第36話 サマーメモリー

 日が暮れて夜になり、クロとシロ一行は各々ホテルの部屋でくつろいでいた。彼らは和室を三つ借りている。部屋割りは一部屋目はシロと陽菜と結の女子組、二部屋目はクロと薫の男子組、そして最後の一部屋はギルバートの占有となっている。シロが抽選で当てたのはペア宿泊券だったため部屋は全て二人用なのだが、それでも案外三人分の布団を敷ける広さはある。それにホテルの部屋には予備の布団も置かれているため、女子三人は特に不自由はしていない様だった。

 ギルバートを除く五人は一度クロ達の部屋に集まり皆でトランプをして楽しんだが、夜も更け始めた所でお開きになった。男ふたりだけになったところで布団を敷くと、クロはバッグの中から携帯ゲーム機を取り出した。

「よし薫、昼間の続きやるぞ」

「よしきた!」

 威勢のいい返事と共に薫も準備を始める。

「それにしても知らなかったよ」

「何を?」

「クロノ君、シエルさんの事好きだったんだね」

「ぶっ!! 何言い出すんだよ急に!」

「え? 違うの?」

げーよ!」

 クロは焦って否定した。

「あ、恥ずかしがってるんだ。かわいいなークロちゃんは」

 珍しく冷やかしてくるので、とりあえず一発、軽くげんこつ。

「……すいません……」

「違うっつってんだろが……そんなんじゃねーんだよ、あいつは……」


「いやあ夕方はなかなかでしたなあ」

「ひゃっ!? 何!?」

 一方女子部屋では消灯後、すぐにシロの布団に陽菜がもぞもぞと入り込んできた。

「まさかシロちゃんがあんな大胆な事するなんて。私ちょっと見直したよ」

「だ……大胆な事?」

「そうそう。あんな攻撃的なシロ初めて見たよ」

 結も反対側から潜り込んでくる……何かどんどん私の布団が侵略されている……。

「まさかクロちゃんを押し倒すなんて」

「おっ……! 押し倒してなんか……!」

 夕方の出来事がみるみる思い出されてくる。今考えても恥ずかしい……!

「あれぇ~~~? シロちゃん恥ずかしがってる?」

「かわいいな~~~シロは」

「もっ! もう! やめてよ!」

「ええい、このこのぉ」

 ぷにぷにと陽菜は左頬をつつく。

「うわ、シロちゃんのほっぺた柔らか~い」

「ええ? ……ほんとだ柔らか~い」

 右からは結まで。

「つんつんつんつんつんつんつんつん」

「つんつんつんつんつんつんつんつん」

「あ~~~~~もうっ! やめてってば!」

「……で、正直な話、クロちゃんとどこまでいったの?」

 陽菜は攻撃をやめ、真面目な口調になる。

「え? 何の事?」

「だから、もうキスとかしちゃったの?」

「ドキンチョ! キ……キス……!? ……ってあの、口と口をくっつける奴!?」

「じゃあ手くらいは繋いだんでしょ」

「手を繋ぐ……? いやしてないけど……ってふたりとも、何でそんな事聞いてくるの? 私そんな事」

「言わなくてもわかる」

「うんわかる」

「……」

 やっぱり私、わかりやすいのかな……。

「……もしかしてまだ、付き合ってないの?」

「付き合う? 付き合うって?」

「だからあ、告白してないの?」

「こっ……! こくっ! はくっ!」

 シロの声は裏返った。

「何だこいつ超かわいいなあ我が家に一台欲しいわ」

「その様子だとまだみたいだね」

「う……はうう……」

「う~ん、夕方の雰囲気見てたらなかなかいい感じだったけどなあ。ね、結ちゃん?」

 陽菜がシロをまたいで結に尋ねる。

「まあね。お似合いだとは思うけど」

「告白したら簡単にオッケーもらっちゃうんじゃないのかなあ。シロちゃんに言われて断る馬鹿野郎はいないよ。いたら私がぼっこぼこにしてあげるよ。何なら私が飼いたいぐらいだもん」

「飼いたい……? ていうか、オッケーって、何が?」

「だってシロちゃん、クロちゃんと付き合いたいんでしょ?」

「……?」

「シロちゃん、クロちゃんの事好きなんでしょ?」

「う、うん……す、好き……」

 彼女は恥じらいながら答えた。

 ……そうか、私はとりあえず、クロにこの気持ちを伝えたかっただけだけど、その後は、伝えた後はどうなるかなんて考えてもなかった。もしかしたらその後は、私達、その、こ、恋人とかになっちゃうんだ……。

 薄暗闇の中、少女は頬を染めた。暗くてよかった。ふたりに見られなくて。

「何なら思い切って手でも繋いじゃえば?」

「手を……繋ぐ?」

「うん。さりげなくボディータッチをしてクロちゃんをドキドキさせちゃえ」

「……体に触られるとドキドキするのかな。わ、私ならともかく……」

「シロちゃんに触られてドキドキしない男子なんていないって」

「そうかなあ……そうしたらその……つ、伝わりやすくなる……?」

「なる可能性高し!」

 陽菜は顔の前で人差し指を立てた。

「そうだよシロ。何ならそのまま掴んだ腕を胸とかお尻とかに持っていけば男子なんて楽勝よ」

「むっ……胸とかお尻……!?」

 ぺたりと自分の胸に手を当てる……まだ平らだ。

「ごめんそこはツッコんで」

「私応援してるよ。友達としてね」

 陽菜が力強く言った。

「私もだよ」

 結も続く。

「陽菜……結……」

 左、右とふたりの友人の顔をシロは順に見た。薄暗くて見えづらいが、励ましている様に見えた。

「ありがとう……私、頑張る」

 手を繋ぐ……か。でもそれって恋人がやる様な事じゃ……順序が逆の様な気もするけど、頑張ってみようかな。それから……!

「む……胸も……もっと……」

「そこはそこまで頑張んなくていいから」

「……ふふ~、ふふふふ~」

 陽菜が急に抱き付く。

「なっ……何?」

「いやあ~~~ほんっっっっっっっとかわいいなあ~~~シロちゃんは。友達として自慢だよ」

 ほっぺたとほっぺたをすりすり。

「ちょっ……何なの急に」

「あ、ずるいぞ陽菜、私も~」

 背中からは結が。ふたりに左右から腕を掴まれ、シロは強制的に仰向けにさせられた。

「すりすりすりすりすりすりすりすり」

「すりすりすりすりすりすりすりすり」

「あう~~~~~~~~~~~……」


 夜はさらに深まり、シロが目を覚ました時は両隣ですうすうと寝息を立て陽菜も結も眠りに落ちていた。結局三人でひとつの布団で寝てしまった様だ。

「……」

 彼女の体は今とても温かくなっている。いつもは寝苦しいぐらいに暑い夜なのに、今日はこんなにも温かい。 

 ああ、楽しいな。こんなにいい友達に巡り会えて、私、本当に境界ここに来てよかった。

 ふたりともぐっすり眠っている。昼間の海で遊び疲れたのだろう。

 ……でも、私は……私達は、いずれはこの世界を……。

 ふたりを起こさぬ様にシロは起き上がった。もう少しこの心地よい気分に浸っていたい。恋に、友達に……。侵略の事なんて忘れて、今はただ、この温もりを感じていたい。

 何となく彼女は外へ出たくなり、海まで下りて行った。部屋を出る時に時計を見ると午前二時過ぎだった。こんな時刻に外へ出るのは初めてだ。

 真夜中の海は、昼とも夕方とも違った顔をしていた。そばの道路には車は全く通らない。波の音だけが聞こえてくる。水平線もはっきりとは見えない。夜風に乗って潮のにおいが流れてくる。

「ああ、この胸を、伝わるものは、何?」

 知らず知らずの内に、彼女は「気持ちが伝わる5秒前」を口ずさんでいた。


「……あ~……」

 明るい部屋でクロは目覚めた。携帯ゲーム機の電源は入れっぱなし。目の前では薫が同じくゲーム機を持ったまま座って眠り込んでいた。

「……寝落ちした……」

 画面を見ると「CONTINUE?」の文字が。プレイの途中で寝たため敵に負けてしまったのだ。

「……」

 何とも寝覚めが悪い。電源を切ると薫を起こす。

「おい薫、起きろ」

 ゆさゆさと体を揺らすと彼はゆっくりと顔を上げた。

「ん……?」

「起こして何だが、寝るぞ」

「え……? あ……」

 彼も状況に気付いたらしい。すぐに電源を切り立ち上がった。

「……寝ちゃってたんだね……」

「今何時だ? ……2時か……まだ結構寝られるぞ」

 すると薫は布団へは向かわずに窓の方へと向かった。

「何やってんだ?」

「いや、何となく外見ようと思って……ん?」

 外を見た彼の声色が変わった。

「……どうした?」

「……あれ、シエルさんだよね」

「は?」

 クロも外を見る。砂浜に誰かがぽつんと立っている。よくわからないが、確かにシロの様に見える。

「……あいつ何やってんだ?」

「こんな夜中に危ないよね?」

「いや……あいつに限っては大丈夫だろうが」

「?」

「まあいいや。行くぞ」

「え? 下りるの?」


「シロ!」

 海まで下りると少女はまだひとり佇んでいた。声をかけるとこちらに振り返る。やはりシロだ。

「何やってんだよこんな時間に」

「あ、クロ……に薫君……何となく、外出たくなって」

「深夜徘徊は危ないよ?」

 薫が心配そうに話す。

「あ……そうだね。でも、何か凄い落ち着くよ、ここ」

 ふたりもシロのそばまで歩く。海水が足元まで届くか届かないか、ぎりぎりの辺りだ。

「……ほんとだ。何か落ち着く」

 薫が言った。クロは空を見上げる。幾多の星々が輝きを放っている。星……か。

「終わっちゃうね、夏休み」

 シロが寂しそうな声を出した。

「また来年も来ればいいさ」

「また誘ってくれるの?」

 薫がクロに尋ねる。

「当たり前だろ? またこのメンバーで来ようぜ。ギルバートは……どうでもいいや」

「あはは……」

 ざざあ、と海水が揺れる。

「夏が終わるな」

「うん。終わるね」

「うん。終わっちゃう」

 この時感傷に浸る三人は気が付かなかったのだ。シロの背後に不気味な影が立っていた事に。

「ひゃっ!」

 突如彼女は悲鳴を上げた。

 声に驚きクロは振り向くと、謎の男がシロを捕まえていた。

「! 何だお前!」

「ヴェイド!」

 男の声と共に砂埃が上がり、彼とシロの姿が見えなくなった。

「シ、シロ!」

 舞っていた砂が落ち着くと、彼女の姿は男と共に消えていた。

 そしてふたりの目の前には、先ほどとはまた別の男の姿。

「シロ!? どこだ!? シロ!?」

「悪いが君達には、しばらく眠っていてもらうよ」

「シロをどこに連れてった!?」

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