第20話 閉ざした言葉
シロとクロは今日も並んで登校していた。平日はもちろん毎日学校である。通い始めて数日経つがクロは未だに早起きに慣れずにいた。
昇降口でシロと一旦別れると、彼は靴箱の前にまた薫を見つけた。
「よっ、おはよー」
薫はびくりと返事をする。
「あっ、クロノ君! おはよう」
「……何そんなに驚いてんだ?」
「え? いや、何でもないよ。急に声をかけられてびっくりしただけ」
そう言った彼はくしゃくしゃに丸められた紙を四、五個抱えていた。
「? 何だそれ」
クロは不思議そうな目でその紙を見た。
「え? ああ、ゴミ」
「いや、見りゃわかるけど。何の紙?」
「そこに落ちてたから捨てようと思って」
薫の口から予想外の言葉が飛び出した。まさか誰かがその辺りに適当に捨てたゴミを進んで拾うような者がいるとは。
「はっ、偉いなお前」
彼は感心した声を出した。こいつ、掃除を楽しめるタイプだな。
シロの方を見ると彼女もたまたま出会ったクラスメイトと談笑をしていたため、彼女を待たずに薫と一緒に教室に向かう事にした。教室に入ると薫はすぐに手に持っていた紙をゴミ箱に捨てた。
「おう薫、朝からゴミ拾いか? 偉いな」
入口のすぐ側の机の上に郷田が座っていた。周りの机にはもちろんいつものふたりが同じように座っている。きっとこれらの机は彼らの席ではないのだろうが、そんな事はお構いなしだ。
「だよなー、偉いよなこいつ」
「……」
クロは呆れたような声を出すが薫は何も返さずに自分の席に向かった。その様子を彼らはにやにやと眺めていた。
「? 今日はやけに楽しそうだな、あいつら」
「……そうだね」
薫は席に着くとカバンから筆箱を取り出し机の中に入れようとするが、何かにつっかえたのか元に戻した。
ホーム・ルームが終わると皆はばたばたと動き出す。今日の一時間目は体育なのだ。
「俺達も急ごうぜ、薫」
「うん!」
ふたりは教室の後方にある各自の荷物入れから体操服を引っ張り出した。
「あっ!」
薫が甲高い声を出す。その調子からクロには只事ではない事が感じ取れた。
「どうした?」
「……」
彼の体操服を入れたバッグが赤く汚れていた。不自然に色が付いている。
「…………!」
事の異常さにクロも気付く。薫の手からバッグを奪い中身を広げた。
「……何だよこれ……!」
体操服はスプレーで真っ赤に染められ、ひどく汚されていた。これを薫が自分でやった事ではない事くらい彼にはすぐにわかった。
「……!」
薫は変わり果てた自分の体操服を見て震えていた。
そして、クロはついに気に留めていた事に目を向けた。
ずかずかと薫の前を過ぎ、彼の机の中を覗き込む。
「ク、クロノ君!」
「……」
そこには大量の丸められたプリントが入っていた。いや、
「……さっきお前が拾ったって言った
「ち、違うよ! あれは本当に拾って……」
薫は慌てて否定した。だがクロは構わずに話し続ける。
「こないだ落とし物したって言って一回靴箱を離れたのも、俺に気付かれたくなかったからだろ。この間も入ってたんだろ」
「ち、ちが……」
「もしかして、体操服忘れた時もほんとは忘れてなかったんじゃねーか? 持ってきたはずなのになかったんじゃねーか」
「ち……」
薫の口数が徐々に減っていった。
「お前、ずっと嫌がらせ受けてきてたんだろ」
「……」
「何とか言えよ、薫!」
「……………………………………………………うん」
長い沈黙の後、ようやく薫の口から真実が告げられた。溜め息以外にも何かが吐き出されたようにクロは感じた。
「……
「……多分」
「わかってんだろ? だったら何で何も言わねーんだ?」
「……言える訳ないじゃないか。茜君強いし、怒らせたら絶対勝てっこないし……それに、茜君がやったっていう証拠は何もないし」
「でもお前の中ではあいつがやった事になってるんだろ。言い訳はやめろよ」
「言い訳……? 何の?」
「お前自身へのだよ。一言がつっと言ってやれよ! 違ってたら後から謝ればいいだけだろ。悔しくないのかよ!」
「……別に……」
薫は微笑した。
「! ……別に……? ほんとか? ほんとにそう思ってんのか?」
「うん……」
静かに答える。クロは自分の心の中で潮がさーっと引いていくのを感じた。少しばかり体が熱くなっていたが徐々に平静に戻っていく。
「……なら……なら、それでいいよ……お前が何とも思わないんだったらそれでいい……俺がどうこう言う問題じゃねーからな」
「……」
「薫、お前は保健室でも行って上手い事休ませてもらってろ。先生には俺が何とか言っとくよ」
「……うん、わかった。ありがとう」
「気にすんな、友達だろ?」
「……友達……」
彼はぽつりと復唱した。
「ただな薫、俺はあいつに何もしねーぞ。お前がそれでいいんなら俺もそれでいいからな」
そう言い残してクロは教室を出て行った。
それから日が経ち事態は動いた。ただし、決して良い方向にではないが。
「……何だこれ」
クロは目を丸くして自分の机を見つめていた。今さっき登校してくるとそこには落書きがされていたのだ。外人、だとか白髪、だとか書かれている。
「白髪じゃねえ! 銀髪だ! 地毛だからしょうがねーだろ!」
と落書きにツッコむ。
「……僕のせいだ」
「え?」
一緒にいた薫が小さく声を漏らした。
「多分、僕と仲良くしてるから……」
「俺がお前と仲良くしてるから? ……じゃあこれも郷田がやったっていうのか?」
クロは落ち着いて考えた。
「……いや待て。まだあいつがやったとは限らん。全くの別問題かもしれん。とりあえず誰がこれをやったのかを突き止める」
「突き止めるって、どうやって?」
「決まってんだろ、片っ端から聞いてくんだよ。なあ……」
彼は早速側にいた女子から尋ねていった。
その後その場にいたクラスメイト全員に聞いて回ったが、結局誰が犯人なのかはわからず終いだった。そこに郷田がやってくる。
「お、どうした転校生。何イラついてんだよ」
何も知らない様子でわざとらしく聞いてきた。ようにクロには見えた。いかんいかん、先入観は取り除け。
「……いや、なーんか誰かが俺の机に落書きしやがってよー。お前、誰がやったか知らねーか?」
「ああ、知ってるぜ」
「え? マジ?」
郷田の口から意外な言葉が返ってきた。てっきりしらばっくれると思ってたのに……っていや、こいつが犯人とは限らないんだっつーの。
「
「え! あ、え!?」
彼らから少し離れた場所にいた男子生徒が驚いた声を出す。その生徒には先ほどクロが尋ねていた。しかしその際彼は知らないと言っていた。
「何!? お前だったのか!? ……でもお前さっき知らねーって言ったよな?」
クロは頭を整理する。って事は嘘をついたって事か?
「い、いやそれは……ていうか、俺は……」
「やったのか? やってないのか?」
つい凄んでしまう。
「や、やや……やったけど、でもそれは……」
言い終えない内にクロの拳が彼の顔面を突いた。
「あぶっ!?」
「よしこれで許してやる。わかったらとっとと消せ」
「は、はい……!」
「お前、意外と鬼畜だな」
ふたりのやりとりを傍から見ていた郷田がさらりとツッコんだ。
「だから言っただろ? 薫と仲良くしたって何も楽しくねえってよ」
声の調子を戻して意味深な言葉を残した後、彼は他のふたりと共に教室を去っていった。
「……クロノ君、今のは酷いよ。いきなり殴るなんて」
薫が横に出てきて言った。
「うるせー。制裁を加えただけだ」
クロは悪びれた様子など全くない。
「でもきっと加藤君はやりたくてやった訳じゃないよ。別に君の机に落書きをする理由なんてないし」
「そう言われてみるとそうだな」
クロは再び少し考えてみる。
「……でもあいつ、自分でやったって言ったぞ」
「それは、多分……茜君に命令されたんだよ。本人の前だったからその事を言いたくても言えなかったんだと思う」
「何で? それならそうと言えばいいじゃん」
「だから、茜君がいたから言えなかったんだってば。みんな怖がってるんだよ、彼の事」
「怖がってるねえ……あの場でそれを言ったら後から何されるかわかんなかった、って事か」
「そういう事だと思う」
「ク、クロノ君、いえ、クロノさん」
消し終わったのか、加藤が震えた声をかけてきた。
「け、消しました……」
「おう、サンキュ……って、別に謝る事でもねーか。お前、あいつに言われたならそう言ってくれればよかったのに」
「いや、それは、まあ……」
「クラスメイトだから今のでもうチャラな。これからもよろしくな、加藤」
「あ、うん……」
ばんばんと加藤の肩を叩き、クロは自分の席に戻った。うん、確かに綺麗に消されてる。消しカスがちょっと残ってるけどまあ許してやるか。
「……みんな僕となるべく喋らないようにしてるんだ。君みたいな目に遭いたくないから」
薫も自分の席に着くと平然とした口調で言った。
「……あのさ薫」
「何?」
クロは薫の目を見る。
「お前これ、いじめられてるよな?」
「……うん」
彼はこくりと頷く。
「ほんとに何とも思わないのか?」
「……しょうがないよ。これは神様が与えた試練だと考えれば」
「神様の試練? ……何で神がお前みたいな人間なんかに試練与えねーといけねーんだよ」
「…………わかっただろ? 僕はこういう人間なんだよ。強い人に立ち向かう勇気もない。ただ
「……」
「だから、これ以上巻き込まれたくなかったらクロノ君ももうこんな僕なんかと付き合うのはやめた方がいいよ」
「……わかった。じゃあそんなお前と付き合うのはもうやめるわ」
「……うん」
薫の声色が少しだけ悲しそうになった。
……
それから、郷田の奴、一発ぶん殴っとかねーと。
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