第61話 闇に染まる紅
「この指輪は私にこれをくれた人物と会話をする事が出来ます…
そして私が望めば、彼は私のもとへ瞬時に移動できるとも言っていました…
ただ、この『捨てられた世界』と元の世界の間でそれが出来るかはまだ分かりませんが…」
グロリアはデネブとイワンに指輪が嵌った左手を見せながらそう言った。
「なるほど……で、その人物とは?」
「シェイドという魔王復活を目論む者です…彼自身もそうですが、彼の部下にも強大な魔力を持った者が数人います」
「何だってあなたの様な女性がそんな人物と知り合いなのです?」
「それは……」
それをイワンに聞かれ口ごもるグロリア……だがやがてデネブが沈黙を破る。
「ワハハ……大したものだ!! 目的の為なら手段を選ばんお前さんには頭が下がる!!」
「どうも…」
しかしグロリアの表情は晴れない。
「どうしたね?」
「いえ、皆さんをここから脱出させる事には協力しますが、私はここに残りたい……いえ、私にはもう元の世界に戻る目的も資格も無いのですから…」
力無く俯き絶望に支配さえた表情のグロリア。
彼女にはもうシャルロットや兄ハインツ、虹色騎士団の仲間たちに合わせる顔が無いのだ。
「儂はお前さんが今迄どう生きてきたかは知らん、しかし何かの失敗や後悔を引きずって折角の好機を逃すのは良い選択とは思えぬな……」
「デネブさんは私がどれだけ酷い事をしでかしたか知らないからそんな事が言えるんです!! 私さえしっかりしていればシャル様は……!!」
「だからそんな事は知らんと言うておる!! 一時の感情で今よりも深い後悔をするかもしれないのだぞ!? それにその酷い事とやらで迷惑を掛けた者達の気持ちを考えた事があるか!? お前さんが居なくなったことで悲しみ傷ついている者が居ないとでも思っているのか!? 結局お前さんは自分の事しか考えておらん!!」
「デネブさん!! 言い過ぎですよ!!」
歯に衣着せぬ発言のデネブを慌てて押さえつけるイワン。
「うっ……」
グロリアにはデネブに反論する言葉が見つからなかった。
デネブの言う通り、自分の犯した失敗から目を背け、現実から逃げ出したかっただけなのではないか… グロリアの頬を涙が伝う。
「多少儂の憶測が入っていたが、あながち的外れではなかったようじゃな……」
「………」
「儂らは元の世界に戻る、お前さんも一緒に……それでよいな?」
「………はい」
涙を手で拭いながら返事をするグロリアを見て流石にバツが悪くなったのか、
デネブは懐からある物を取り出しグロリアの手の平に載せた。
それは飴玉程の大きさの玉虫色に光る不思議な宝石だった。
「これ……は?」
「綺麗な石じゃろう? こちらに来てから拾った珍しい石じゃ……恐らく更に別の世界から流れてきた物かもしれんな……
さっきは儂も言い過ぎた、これで機嫌を直してくれんかのう?」
「いえ、そんな……ありがとうございます」
グロリアの顔に僅かながら笑顔が戻り、やがて瞳には決意の色が灯る。
「では早速試してみようと思います……皆さんは私から少し離れてください」
デネブ、イワン、その他宴会に集まっていた人々がグロリアから距離を取り、彼女を見守っている。
そしてグロリアはおもむろに黒に指輪に口元を近づけていった。
「……シェイド……シェイド聞こえる?」
暫しの沈黙……やはり異世界間の通話は闇のアイテムを以てしても不可能だったのだろうか。
『……グロリア……か?……』
指輪から聞こえてきたのは魔術的に変質させた男の声……シェイドだ。
「シェイド!! 良かった……繋がった……」
グロリアは安堵の表情を見せる。
『君は……どこから話しかけて……いる? ……声が……聞こえ辛いんだが……』
どうやらこちらにシェイドの声が途切れ途切れに聞こえるのと同様に向こうにもグロリアの声が聞こえているのであろう。
シェイドも違和感を抱いている様だった。
「あなたに私を助けて欲しいの!! 今、私は奇妙な空間にはまり込んでいるようなんです!!」
『奇妙な……空間……? ちょっと待ってくれ……』
それっ切りシェイドの声が途切れた……微かだが遠くで話し声が聞こえる。
どうやら仲間の誰かと話をしているようなのだ。
『済まないグロリア……アークライトが言うには……今のままでは……君を助けられないらしい……現在、君の居る空間の座標が……特定できないのだそうだ……』
「そんな……」
せっかく絶望の中から一縷の望みを見出した所だったのに……結局は浅はかな思い付きだったのか。
『……話は最後まで聞いてもらいたいね……手はある』
「本当!?」
『君が私に忠誠を誓えばいい……』
「えっ……どうして……?」
『君が私の仲間になれば……こちらでも君の居場所を特定できるようになる……そうなれば俺はすぐにでも君の元へ文字通り飛んでいくことが出来る……』
「そんな……」
『どうするね?』
決断の時……。
今迄シェイドの誘いをどうにか先送りにしてきたグロリアであったが、遂に逃れられない状況に追い込まれてしまったようだ。
デネブが穏やかな眼差しで頷いている……口元は(大丈夫)と呟いている。
それを見てグロリアの心は決まった。
「分かったわ……私はシェイド、あなたに忠誠を誓います……」
そう口にした途端、グロリアの指輪をしている左手薬指に焼ける様な痛みが現れた。
「きゃあああっ……あああっ……!!」
指輪を押さえ付け悲鳴を上げるグロリア……冷や汗を大量に掻き呼吸が荒くなる。
しかしその痛みも徐々に消えていった。
『ありがとう、嬉しいよ……こちらでも君の位置を確認した、今から迎えに行くね』
その言葉を言い終えるかどうかといったタイミングでグロリアの側に空間の歪みが現れた……そこから出て来たのはシェイドだ、そしてアークライトも一緒に居る。
「シェイド……」
『やあグロリア、こうして会うのはいつ振りかな?』
恭しく腕を胸に当てお辞儀をするシェイド。
『おや? 君一人だけかと思いきや、随分とお客さんがいるじゃないか……もしかして俺をおびき出して討ち取る作戦だったのかい?』
「違うわ、ここに
『ゴメン、冗談だよ……シャルロットがこんな生贄みたいな真似を君にさせる訳がないからね……』
「あなたにシャル様の何が分かるっていうの!?」
『分かるとも、今の君なら俺の発する気配を感じ取れると思うんだが……』
そう言われてグロリアはシェイドを見つめ念を集中してみた。
「えっ……? まさか……そんな……!? あり得ないわ!!」
『それが嘘偽りのない本当の俺だ……こちらに寝返ったのも悪くないだろう?』
「あっ……ああっ……あああああっ………!!!」
叫び声を上げ、これ以上無く混乱したグロリアの意識は飛び、その場にうずくまってしまった。
『やれやれ……まあすぐには状況を飲み込めないか……』
シェイドがグロリアを両腕で抱きかかえる。
『こちらに来て君を見付けた時はとても驚いたさ……再びこのぬくもりを感じる事が出来るなんて夢の様だよ……』
そう彼女の顔を覗き込みながらつぶやいた。
一方、アークライトはデネブと対峙していた。
『何故あなたがこんな所に? 一体ここで何をしていたのです?』
「はて……どちら様かな? 儂には外道に落ちた知り合いはいない筈じゃが……」
『失礼しました、お初にお目にかかるアークライトと申します』
「ほう、そんなんでも魔導士を名乗るか……恥知らずも良いところじゃな」
『………』
あからさまにわざとらしい口調のデネブ……全く会話を成立させる気が無い。
アークライトもそれ以上言葉を交わさずシェイドの元へと戻っていった。
「なあ、あんた!! 私達もこの世界から連れ出してもらえないだろうか!?」
数人の男性たちがシェイド駆け寄り話し掛けた。
『生憎と俺には負の波動を帯びていない者をここから連れ出す事は出来ないよ……それに君たちを助ける事に俺に何のメリットがある?』
「そんな……!!」
『同情はしよう……しかし手を差し伸べる事は出来ない……』
そう言い放ち、グロリアを抱いたシェイドとアークライトは空間の歪みに消えていった。
「デネブ殿……これでは我々の悲願を達成できないのでは……」
「まあ焦るなイワン君、もうしばらく待とうじゃあないか……今は種を蒔いた様なもんじゃからな、収穫の時は必ず来る……」
デネブはそう言うと、シェイド達の去っていった空間を見つめていた。
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