-Phase.06- 大切な人を守ろう!
53 孤立世界
和が生徒会長選挙に立候補した?
いったい、どういうことだ。
俺は1年校舎へ急いで向かう。
すでに俺の顔は1年生でも有名だ。廊下を突き抜けていくと次々と生徒たちが振り返っていく。
クラスに着くとすぐ和と目が合った。
困惑の表情。
「生徒会長選挙って、どういうことだ?」
俺がクラスに入っていくと、ざわめきが広がる。
「私もなんのことだか……。生徒会長に聞こうと思っていたところです」
「今から行こう!」
「えっ……」
和を連れ出して急ぎ足で生徒会室に向かう。
「和さんの
横をついてくるエレクトラが硬い声で言う。
予鈴が鳴ったが、それどころじゃない。
「先輩、3年校舎じゃないんですか?」
そうだ。
いま鳴子たちが生徒会室にいるはずない。
俺たちは真逆にターンする。
「鳴子会長のクラス分かるか?」
「特進科です」
それならAかBだ。
俺は和と階段を駆け上がる。
「本当に分からないんだな?」
「なにも」
「じゃあ、なんで……」
3-Aのクラスに乗り込むと、すでにホームルームが始まっていた。
「おい、どこのクラスだ。自分の教室にもどれ!」
教師が俺たちを見咎める。
教室の中心に
「鳴子会長、お話があるんです」
和が言うと、わざとらしく鳴子が振り返った。
冷たい目で微笑すると、鳴子は立ち上がる。
「先生、すいません。少しだけよろしいですか」
教師の返答を確認するまでもなく立ち上がると、俺たちのいる後ろのドアへやってきた。
「……どうしたんだい?」
「生徒会長選挙のことですが、私は立候補していません」
「おや? そうなのか。じゃあ、手続きをするから昼休みに生徒会室に来てくれ」
「……わかりました」
それじゃ遅い。
和の立候補が間違いだと分かれば
まだ今なら情報が拡散する勢いに乗って上書きできる。ネットからリアルに話題が移行してしまったら、余計な尾鰭が付くかもしれない。
「会長、いまからじゃダメですか?」
「僕も今の時間はいち生徒だ。学業を疎かにする訳にはいかない。君たちもだ」
「先輩、いいですから……」
「大事なことなんですよ!」
「申し訳ないが、立候補の取り消しには本人の印鑑がいる。持ってきているかい?」
「……いえ」
「どちらにせよ手続きは明日になるな」
「じゃあ、放課後でも!」
「先輩、行きましょう!」
和が俺を引きずるようにして教室から離れる。
☆★☆★
「なんでこうなるんだよ!」
我慢できなくなって、俺は階段の踊り場で声を荒げた。
あと少しなのに。
いま400なら、明日までに和の
立候補を否定して和の
選挙戦までに間に合うか?
俺が追い抜く方法はあるか?
それともお供えパワーをもっと増やすほうが……。
「クソっ!」
俺はゴミ箱を蹴った。
和が驚いた顔をして、それから悲しそうな表情を浮かべる。
「……先輩、落ち着いてください」
「おかしいだろ! 本人の許可もなく立候補なんてどう考えたってありえないって!」
「もしかすると誰かがイタズラで推薦したのかもしれません」
「だから! なんでそれを勝手に受理するんだよ! わざとに決まってる!」
「取り消せばいいだけですし、私は気にしていませんよ?」
「なんで晒し者にされて、さらに和がその後始末をしなきゃいけないんだよ! 間違ってるって!」
「先輩。お願いですから大きな声を出さないでください」
「……っ! でも和……」
和は俺に怯えていた。
それは今まで俺に向けたことのない表情だった。
「私は大丈夫ですよ。こんなのどうってことありません」
このまま怒りに任せていると、俺は和に嫌われてしまうかも知れない。いや、もう嫌われてしまったかも……。
それは恐ろしかった。
心が通じ合ったと思った相手に失望され、軽蔑され、それを確かめることすらできなくなってしまう。もう二度と俺に笑顔をみせてくれることもない。心を閉ざして、他人の振りをして、やがて離れていく。か細い線は断たれ、二度と繋がることはない。
想像するだけでたまらなく辛い。
以前のボッチ状態より遥かに苦しいだろう。
「
まだ和とも出会う前、エレクトラがそんな事を言っていた。
……でも、俺の気持ちなんてどうでもいい。
もともと見返りだとか、和に好かれたくて始めたわけじゃない。このどうしようもないクソな世界でひどい目に遭っているこの子をなんとかしたいってだけのはずだ。
「先輩、教室に戻りましょう?」
「……やられっぱなしじゃダメだ。推薦したやつを調べて、どういうつもりか詰めないと」
「話は聞きたいですけど、荒っぽいのはやめましょう」
「いや、ダメだ! 甘い顔をするとまた同じことをする。あいつらは痛い目を見ないとわからない。あの事件があってから、ビクビクオドオドして寄ってこなくなっただろ。みんなバカなんだよ。あいつらは動物以下だ」
「先輩……」
「ここまできて。どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって……!」
「私も邪魔なんじゃないですか?」
「えっ?」
俺が驚く番だった。
和を顔を見る。
泣いているのかと思ったが、その深緑の瞳に涙はなかった。
「私のせいで、先輩はこんなに怒ってるんですよね」
「そりゃ怒ってるけど、和のせいじゃない! あいつらが……」
和が邪魔なんて思ったことは一度もない。神にでも悪魔にでも誓って言える。
全部全部あいつらのせいだ。悪意を持っているやつ。それを好奇心で眺めているやつ。他人事で無関心なやつ。利用しているやつ。この学校のすべての人間のせいだ。
「先輩、イジメってなぜ起こると思いますか?」
「……違うことを許さない。同じことを強要するクソなやつらが、クソのままなにもしないからだ」
「第三者から見れば、そうかもしれません」
「俺は第三者じゃない」
「私はずっと理解できなかったんです。べつに構ってくれなくてもいい。優しくしてくれなくてもいい。ただ、放っておいてくれればいいのに、なぜ?って」
「俺たちみたいなボッチはいいオモチャなんだろ。見下していたぶって面白がるための」
「でも、それならグループでやらなくてもいいじゃないですか」
「あいつらにとっては、それが共通の話題を提供するツールなんだって」
「共通の話題……。そうですね。そうやってグループの結束を確認しているのかも」
「生贄が要る結束なんてロクなもんじゃない。薄っぺらい。偽物だろ」
「彼ら、彼女らはそれを本物と信じています。グループの仲間を大切に思っていて、その関係を壊すようなことをひどく警戒するんです。流行りの音楽やファッション、好きな人の話題──そんな些細だけど自分を形作っている欠片がとても大切なんです。その欠片でみんなと繋がって世界ができているから。……脆いその欠片の集まりのなかで、違う色や形の欠片を持ってくる人は危険でしかない。合わない
「わざわざ手を出してこないで、受け容れなきゃいいだけだろ! こっちだって混ぜてほしいなんて思ってねえよ!」
「グループならできます。でもそれがクラスだったら? 学校だったら?」
「それで和が学校をやめるってのか?」
「──先輩。授業が再開したあの日、池で出会った女子生徒。本気で怒っていて悲しんでいましたよね」
「バカバカらしいけど、本人たちはそうだろうな」
「私はあんなふうに友達のことで怒ったり泣いたりしたことがありません。つい最近までは」
「……」
俺だって和に出会うまでは一度もない。
他の奴らのあんな友情ごっこを見るたび、冷めた目で見ていた。安っぽい偽物の自己陶酔だと。
でもそれが本物かどうかだなんて、誰が分かるんだろう。ずっと死ぬまでその関係が続けば本物なのか。疎遠になったら偽物なのか。劇的でドラマチックなら本物で、地味で平凡なら偽物なのだろうか。
俺たちはガキだから確認する方法が幼稚なだけで、もしかしてその気持ちは本当なのか。大人になれば、わかるのだろうか。
「トラ先輩のやりたいことって、なんですか?」
「……俺はこの下らない状況を終わらせたい」
「そのために邪魔なものは排除していくんですか?」
「あの女子生徒5人と生徒会、眉村は許さない」
「たくさん悲しむ人がいても?」
「あいつらが始めた。その報いは受けるべきだ」
「私──。兄や院先輩を見て、まるでマンガみたいだなって思ったことあるんです。自分からは遠い世界のように」
それは俺も思ってたよ。
こんなマンモス校の中心でみんなから一挙手一投足を注目されるなんて、まるでマンガだなって。
「マンガのなかって、完璧な世界ですよね。どんなトラブルがあっても予定調和で世界は統一される。主人公やヒロインが交代することもない」
「でも現実はそうじゃない」
「そうですね。互いに完璧な世界を持っていて共有はできない。あまりにも
「……和は、俺があいつらと同じって言いたいのか?」
「違う方法を考えませんか?」
「……でも。和は……」
和の
あれが心の奥底に眠る和の願望のはずだ。
いつか暴走して、前の事件よりもっとひどいことが起こる。それを防ぐために俺はこうやって準備をしてきたんだ。
──だがもし。
「ダメだ。俺はあいつらを許さない」
「私が嫌だと言ってもですか」
「……そうだ」
「……わかりました」
和はしゃがみこむと散らばったごみをゴミ箱に戻す。
「和、もう少しだけ我慢してくれ」
「……」
片づけ終わると和は俺のほうを見ずに階段を下りていく。俺は和がどんな顔をしているのかが怖くて動けなかった。
「あのとき……」
和は弱々しく呟いて、行ってしまった。
その日、和の
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