第100話 夢でお別れ、新たな出会い?


 「あれ? ここは……」


 シャルロットが目覚めると何故かそこは色とりどりの美しい花が咲き乱れる花畑であった。

 彼女はそこに横たわっていたのだ。


「何で僕はこんな所で眠っていたんだろう?」


 まだ意識が朦朧としているが頭を押さえながらその場から立ち上がる。

 花畑はどこまでも続いているのではないのかと錯覚する程広大で、その終わりがここからでは見渡せない。

 

「え~~と……あっ、そうだ!! みんなは!? あれからどうなったの!?」


 一気に意識が覚醒し記憶がさざ波の様に押し寄せる。

 

「ベガ!! エイハブ!! どこ!? サファイア!?」


 花畑を駆けながら皆の名を呼ぶが誰も返事をせず姿も見つからない。

 暫くは知ってからふと冷静になり立ち止まった。


「そもそもここはどこなんだろう? 僕はスキュラを倒した場所は砂浜だったはず……」


「ここはあなた様の夢の中ですじゃ……」


「えっ!?」


 先ほどまで誰もいなかったはずの花畑で声を掛けられ驚き、その声の方向を見る……するとそこにはある人物が立っていた。


「デネブ!?」


「お久しぶり……という程時間は経過していませんかな? 姫様」


 皺だらけの顔を綻ばせ優しい笑顔を湛えている。


「君は確か……」


「そうです、儂はもうこの世にはいないのです」


「やっぱり……ゴメン……ゴメンね……」


 デネブに縋り付き大粒の涙を流す。


「そうお気に病みますな、この老いぼれが最後に若者の役に立ったのなら何よりですじゃ……」


「でもこれじゃあ僕はベガとアルタイルに顔向けが出来ないよ……」


「大丈夫、あ奴らがあなた様を恨むなんてことはせん、もとより一度死に別れていた様なもの、いまさら儂が居なくなったところで悲しまないですじゃ……

 じゃからあなた様は堂々としておればよい」


「デネブ……」


 今一度強く身体を抱きしめる。

 期せずしてベガがエイハブに話した事柄と同じことを言うのがやはりデネブは彼の師であると再認識させる。

 無論本人たちにもはやそれを知る由は無い。


「姫様の身体の感触を愉しむのも悪くないんじゃが、儂がここに来たのは伝えたいことがあったからなんじゃ」


「あっ!! もう……またそういうこと言ってからかうんだから」


 そう言われてすぐさまデネブを押し退け離れるシャルロット……自らの身体を抱きしめる仕草をし顔を羞恥で赤らめていた。


「済まぬ済まぬ、これも性分でな、許してくだされ」


 デネブはワハハと笑った。


「それで伝えたい事って?」


「そうそう姫様、儂のローブから宝玉を手にしなさったじゃろう?」


「うん、せめて遺品をベガたちに渡したくて……」


「うむ、それを回収してもらえて助かった、こうして儂が姫様に接触できているのもその宝玉の力なのですからな」


「えっ!? どういう事!?」


「その宝玉は【絆のオーブ】……儂が【捨てられた世界】に居た時に生成したもので、持ち主と縁のあるものを引き寄せる性質がありますのじゃ」


 まさかそんな効力があるとはつゆ知らず、帰ったらベガに渡すつもりでいたのだ。


「本来は二つついで使うようになっていて、その持ち主同士でお互いの居場所を検知したり会話したりできる物なのじゃが、魂だけになった儂はその限りではない……そしてそれも天に召され消える直前の今だから可能なのじゃ」


「そんな!! 行かないでよデネブ!! もっといろいろな事を僕らに教えてよ!!」


「それは無理じゃよ……だからこそ最後に姫様にそれを伝えたくてこうして会いに来たのじゃから」


「うっ……」


 シャルロットは涙声になっていた。


「よいか、よく聞きなされ……この【絆のオーブ】のもう一つはグロリアが持っておる」


「えっ!?」


「【捨てられた世界】でグロリアがシェイドとやらに連れ去られる前に渡しておいた……元の世界に戻ったグロリアと儂らを【絆のオーブ】で繋ぎ、あちらへ引っ張ってもらおうと思ってな……じゃが、儂らは想定外の方法であそこから出られてしまったからのう……」


「まさか、それじゃあ……」


「うむ、これを使えば姫様方は元の世界へ戻れるやもしれん……試す暇がなくて確実とは言えないがね……じゃから絆のオーブあれは姫様が持っていてくだされ」


「そう……」


 シャルロットは浮かない表情を浮かべる……まさにこの並行世界から脱出する方法が提示されたにも関わらずだ。


「どうしたのじゃな? 嬉しくは無いのかな? もう少し反応があると思っていたのじゃが」


「ううん、そうじゃないよ、可能性が出来たのは喜ばしい事さ……でもグロリアはこんな僕と連絡を取ってくれるだろうか……」


「何を言いなさる?」


「君は知らないと思うから言うけれど、グロリアは僕らと一緒に冒険している時には既にシェイドと内通していた様なんだ……見つかるはずがない場所で敵に見つかったり、知り得ない情報を彼らが知っていたりね……そんな行動をとったのはきっとグロリアは情けない僕に愛想をつかしたんだと思う……幼い時からずっと一緒だったけど、どこかで彼女を深く傷つけていたのかもしれない」


 シャルロットの頬を一筋の涙が伝う。


「馬鹿な、グロリアは儂に言いましたぞ、姫様に対して取り返しのつかないことをしたと……あなた方は世界線が違っても、離れていてもこんなにも分かりあえているではないか? きっとグロリアにもやむにやまれぬ事情があった、そうは思わんかね?」


 シャルロットは返事をしない、デネブの助言が耳に入っていない様子だ。

 全て自分が悪いと思い込んでしまっている。


「今は決断できなくてもよい、心の整理が付いたなら必ずそれを使うんじゃよ?

 元の世界ではあなた様を待っている者が沢山いるのですからな」


 デネブの身体が徐々に透き通っていく。

 遂に彼の消える瞬間が訪れたのだ。


「デネブ!?」


「よもや肉体を失った事で出来ることもあるんだのう、まだまだ儂の知らない事もこの世界には多い……おっとそうじゃ、姫様の力になるかどうか分らんがある者に声を掛けておいた、儂の代わりに使ってやってくだされ、もし分からないことがあればその者に聞くと良い……」


「えっ!? それはどういう事!? 待ってデネブ!! 行かないで!!」


 デネブの身体が完全に透けると同時に天に昇っていく……それを追いかけるシャルロットであったが既に手は届かず、ただ茫然とそれを見送る事しか出来なかった。


「うわああああああっ……!!」


 勢いよく上体を起こし目覚めるシャルロット。

 そこはエターニア城内の病棟のベッドの上だった。


「シャルロット様!? おい、姫様が目を覚まされたぞ!! 国王様と王妃様にお知らせを!!」


「分かりました!!」


 慌ただしく走り回る医者と看護婦たち。

 しかしまたもシャルロットは状況が掴めていなかった。

 何故自分はエターニアに戻ってきているのか。

 背中からベッドに倒れ込みぼーっと天井を見つめる。


「さっきのデネブは……夢?」


 徐々に冷静になっていく頭で先ほどの事柄について思いを馳せる。

 あれはただの夢ではない、恐らく死後に彷徨うデネブの魂が【絆のオーブ】に引き寄せられ最後に自分に有益な情報を伝えていったのだと。

 

「失礼します、あなたこの指が何本に見えますか?」


 傍らい居る医者が右手の指を二本立てる。


「二本……」


「はい、ではご自分のお名前を言ってください」


「シャルロット……シャルロット・エターニア」


「はい、どうやら意識に問題はなさそうですね……何事もないようで安心しました」


「あのお医者様、私が持っていた虹色に光る宝玉を御存じありませんか?」


「宝玉……ですか?」


「そうです、とても大事なものなんです……失くしていないか心配で……」


 シャルロットは寝間着に着替えさせられていたので持ち物は当然ここにはない。


「少々お待ちを……」


 医者が看護婦にその旨を伝え、看護婦が別室にそれを探しに行ってくれた。

 両手で持っている木製のトレイに乗せられているのは紛れもないあの宝玉だ。

 

「デネブ……」


 シャルロットは宝玉を受け取りギュッと胸に抱きしめた。

 そうしているとどこからか振動が伝わって来る……そしてそれはどんどんと近づき大きくなってくるではないか。


「シャルロットーーーー!! 大丈夫かーーーー!?」


 慌ただしく部屋に駆け込んできたのはシャルル王であった。

 入って来るなりシャルロットの両肩をその太い腕で抱きしめてきた。


「うぉおおおおおんシャルロットーーーー!! 一時はどうなる事かと思ったぞーーーー!! 目覚めて本当に良かったーーーー!!」


 大声を上げ泣きじゃくる、しかしその腕には想像以上の力が込められており、抱きしめられているシャルロットにとっては堪ったものではない。


「お父様……痛いです……」


「おおっ!! 済まん済まん!!」


 慌ててシャルルはシャルロットから腕を離す。


「もう、あなたったら……取り乱し過ぎですよ」


「お母様……」


 次に部屋に入って来たのはエリザベートだ。


「おはようシャルロット、思っていたより顔色は良さそうね」


 エリザベートは優しく微笑む。


「ご心配をお掛けました」


「いいのよ、あなたが無事ならそれで……病み上がりで悪いのだけれど、あなたに紹介したい人が居るのよ」


「どなたですか?」


 エリザベートの背後には頭にフードを深く被った人物が立っていた。

 そして徐にフードをはぐっていく。


「初めまして姫様、私はエターニアの王宮に古くからお仕えしておりますデネブと申します、以後お見知りおきを」


「えっ!? デネブ!?」


 シャルロットは目を見張った……シニカルな笑みを浮かべる長い顎髭の老人、目の前に現れた人物は紛れもなくあの魔導士デネブであったのだから。

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