その目には期待と不安が入り混じっている。

「……って、何?」

「え」

 シロの予想外の返答に彼女が一瞬固まったのがわかった。

「告白だよ告白! クロちゃんに告白!」

「……何の?」

「愛の!」

「愛……?」

 シロはしばらく考えた。愛の告白……愛……? 愛って何だっけ……? ためらわない事……?

 やがてそれが何を意味しているのか、やっと頭の中で形が見えた。

「! あ、愛の告白って、そ、その、すすすすすす好きって事……!?」

「そうだよそれそれ! 誰かがクロちゃんの事を好きだって事だよ!」

「ふぁ!?」

 突然の出来事に意味不明な発音をしてしまう。

「な、ななななな何で!? どうして!?」

「おそらく文化祭だろうね」

 慌てふためくシロの横で、結は冷静に分析をした。

「あ~、だろうね……」

 彼女の言葉に陽菜も共感している。

「ぶ、文化祭が? どういう事?」

「あの時シロちゃん達、派手な劇したじゃない。早見君へのドッキリだとか言って」

「う、うん……それが?」

「あの時のクロちゃんの迫真の演技がなかなか好評で、黄色い声がちらほらと上がってるんだよ。初等部とか高等部でもちょっとした人気者だとか」

「そ、そうなの……?」

「そういやあの時のコスプレ、ほんと凄かったね」

「え? ええ、まあ……」

「まずいよシロちゃん! このままじゃクロちゃんが盗られちゃうよ!」

「い、嫌だ!」

 シロは強く否定した。

「よし! 早速情報収集に行こう!」

「うん! 行く!」

 そこで彼女らはクロのクラスに行き、薫をちょいと呼び出して詳細を探る事にした。クロの親友である彼なら必ず話を聞いていると思ったからだ。

 予想は的中した。彼女らは薫からクロが告白を受ける時間と場所を聞き出す事に成功したのである。

「い、いいのかなあ、こんな事……」

 放課後、特別教室棟へ向かう最中彼は申し訳無さそうに呟いた。

「だったら来なきゃいいじゃん」

「うっ!」

 結が的確な指摘をする。そんな事を言いながらも告白の現場を見物しようとしているという事は、やはり彼も気になっているのだ。

 そして。


「クロノ君って今、好きな人いるの……?」

「えーっと……別にいるんだよなー」

 何ですと~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?


「ほげー……」

 翌朝の教室。口をぽかんと開け虚ろな目で席に着いたまま微動だにしないシロの姿があった。

「……シロちゃーん」

 彼女の腕を陽菜はつん、とつついた。

「ほげー……」

「……」

「化石になってるね」

 結もつんつん、とつついてみる。

「ほげほげー……」

「あ、一個増えた」

 今度は三回つつく。

「ほげほげほげー……」

「うわ、何これおもしろーい」

「ちょ、ちょっと結ちゃん! シロちゃんで遊んじゃ駄目だよ! 可愛いけど!」

 陽菜はシロの顔を覗き込み、励ます様に言った。

「シロちゃん、元気出してよ。クロちゃんに好きな人がいるからって、まだシロちゃんの恋が終わった訳じゃないよ。ほ、ほらもしかしたらその好きな人っていうのはシロちゃんの事かもしれないじゃん! きっとそうだよ!」

 彼女の発言は不確かである。本当はあまりそんな事は言いたくないのだが、放心状態にある友人を元気付けるためにはしょうがない時もある。

「……ヤー……」

「なぜドイツ語!?」

 力の無い相槌を打つと、シロは机にうなだれていった。空気が抜けた浮き輪の様に、体がしょんぼりとしぼんでいる様に見える。傍から見ると溶けて机と一体化している様だった。


 一方、当事者であるにも関わらずその理由を知らないクロもその異変にもちろん気付いていた。家にいる時もシロは明らかに元気が無い。食事もほとんどを残す様になった。今まで彼女のそんな姿など見た事がないため、彼の不安はどんどん増していった。

「なあおい……大丈夫か?」

「えー、あー、うん」

「……病院にでも言った方がいいんじゃ……」

「えー、だいじょーぶだよ、びょーきじゃないから」

「……」

 彼はシロの事が心配で心配でたまらなくなった。


「なあ、最近シロの様子がおかしいんだ」

 ある日彼は学校で陽菜と結を呼び出しシロの事について相談をする事にした。

「え?」

 話を聞いたふたりは目を合わせる。

「あいつは病気じゃないって言ってるんだけど、どうも心配でよ……お前らなら何か知ってるかもと思ったんだけど」

「それは……ねえ?」

 陽菜は大きな目を再び結と合わせた。

「知ってるのか?」

「クロちゃん、ほんとに心当たり無いの?」

「無い。何か怒らせる事したのかもしんねーけど、怒ってる感じではなさそうだし……」

「怒ってはいないねえ」

「じゃあ何なんだよ」

「最近クロちゃんに変わった事が起こらなかった?」

「変わった事? ……ねーよ」

「告白されたでしょ?」

「! 何でそれを!」

 彼は少し顔を赤くした。てか、そういやそんな事あったな。クロにとってはその記憶はもはや薄れかけていたのだ。

「いやーまあ薫君に聞いたんだけど」

 結が笑いながら答える。薫の奴……。

「その時クロちゃん、好きな人がいるって言ったでしょ? それが気になってるんだよ」

「は? 何でそんな事。ていうか何でそんな事知ってるんだよ……まさかお前ら!」

「てへぺろ」

「……っ!」

 急に恥ずかしくなってきた。薫から詳細を聞いてこっそり覗いていたという所か。

「……で? それはほんとなのか? そんな事ぐらいであいつ、ずっと元気無いのか?」

「多分ね」

 鈍いなあ、とふたりは思った。シロちゃんにとっては「ぐらい」じゃないんだよ。

「何でだ? よくわかんねー……そんなに誰なのかが気になるのか……? そもそもあれ嘘なんだけど……」

「へ?」

 少女達は驚いた声を出す。

「嘘なの?」

「嘘だよ。めんどくせーから言っただけだ」

「ほんと?」

「ああ」

「……」

 またも目を合わせるふたり。

「それ、さっさとシロちゃんに教えてあげな」

「ああ。ほんとにそれで元に戻るんならな。ったく、女子の考えてる事はほんとにわかんねー」


 その日の放課後。シロと一緒に帰っていたクロは陽菜や結の言う通り、先日のあの発言は嘘だという事を彼女に伝える事にした。

「なあ、お前最近元気ねーけど、俺があの時・・・言った言葉が気になってるらしいけどよー……あれ、嘘だから」

「…………あの時って?」

 数日振りにまともな返答をもらえた。それだけで彼は喜んだ。

「だから……あの時だよ、あの時……俺が放課後呼び出された時だ……あいつらと見てたんだろ?」

「……どの言葉が嘘なの……?」

「だから……好きな奴がいるってのだよ。あれ嘘。それをずっと気にしてたんだろ?」

「………………………………ほんと?」

 シロの声の調子が変わった。いつも通りに戻りつつあるのがクロにはわかった。

「ああ、ほんとだよ、ほんと」

「……ほんとにほんと?」

「ほんとだっつってんだろ」

「……!」

 するとシロは急に早足になり、彼の前を歩き始める。

「! おい、何だよ急に」

 クロも速度を上げて彼女に追い付こうとするが、その度にまた数歩前へ出て引き離される。その表情を彼は見る事が出来ない。

「おい、怒ったのか?」

「……!」

 シロは何も答えなくなった。

「なあ!」

 この時少女は、喜びが溢れて崩れ切った顔を決して彼に見られない様に注意して歩き続けていた。その深紅色の頬の言い訳にするには、夕日はあまりにも淡過ぎたのであった。



 第3節 堕天使の逆襲 了

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