3-1
一日空けた、二日後。
引っ越し、掃除を済ませただけで前日は終わってしまった。
「えっと、つまり、ススキノには大きなグループが四つあるってことですね」
「そうじゃそうじゃ。実験場とは言ってもこの場所も街であることには変わらんからの。人は一人では生きられんから、自然そのようなグループが生まれる」
現在午前十時。
イナバはパトロールという名の散歩に、おさかなはネットサーフィンと言う名のパトロールに勤しんでいる。
そして今アズサの目の前でススキノ事情を解説しているのは、金髪の女の子。ススキノ三大悲劇にして、ここススキノ駐在所に居ついているロリババアこと、アリスだ。
アズサとアリスは向かい合う形でソファに座り、テーブルにはチェス盤が置かれている。先ほどまでアリスが一人で並べていたのだが、今はアズサのために場所を開けてくれている。
「そこらを歩いている奴らに声をかけてみればわかるが、たいていの奴らがどこかしらのグループに所属しておるし、そのうち半分は四強のいずれかに所属しとる」
アリスの右手にはウサギのパペットが被せられている。そして左手をウサギの口に突っ込んだかと思うと、中から四つの人形を取り出した。
「それ、どうなってるんですか?」
「ん? ああ、はんぺんのことか?」
ウサギのパペットは「はんぺん」というらしい。
「ふふん、まあ、そのうち。気が向いたらの」
それっきりはんぺんについてアリスは語ろうとせず、四つの人形をチェス盤の四隅に置いた。
竜、鳥、亀、猫。それぞれ動物を模した可愛らしいぬいぐるみだ。それ自体はとても愛嬌があってアズサとしても好ましい限りなのだが、それは東西南北を支配する四神の代わりとしてはあまりに愛くるしすぎるのではなかろうか。
四つの人形の中心には、この盤の本来の住人であるチェスの駒――
「北東の柳、北西のゼニガメ、南東のきな粉、南西のハチヤ。……まあ、別にどこからどこまでと言う領土が決まっているわけもあるまいし、四強のパワーバランスもあるからの、正確な線引きはできんのじゃがな。大体じゃ、大体。実際、ハチヤのグループが巣喰っとる『蜂の巣』なんかは街とは言えぬ小さなグループじゃよ」
「なるほど。この駐在所はすすきの駅の南東……ということは、この辺りはきな粉さんの支配下、なんですか?」
「彼奴は『支配』などとは言わんじゃろうが、おおよそ間違ってはおらんよ。この駐在所はきな粉の街、『猫の目』の端じゃな」
アリスは左手で猫のぬいぐるみを掴みとった。
「その、襲ってきたりとかは……?」
「四強の中でという限りなら、きな粉はもっとも貴様らに友好的じゃろうよ。そもそも駐在所の魔統局員を襲っても彼奴らにメリットが無かろう」
「でもイナバさんは……」
街を歩くだけで数えきれないほど大勢に追いかけられたことは記憶に新しい。
「個々人から恨みを買っとるのはあやつの阿呆故じゃ。じゃが、『猫の目』という勢力が魔統局に喧嘩を売れば、ススキノの治安を乱すとして粛清の対象になるじゃろう。それはきな粉にとっても本意ではあるまい」
「なるほど」
「それに、じゃ」
アリスは左手のぬいぐるみを放り投げると――
右手のはんぺんがぬいぐるみを食いちぎった。
首と胴を真っ二つに食いちぎり、はんぺんは頭だけを飲み込んだ。
ぬいぐるみであったはずなのに、猫は真っ赤な液体を滴らせていた。
「ここには儂が居るからの」
アリスはまさにキメ顔だった。
「…………」
「…………」
アズサは無言で、アリスの頭を撫でた。
「なっ!?」
「アリスさんは偉いですね~」
アリスとしては、新米のアズサをちょっと脅かしつつ、自分の威厳示してやろうと思ったのだが、アズサはぬいぐるみから血が噴き出る演出など気にも留めなかった。それどころか自分にわざわざススキノのことを教えてくれている小さな女の子を褒めずにはいられなかった。
「こ、この無礼も――」
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