第33話 束の間の帰省(皇子編)

 特別警務隊「イージス」。テロ事件や重大犯罪、災害時などに活躍する神直結の機関。その本部はその特性上神宮殿から程近い場所にある。

 イージス本部の資料館にはこれまで天界で起こった膨大な数の事件、事故、災害等資料が収められている。その内のほとんどはデジタル化されネットワーク上で閲覧が可能なのだが、機密が絡んでいたりする様な事例は上層部の判断によりアップロードされない場合もある。つまりこの場所で直接的にしか見る事の出来ない情報もあるのだ。

 少年はそこにいた。この帰省を利用してある事件について調べようと考えていたのだ。

「んー……っかしいなー。この辺りのはずなんだけど」

 しかし、先ほどから五分ほど特定の棚を探しているがなかなか見付ける事が出来ずにいた。間違ったかな。もっかい調べ直すか? そう思った時懐かしい声が彼の名を呼んだ。

「クロ? 何やってんだ」

 慌てて振り返った先にいたのは、金髪の青年。イージスの制服を着ている。彼がよく知っている人物……。

「リオ兄!」

 クロは久し振りの再会に歓喜の声を出した。

「よっ! 帰って来てるってのはほんとだったんだな」

「まあね。ちょっとだけだけど」

 青年の名はライオネス。フィリィの兄で、ベルと同い年の幼馴染である。クロも幼い頃から仲良くしてもらっており、親しみを込めて彼の事をリオ兄と呼んでいる。

「帰って来たら皇子様が戻って来てるとかで噂になってたからよー。しかもうちの資料館に足を運んだとか聞いて……どうしてまたこんな所に」

「帰って来てって……リオ兄どっか行ってたの?」

「仕事でな。ちょっとしたボディーガードだ」

「そりゃーお疲れ様」

「ま、おかげでしばらく休みがもらえたからいいけどな」

 ぽりぽりとライオネスは頭を掻く。

「休みなのに職場来てんの?」

「報告書を出しにな」

「なるほど。大変だねー公務員は」

「あーあ、俺も下界に遊びに行きてーよ、ったく」

「別に俺は遊びに……」

 いや、結構遊んでるわ、と思い返してクロは口を閉じた。

「で? 何の資料を探してるんだよ」

「え? まあ……ちょっとした事件をね」

 どきりとして答える。

「事件? 何の?」

「あー、まあ……」

 少し考えた後、彼は内容を教える事にした。余計な事は言わなきゃいいか。

「7年前、危機管理局の職員が殺された事件……なんだけど」

「危機管理局員の殺害ぃ……? 何でまたそんなの」

 ライオネスは不審に思っている。そりゃそうだよな。

「えっ!? いや、ちょっと気になって」

「どこで聞いて?」

「ええっと……エリー……? いやフィリィ……だったかなあ……? と、とにかく何となく気になってさ!」

 適当にごまかすクロ。

「ふーん……」

 彼は腑に落ちない様子だ。無理も無いか。

「でも見付かんなくってさー。この辺りだと思うんだけど」

「7年前っつったら確かにここら辺だな……」

 すると彼は資料を探し始めてくれた。ここの資料は年代順、日付け順に収められているため、クロが目星を付けた場所は間違っていないはずだ。

「……お! これじゃねーか?」

「え?」

 案外早く見付けてくれたものだからクロは驚いた。

「危機管理局員殺害……だよな? ほれ」

 ライオネスは資料を差し出す。資料……といってもたった二枚の紙だ。

「薄いから見付かりづらかったんだな」

 クロは書類に目を通す。事件名は「危機管理局対界課悪魔対策室長レドナー氏一家強盗殺人事件」。続けて詳細を読み始めた。

 内容をまとめるとこうだ。危機管理局対界課悪魔対策室室長ガーフィール・レドナー氏宅に強盗が押し入り、レドナー氏含む一家を殺害。ただし長女のソフィアのみ行方不明。夜の犯行だった事もあり目撃者も少なく、犯人は特定出来ていない。

 つまり未解決の事件という訳だ。

「……ねえリオ兄、この悪魔対策室室長って、『門』を管理する人?」

「ん? ……確かそうだったはずだ。魔界直通の次元の穴だよな? それの管理を担当してるはずだが……俺もそこまで関わった事は無いからなあ」

 おそらくこれだ。クロの頭の中で二つの点が一本の線で繋がった。あの時聞いた話とも、詳細は分からないため一致するとは言い難いが矛盾はしない。この行方不明になった長女というのがおそらくフェイスだ。

「……これだけか……」

「詳細は不明みたいだからな。情報が無けりゃーそりゃーそうなるわな」

「ありがとうリオ兄」

 彼は資料をライオネスに返した。

「お? おう。用は済んだか?」

「うん」

「そういやお前、こないだフィリィと会ったんだってな」

「うん。あいつ境界に来やがってさ」

「はは。どうだ? あいつ、元気してたか?」

「相変わらずね」

「そうか、ならいいんだ」

「……たまには会いに行けば?」

「……そうだな」

 ライオネスはイージスの中でも成績が良く、上からの期待も厚い。そのため仕事に追われている。一方妹のフィリィは超売れっ子アイドル。一緒に暮らしていない事もあり、お互いなかなか会う機会が無いのだ。

 資料館を出た後クロはライオネスと別れた。

 あの日フェイスの口から彼女の生い立ちを聞いてから、彼は頭のどこかでその事がずっと引っかかっていた。これで一応は解消したが、大した収穫は無かったな……。


「……」

 エリーは真剣な表情でカードを取った。書かれているのは「2」……。

「やったぁ! 上がりです!」

 彼女は手札を全てテーブルに置いた。

「わーい! また私の勝ちですね!」

「……あのなあ、エリー……」

「はい?」

「ふたりでババ抜きして何が楽しいんだよお前はッ!」

 ベルもカードをテーブルに叩き付ける。

「えぇっ! 楽しいじゃないですか!」

「ちっとも! 金を賭けるんならまだしも!」

「もう! いけないんですよー、神様が博打なんてしちゃ」

「うるさい! 神だって遊びたい! 合コンにだって行きたい! 素敵な男と出くわしたい!」

 彼女達はベルのプライベート・ルームでトランプをしていた。存外、神は暇なのであった。

「わかりました。じゃあ次は大富豪しましょう。それともダウト?」

「どれも3人以上で楽しむ系じゃねーか! お前もっとレパートリー増やせ!」

 ベルは力の限りシャウトした。油断しているとすぐにこの娘のペースに乗せられる。

「大体お前、クロの相手はどうした? 帰って来るって聞いた時お前あんなにあいつと遊ぶだとか言ってたじゃないか」

「……うぅ~~~~~~」

 その事に触れられたくなかったのか、エリーはばたっとテーブルに伏せた。

「それが……坊ちゃま、今日はお出かけするとか言ってたので私も付いて行くって言ったんですけど、来るなって……」

 確かに、四六時中この娘に付き合うのも疲れるな、とベルは納得した。我が愚弟ながら少しくらいは同情もする。

「はあ……私の愛情が足りないんでしょうか……」

 その時来客を告げるインターホンが鳴った。

〈神様、ご来客なのですが〉

「来客? ……誰だ。アポも取らずに」

〈ライオネス様でございます〉

「ライオネス? ……あいつ……何でまた……わかった、すぐに行く」

 彼女は部屋から出る支度を始めた。

「エリー、お前はここで待ってろ」

「ええ? ライオネスさんですよね? 私がいちゃまずい話でもするんですか?」

「いや、お前の身の安全を考えてだ」

「?」

 彼は女性に節操が無い。エリーの姿を見る度にあれこれ絡んでくるのである。彼女はその性格ゆえ、何とも思っていない様だが。傍から見ていると不安でしょうがない。

 エリーをひとり部屋に残しベルは客人に会いに行った。


「急に何だ。私は忙しいんだが」

 もちろん嘘である。

「忙しい奴がプライベート・ルームに籠るかよ」

 図星をつかれた。鋭い。いや、誰でもわかるか。

「気が向いたから来ただけよ」

「……何だいきなり。気持ち悪いな」

「いや、さっきクロに会ったからよ。ふらっと寄ってみただけ」

「クロに? どこで?」

イージス本部うちの資料館」

「イージスの? 何でまたそんな所に」

「事件資料を見たがっててよー。探してやった」

「事件資料……? それであいつは?」

「ああ。墓参りに行くんだと」

「墓参り? ……こんな時期にか」

「気紛れだとか言ってたな。何でも、日本向こうではこの季節に行くんだと」

「気紛れ、ねえ……そうか……あいつが自分から……」

「……そういやお前、妙な噂が流れてんの知ってっか?」

「……妙な噂……?」


 クロは陵墓地にいた。ここにはヴォルトシュタイン一族の人々の魂が眠っている。彼は父のみささぎの前で静かに目を閉じていた。

「……」

 三年前のあの日、彼の父も母もある事故に巻き込まれて死んだ。

 続けて母の墓前に行き、全ての参拝を終えると出口に向かった。陵墓地の出入口には二体の銅像が建っている。一体は初代神の像。勇壮な佇まいでどこか彼方を見据えている。そしてその隣に建っているのは、小さな子供の像だ。

「……ルルゥ・ヴォルトシュタイン……悲劇の皇子、か……」

 わずか八才の時に悪魔に殺されてしまった皇子。百年戦争を終末へと加速させる原因となった人物。

 ほんとに妙な話だ。1000年前は殺し合っていた天使と悪魔おれたちが、一緒に暮らしてるなんてな……遠き過去に思いを馳せつつ、少年は鎮魂の地を後にした。


「……下らんな」

 ライオネスから噂とやらを聞いて、ベルは鼻で笑った。

「だよな。ま、よくあるオカルトだな」

「……お前その噂、クロには言ったのか?」

「いや? 言える訳ねーじゃん」

「そうか……」

「……」

 共に無言になったので、ベルはそろそろ切り上げようと部屋に戻り始めた。

「他に特に話は無いんだろ? だったらさっさと帰れ。私は今暇で忙しいんだ」

「……なあ、お前はあそこ・・・で何の研究が行われてたのか知ってるんだよな?」

 ところが彼の話はまだ続き、しかもそれが思いもよらぬ話題だったので彼女はつい足を止める。

「……ああ、知っているよ」

「……」

「……まさか」

 女神は振り返った。

「お前、知っているのか?」

「まさか」

 彼は否定する。

「そんなの知る訳ねーだろ。大体Sランクの超重要機密事項だろ? 下っ端の俺なんか知るだけで犯罪じゃねーか」

「……ならいい。帰れ」

「ほいほい。久し振りに顔拝めて嬉しかったぜ、女神様」

 彼女は何も返さなかった。


「坊ちゃま~~~~~~~!」

 クロが家に帰るなりエリーは抱き付いてきた。こんな真夏に暑っ苦しい。

「だあっ! もうっ! 何だよお前!」

「エリザベスめは寂しかったんですよ~~~~! 坊ちゃまが相手してくれなくって」

「何で俺がお前の世話をするんだよ……」

「今日は一緒にお風呂入りましょう!」

「嫌だ!」

「だったら一緒におふとんに……!」

「ああっ! もうっ! いつまでも子供扱いすんじゃねーよ!」

 このやり取りは昨日もやった。

 そして、クロが滞在している間毎晩続いた。


 その後、束の間の帰省を終えて境界に戻って来たふたりの物語は、少しだけ動き始める。

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