第35話 初陣

 早朝…。

ドミネイト帝国とエターニア王国の国境にあるザマッハ砦。

以前は中立の不可侵地帯として多くの行商人や旅人が行き来していた往来であったが、現在はドミネイト帝国が一方的に占拠しており、帝国の許可無き者の一切の通行が禁止されていた。


「あれは…!?」


その見張り台から一人の若い帝国兵士が遠眼鏡越しにある物を捉える。


「ドーン守備隊長殿!!エターニア王国側からこちらに向かって人が数人近付いて来ます!!」


「ほう…エターニア方面から人が来るとは久しいな…それで詳細は!?」


口髭を蓄えたこの砦の責任者、ドーンが詰所から現れた。

以前はエターニア王国も特使を派遣してドミネイト帝国に接触を図っていたのだが、攻撃を受けことごとく殺害されてしまい、それから十数年国交はほぼ断絶状態であったのだ。

だから帝国兵の間ではこのエターニアとの国境の砦の勤務は楽して稼げる簡単な仕事と認識されていた。


「人数は…六人…女性…でしょうか…?全員ドレスを着ています…」


「何!?どういうことだ!?」


想定外の報告を受け、初老のドーンも自ら見張り台に登り遠眼鏡を見張りの兵から奪い取り監視対象を見る。


「これは…なんと可憐で美しい娘たちなのだ…」


ドーンの表情が緩む…本人は気付いていないが思わず感想が口から洩れていた。

それを受け周りの兵士たちも殺到すると、たちまち見張り台には黒山の人だかりが出来てしまった。


「こら!!押すな!!」


「お前こそ!!」


兵士たちは押し合いへし合い、見張り台の上でもみくちゃになっていた…その様子は離れているシャルロット達にも肉眼で分かる程だ。


「ウフフ、計画通り…ドミネイトの兵士のみんなが僕たちの美しさに見惚れているよ」


シャルロットを先頭にドレスを着た少女たちが扇状に連れ立って歩いている。

メンバーはイオ、アルタイル、ツィッギー、サファイア、そして…。


「…なんで俺まで…」


笑顔のシャルロットの横で俯き赤面している藍色のドレスのブロンドの少女が力無くつぶやく…実はこの少女はハインツの変装であった。


「作戦会議の時に言ったけど、一人だけ男の兵士が混ざっていたら相手は警戒するだろう?大丈夫、とても似合ってるよ…まあこれも騎士の務めと思って頑張って!!」


「グヌゥ…」


そう言われてしまうとハインツとしては何も言えなくなってしまう…これも騎士団の為…そう心の中で念じ唇をかむ。


「随分と丸くなられましたねハインツ殿…昔、女装を嫌がって姫様と決闘した方とは思えませんね」


「なっ…それは…!!」


オレンジ色のドレスを着たイオの指摘に反論しようとしたが喉元で言葉を飲み込む。

ハインツ自身も何故以前ほど強硬に女装に抵抗しなかったのか不思議だったのだ。

彼はふと五日前の会議の事を思い出す。




「ドミネイト帝国にはどうやって潜入しようというんだ?」


エターニア王国と敵対している上、国交も断絶しているドミネイト帝国に入国する事を考えるとまずは誰もがこの事を気にするであろう…例外なくハインツもそうだった。


「いや、正面から行くよ」


自信満々の笑みを浮かべてシャルロットが断言する…それを受け会議に出席した一同はざわめき、お互いに顔を見合わせた。


「ちょっと待て、正面からって…我々虹色騎士団レインボーナイツだけで攻め入るなんて無謀もいいとこだ!!」


潜入策の次に思い浮かぶのが実力行使だが、虹色騎士団レインボーナイツだけの作戦行動としてはハインツが言う通り無謀どころか自殺行為に等しい…仮にエターニア王国の全戦力を投入した場合だが、エターニア王国とドミネイト帝国の保有戦力はほぼ拮抗してはいる…だが常に軍事行動を起こしているという意味ではドミネイト帝国の方が練度が上である可能性が高い。

長期の消耗戦を強いられるのは必至…そして必ずしも勝利できるとは限らないのだ。


「まあまあ、落ち着きなよハインツ…誰も戦いを仕掛けるなんて言ってないだろう?」


「はっ?じゃあどうするって言うんだ…?」


「勿論、僕たちが使節団となって訪問するんだよ」


「何だって!?」


又しても会議室内が騒めく…過去にエターニア王国は幾度となくドミネイト帝国に特使を派遣した事があるが、ことごとく門前払い…近年では無警告で攻撃してくる事もあり多数の死者も出ているのだ。


「姫様、それは流石に得策とは思えませんね…過去に何があったかお忘れですか?」


「もちろん忘れてないよアルタイル、だからこそそれなりの策を練るんだよ」


「で…その策とは?」


「僕ら全員はドレスで着飾って非武装で行く…幸い虹色騎士団レインボーナイツは可愛い子が多いからね…これなら向うの兵士もメロメロさ」


「はっ…?」


皆があっけに取られるのは本日何度目であろう…今度は全員言葉を失った。


「そうそう、ハインツにアルタイルにイオ…君たちもドレスを着るんだよ?

女性だけの使節団を装うんだ…これで相手の警戒心を解く」


「何!?俺に女装しろって言うのか!?俺は絶対に嫌だね!!」


「やっぱり君ならそう言うと思った、昔と変わらないね…

考えてみてごらん?ドレス姿の女性の中に一人だけ完全武装の兵士が混ざっていたら相手はどう思うだろうね…

それに君は虹色騎士団レインボーナイツの団員、そして僕はその騎士団の所有者…

言ってる意味が分かるよね?」


「ぐぬっ…」


そこはかとなく意地悪な笑みを浮かべてハインツを見るシャルロット。

ハインツが憧れる騎士という存在は主君に絶対の忠誠を誓い、その身を己の命と引き換えにしてでも守り抜くものだ。

ここで昔の様に最後まで女装に抵抗する事によりシャルロットの機嫌を損ねれば、彼も妹のグロリア同様任務から外される事だってあり得る。

しかしそれ以上に自分が戦場に赴くシャルロットの側に居られない事の方が耐え難い。

多少無理のある作戦だが、シャルロットは面白半分で言っている訳では無く、しっかり狙いがあって立てた作戦なのだ…ここは従うしかない。

今やシャルロットとハインツはただの幼馴染みでは無く完全な主従関係にあった。


「…分かったよ…任務とあれば仕方ない…」


「まあまあ、そう深刻にならずに…慣れればスカートも悪くないですよ!!」


イオがハインツの肩をポンと叩いて微笑み、それを見たハインツの顔が引きつる。


「お前に言われてもな…何の慰めにもならない…」


「そんな言い方酷いです~!!」


イオはショックで半泣きになっていた。


「女装に関してはこの際百歩譲ろう…しかし丸腰は危険すぎる!!矢の的になりに行く様な物だ!!」


ハインツが机を叩いて声を荒げる…いくら集住関係であろうとも言うべきことは言わねばならない。


「大丈夫だって、国交が断絶していたせいでドミネイトの民は僕の事を見た事が無いんだ…初めて見るこんな可愛い僕に矢をつがえる人が居ると思うかい?」


こんな自惚れた発言でもシャルロットが語ると不思議と嫌味に聞こえない。

シャルロットの美しさは国を越えて伝わっているのは事実…虹色騎士団レインボーナイツの面々もその事に異論をはさむ者は居ない。

もしかしたら人を虜にするという『現在の祝福』の加護を薄々自覚しているのではないかとさえ感じさせるが、本人はその事を未だ知らない。


「シェイドの手の者がいたらどうする!?あのティーとか言う女なら平気でお前に矢を射って来るぞ!!」


「なるほど確かに…でもティーがいたとなればこちらも調査の名目でよりドミネイト帝国に強気で話を持ち掛けられるよね…国籍不明の輩と繋がっているという事で…」


「そう言う事を言ってるんじゃない!!」


「えっ?」


ハインツの剣幕に圧され押し黙るシャルロット。


「お前にもしもの事があったらどうするんだ!!俺はほんの少しでもお前に危害が及ぶ可能性があるのは嫌なんだよ!!…あっ…」


勢いで胸の内を吐露してしまった彼は周りを見回して我に返る。

皆、ハインツを見つめてニヤニヤと生暖かい視線を向けていたのだ。


「はいはいご馳走様…相変わらずお熱いですね二人共…」


ヤレヤレと首をすくめイオが茶化す。


「なっ…!!何を言ってるんだ!!俺は騎士として姫の安全をだな…」


あからさまに動揺しだすハインツ…顔は真っ赤だ。


「別にいいのよ?隠さなくても…みんな知っている事だし…」


「ちょっと!!ツィッギー殿まで!!」


バタバタと手を動かし、彼の挙動不審さがさらに増していく。


「もう…ハインツったら…しょがないな~そう言う事は二人っきりの時にしてほしいな~」


もじもじと頬を赤く染め艶めかしい視線でハインツを見つめるシャルロット。


「おまえもそんな誤解を招く様な発言と態度を取るな!!」


こんなふざけたやり取りの中、グロリアだけは深刻な表情で膝の上で握りしめた己が拳をじっと見つめていた。




「まあそう心配するなハインツ君…姫様を狙う弓矢などの飛び道具はイオが魔法障壁で防いでくれる…」


スカートの裾を引っ張るのは黄色いドレスのアルタイルだ…こうしているとアルタイルが幼い女の子に見える…そして一瞬だが彼から幼いながら女性特有の色気が感じられたのだ。

ハインツは一瞬だが自分の感覚を疑った。


「アルタイル様…えっ?」


「どうした?」


「いえ…何でもありません」


(今のは何だったんだ?)


やがて虹色騎士団レインボーナイツはザマッハ砦の大きな扉の前まで来た。

その間、彼らがドミネイトの兵士から攻撃を受ける事は一切なかったのだ。


「ねっ?大丈夫だったでしょう?それもこれも僕らが可愛すぎるのがいけないんだよ」


「………」


文字通りぐうの音も出ないハインツ…まさかここまでシャルロットの目論見通り進むとは…。


「御機嫌ようドミネイト帝国の兵士に皆さん…私はエターニア王国の王女、シャルロットと申します」


ピンクのドレスのスカートの端をつまみ上げ優雅にお辞儀をする…それに倣いハインツ達も次々とお辞儀をしていく。

すると砦の見張り台に集まっていた兵士たちから一斉にため息が漏れた。

皆一様に顔を赤らめ、だらしのない表情で虹色騎士団レインボーナイツことドレスの少女達を羨望の眼差しで見つめている。


「この砦の責任者はどなたでしょう?」


「はっ!!私がこのザマッハ砦の守備隊長をしております、ドーンと申します!!」


慌てて見張り台を駆け下り、ドーンが息を切らしながらシャルロットの元に駆け付け敬礼をする。

その身体はガチガチに緊張しており、自国の皇帝の前ですらここまでにならないのではと思う程直立不動であった…ちなみに頬は赤らめたままだ。


「私達は貴国と世界平和に向けての話し合いに参りました…どうかドミネイト皇帝にお目通りをお願いいたします」


「はっ!!承りました!!」


美しい動作で回れ右をするとドーンは全速力で砦へと戻っていった。


(一体どういった対応を見せる?)


ハインツは緊張していた…顔を汗が伝っていく。

ここまでは作戦通り、皇帝に取り次ぐまでは成功した。

しかしここからが問題だ、相手の出方でこちらの対応が全く違ってくるからだ。


「さあここからが正念場だよ…みんな、気を引き締めて!!」


「おう!!」


「はい!!」


果たして虹色騎士団レインボーナイツの初陣はどういった展開を迎えるのか…。


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