69 知彼知己、
華子との一件以外、テスト期間中は平和だ。
テストを受けたあと図書室で調べ物をしたり、校内の設備を見て回ったり。下校時間は早かったが、選挙に出馬すると分かっているので教師たちも大目に見てくれているぽいが。
あと目に見える変化といえば、朝の登校だ。
「柴田先輩、おはようございます」
葉桜の並ぶ校門までの坂道で、ちらほらと見知らぬ生徒から挨拶されるようになった。なんとなくだが、1年生が多い気がする。
「お、おはよう?」
ボッチコミュ障なので挙動不審なのはもうどうしようもない。
始めの頃は俺にもモテ期が来たかと錯覚したが、そんなものはなかった。
「選挙、頑張って下さい。応援しています」
「お、おう。その……ありがとな」
それ以上、大した会話があるわけではないのだが、水川
『あたしたち、柴田先輩に投票します』
『……へえ、そう。ならお前らのイケてる友達ネットワークを使って、ぜひとも宣伝してくれ。──清くない一票を、どうぞよろしく』
あんなおためごかし、信じちゃいなかったけど。
「よう」
ごつい手で背中をぶっ叩かれた。
吹き飛ばされるように俺はつんのめる。
「……あ。ども」
山崎は俺の顔を見て穏やかな笑みを浮かべると、仲間とともに俺を追い抜いていく。
「────山崎さんは、言ったとおり柴田さんの応援に回るようですね」
エレクトラが俺の横をてくてく歩きながら、スマホを眺めている。
おい、歩きスマホ……。
「空手部員だけでなく、周囲にずいぶんと宣伝活動をしてくれていますよ」
こちらも約束を守るつもりか。
どうもあいつらは俺ほど陰険ではないらしい。
あんなひどいイジメをやっていたくせに、まるで邪悪さの欠片もないのが俺には納得いかない。
俺なら嫌いな相手はどうであろうとずっと嫌いだ。表向きでヘラヘラ笑っても、心の中では恨みつらみをぶつけているだろう。
「柴田」
エレクトラとは反対の横を歩く男衾が、自分のスマホを俺に差し出してくる。
「お前と話したいそうだ」
「……おう」
俺がスマホを受け取って耳に当てると、
「おはようっ!!!! 吹奏楽部の大石よ!」
やたら声がでけえ。
しかも朝っぱらから超元気。
こちとら低血圧気味なのを気合で乗り切ってるっていうのに、有り余る肺活量を遺憾なく発揮されている。
「おはようございます。柴田獅子虎です」
「それ、本名なの? もしかして字も、ライオンタイガー?」
「え? ああ、そうっす」
「そうなんだっ!!! 私、ライガーとかタイゴン好きなんだよね! あとレオポンとかもっ! 勇ましくて、頼りがいありそうな名前ね!!!」
陽気に笑う声が聞こえる。
ライガーは、ライオンの父親とトラの母親を持つ異種交配の雑種。タイゴンはその逆。レオポンはヒョウとライオンだっけか。
「……ありがとうございます」
「それで話は聞いたんだけどさっ! うちとしてもすぐに『うん』と言えるものでもないってのは、わかってくれるよね?」
「それはもちろんです」
「だから直に会って話を聞いてみようって声が多くてね! 今日の放課後、部員にキミの考えを話してくれない?」
「え? 部員ですか?」
「そうそう!!! まだ選挙活動はマズいんでしょ? だからファミレスに集めさせるからっ!」
「わ、わかりました! あとで場所決めましょう。────ちなみに、部員は何人ですか?」
「127人っ!!!」
「……絶対、ファミレス無理ですよ。たとえ入れても、超迷惑っす」
「それもそうか! んー、どうしようかな……」
「公園でもいいですか? 暑いですけど、話聞いてもらうだけなんでそんな時間とらせませんよ」
「ああ、そうだねっ!!! それでいいよ!」
「じゃあ、適当な場所見つけて地図送りますんで」
「了解!!! よろしくね!!!」
とまあこんなわけで。
文化系を中心に水面下での活動も着々と進行している。
しかし120人の前でなに話そう……。
今のうちに原稿書いて読み上げるにしても、緊張で死にそうなんだが────それでも逃げるわけにはいかない。
吹奏楽部は部員数の多さだけでなく、文系部のなかで無視できない存在だからだ。楽器など活動に多くの部費がいるし、演奏の練習に場所の確保も必要だから、生徒会との関わりが大きい。
それでいて、コンクールというわかりやすくアピールできる実績があるにもかかわらず、予算不足で部員獲得がうまくいっていない。マーチングバンドもやっているので、ノリが体育会系に近くて練習も熱心だ。つまり不満が大きい。
人数で言えば他にも合唱部や弁論部、文芸部、演劇部、英語スピーチ研究会など、まだまだ票田を開拓できる部活動はたくさんある。選挙活動期間は一般生徒というか、全体に広く浅くやっていくつもりだから、いまのうちに手堅い支持組織を確保しておくのが狙いだ。
「華子さんは、体育会系の部長たちにアポイントメントをとっているようですよ」
エレクトラがハッキングしまくっているので、華子と眉村の動きも筒抜け。ゲームならチートだろうけど、現実世界なら俺は遠慮しない。
「眉村陣営の切り崩しか」
「意外と体育会系の結束はゆるいんですかねー? 話ぐらい聞いてみるかって様子ですけども」
「眉村はどうしてる?」
「とくになにもしていないようです。真面目に試験勉強をされているみたいですね」
まあ、体育会系が担ぎ上げたわけだし、裏切るなんて思ってないだろう。
華子も一般生徒の全体票で勝負しながら、めぼしい部活をつまみ食いしていくんだろうか。文化系にはあまり手を出していないようだ。
ここまでは俺の予想通り。そしてつけ入る隙でもある。
文系部より体育会系のほうが総人数は多いが、眉村と華子で食い合ってくれればそれぞれの確保票は割れる。どの程度の割合かにもよるが、うまく俺が文系部を囲い込めれば、部活関係の票で二人を上回ることも可能だ。
その差をアドバンテージにしながら、どれだけ一般生徒────つまり浮動票を獲得できるかが勝負になるだろう。
そこでその浮動票ってやつを見る場合、わかりやすいバロメータは「人気」とか「知名度」だ。
テスト期間前半の今現在、立候補者の
俺:580
華子:2000
眉村:1200
圧倒的差だ。このままだと、俺には勝ち目がないように見える。
しかし、たぶん華子と眉村の
華子は現役生徒会役員だし、朝の挨拶も含めて認知は十分にされているからだ。
眉村も部活動と女子人気を中心にしているので、認知度ではここが天井じゃないだろうか。選挙期間中に文化系や一般男子層にアピールしていけば増えるだろうが、あのナルシスイケメンにできるかどうか。
さらに言えば、
例えば、俺が投票者だった場合、眉村を知ってはいるが気に食わないので投票はしないからだ。つまり
俺がこれまで稼いでいたのは、言うまでもなくヘイトを稼ぐための消極的なものだ。悪目立ち。嫌われ者。憎まれ役────そこをひっくり返していかなくてはならないのだが、よく考えればそれは俺にとって利点かもしれない。
なにせ嫌われている根拠が、噂だとか悪評みたいな伝聞だからだ。直接彼らになにかをしたわけでもない。げんに水川苺香たちが動き出したら、こっちが面食らうぐらい無邪気に声をかけてくる生徒がいるのだ。
さらに生徒会長選挙とは、今後の学校生活をどうしていくかが主題なわけで、ぼやっとした人気者ってのとは軸が違う。現生徒会の流れを汲む華子や、サッカー部のエースで王子様キャラが固まってしまっている眉村より、純粋に政策でアピールできるんじゃないだろうか。
ようは芸能人やプロレスラーが立候補するみたいなもので、それまでのキャラの知名度を保ちつつ、別のリングで勝負するってことだ。
そのついでに、事件からの悪評をうやむやにしてしまう。都合のいいことに、同じ当事者だった山崎や水川苺香がこちらについているわけだしな。
投票される側────俺を含めた立候補者の戦力分析はそんな感じ。
つぎは投票する側────生徒たちを分析してみる。
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