第34話 夏の日の4696
少女は流れる景色に魅入っていた。目に映る建物が、次から次へと動いていく。自分の飛行よりも速い。
「ず~っと外ばっかり見てるねシロちゃん」
隣に座っていた陽菜が声をかけてくる。彼女はこの感覚にもう慣れてしまっているのだろう。
「うん……その……乗った事なくて、電車……あ、その、あ、あんまりね!」
話している途中で自分がアメリカからやって来た設定だという事を思い出し、慌ててシロは付け足した。
「楽しみだね~」
「う、うん!」
王女はにこやかに返した。
時間は少しだけ遡る。
「大当たり~~~~~!」
ベルの
「おめでとうお嬢ちゃん! 特賞大当たり~! シーサイドホテルペア宿泊券、3枚だよ~!」
「……は、はあ……」
嬉しそうに言うおじさんの顔をシロはぽかんと見ていた。
商店街では夏の大抽選会が行われていた。期間中は買い上げ金額に応じて店から抽選券がもらえる。抽選券一枚につき一度だけ抽選器を回す事が出来るのだ。シロは抽選券を三枚持っていた。
一度目と二度目は残念賞のポケットティッシュであった。どうせ最後も同じでしょうとがらがらと抽選器を回すと、予想外の金色の玉がぽんと飛び出てきたのである。
宿泊券は一泊分。有効期間は今年度いっぱいだった。家に帰ってクロに相談したら、せっかくだからさっさと行っちまおうぜという事で残り僅かな夏休みを使って行く事にしたのである。それに海だし、夏に行かなくっちゃもったいない。
電車はしばらくトンネルの中を走っている。シロは窓の外にいるもうひとりの自分の顔を見つめていた。
自分でもわかるくらい、楽しそうな顔をしていた。みんなとお出かけ。夏休みの最後の思い出にふさわしい。
なんて事を考えていると、一瞬で黒から青へと視界の色が変わった。トンネルを抜けたのだ。そう、そこに広がるのは鮮やかな青。空の青。海の青。
「わ~~~~~~~~~!」
「お~~~~~~~~~!」
シロも陽菜も結も、揃って声を上げた。
「キレーだね~~~~~~~」
「うん。凄い」
「晴れてよかった~~~~」
一方、彼女らの後ろのボックスシートでは。
「……あ……あ……よしっ! いいよクロノ君」
「おう、俺を誰だと思ってる……あ、やべっ。薫、エリクサーくれ」
「え? 僕ももう少ないんだけど……」
クロと薫が携帯ゲーム機で遊んでいた。
「……男子は、何ていうか、こう……男子だね」
その様子を覗き込んでいた陽菜が言った。
ホテルにチェックインし、荷物を置くと早速一行は海へと足を運んだ。
「海だ~~~~~~~~!」
「元気だねえ、クロちゃん」
両手を上げて叫ぶクロに、陽菜が横から話しかける。
「いや、何となく叫んでみただけ……って、今何つった?」
彼は一旦言葉を終えた後に首をぐるりと回して聞き返した。
「元気だねえ」
「その次」
「クロちゃん」
「……クロ……ちゃん……?」
「ぷふっ」
薫が思わず吹き出す。
「……」
クロは少し黙った後、勢いよく言の葉を撃ち出した。
「ちゃんって何だよ!」
「え? シロちゃんのお友達だからクロちゃん」
「俺は男だ!」
「かわいいでしょ」
「だからかわいくてどうすんだよ! 話が噛み合ってねーよ!」
「かわいいね、クーロちゃん」
「……俺こいつ嫌いだ!」
彼女を指差しながらシロに言う。
「あはは……」
まんまと陽菜のペースに乗せられちゃってるなあ……。
今回の旅行に来たのは六人。シロにクロ。それからそれぞれの友人である陽菜と結に薫。そして……。
「……何でワイまで……」
ギルバートがねっとりとした声を出した。
「ま、まあまあギル。一応保護者として……ね?」
不満そうな顔をしている彼をシロはなだめる。
「保護者て……何から守るおっしゃるんですか。王女様の方がワイより100倍も1000倍も強いでしょうに」
「うっ……でも、私、ギルがいた方が安心するのは確かよ」
人数合わせもあるが、子供達だけで行くよりはひとりくらい大人がいた方がいいと思うのは事実である。強いと言っても、シロもクロも子供。それにまだ慣れない境界。いざとなった時、ギルバートには器用に事を運べそうな印象がある。行商の経験があるからだ。
「ああ、店は今日と明日と臨時休業……今月まで夏休みやから稼ぎ時やのに……」
「……わ、私貝殻とか好きだなー……女の子って、結構貝殻好きなんだよ(適当)。ほ、ほら、商品の素材がいっぱい転がってる訳だし、もしかしたら方法次第ではヒット商品が出るかも……」
「……」
「うまく加工してキーホルダーとかにしたら人気出なかったりしないかもよ……? ほらお店も南国風だし、海にまつわるオリジナル商品とかいいんじゃない?」
「……ワイ、ちょっくら一仕事してきます」
「い、行ってらっしゃい……!」
少しは機嫌を直してくれただろうか。大きな後ろ姿を彼女は静かに見送った。
「よし、行くぞ薫!」
「わっ!」
クロが薫の手を引き走り出す。
「……私達も行こっか」
「うん!」
女子三人も後に続いた。
「うわっ! 冷てー! 海冷てー!」
ばしゃばしゃと水に入り、クロの体は腰まで浸かった。
「僕、海なんてかなり久し振りだよ」
薫も入る。眼鏡の代わりに、額には度入りのゴーグルがかかっている。
「俺も久しぶりだな。確か最後に行ったのは……」
少年は思い出を振り返る。確か最後に行ったのは、四年くらい前だったか……家族全員と、それからフィリィの家族と一緒に行った記憶がある。
「ところで、ど、どどどうしようクロノ君……」
「ん? 何が?」
突然薫の声が上擦った。
「ぼ、僕、じょ、女子の水着とか見慣れてないから、そ、その……」
「……何だ、その事か」
「ク、クロノ君は平気なの?」
「……バ、バカヤロー! 俺だって正直緊張してるよ!」
これが思春期というものだ。
シロ達が彼らの近くまでやってきた。ふと水着姿の小悪魔に目をやる。
「……」
「……な、何……? おかしい……?」
彼女は少し恥じらう仕草を見せた。
「……な、何でもねー!」
少年はすぐに目をそらす。
この時クロは、こう思ったのだ。
かわいいな、こいつ。
これは、親が子に抱く類のものではなく、紛れもなく、少年が少女に抱く感情だった。この瞬間、ほんの少しの間だけ、彼の心の中の景色がぱっと開いた。
白い砂浜に灼熱の太陽。限りない青。
「あ~、なかなか来ねーなあ……」
男は座り込み、海の底を見つめる。竿はぴくりとも動かない。
「今日も向こうは賑やかだねえ……」
手持ち無沙汰に双眼鏡で海水浴場を眺める。
「お~お~いるいる……! 今の間に拝んどかねえと……!」
好みの女性に目を付けてはその所作を追う。獲物を待っている間の密かな楽しみだ。
「……ん?」
右へ左へ目を動かしていると、ある少女を見付けた。
「……あ……あれって……!」
彼は立ち上がり、駆け出した。
「あ、兄貴ぃ! 兄貴ぃ!」
俺の思い違いじゃなければ、あの女の子は……!
王女様!
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