第21話 驕りの代償


「兄上…!!大変だ…!!」


「何だこんな時間に…まだ起きるには早いじゃないか…」


 グロリアが血相を変えてハインツの寝室に駆けこんで来た。

  ハインツが言う通り外はまだ暗く、武芸の朝練をするにしても早すぎる時間だ。


「そんな悠長なことを言っている場合じゃないんだ!!姫が…!!シャル様が何処にも居ないんだ!!」


「何だって!?」


 それを聞いて飛び起きるハインツ。


「何ですかこんな時間に…騒々しいですよ~?」


 二人の大声で起こされたのか、眠い目をこすりながらイオが現れた。


「丁度良かった…!!イオも一緒に探してくれ!!姫の行方が分からないんだ!!」


「ふぇ!?」


 三人は急いで身支度をすると、ツィッギーにも声を掛けシャルロットを探す事となった。


「俺は外を探して来る…」


「私も…!!」


「それじゃあ俺はこっちに行くからお前はそっちへ行け!!」


「分かった!!」


 ハインツとグロリアは屋敷の外に出て二手に分かれた。


「ボクは姫様を探しに行くです…お師様はまだ休んでいてくださいね」


「…お前な~加減ってものを知らないのか…おかげで足腰が立たなくなってしまったじゃないか…」


 ベッドの中で枕を抱きうつ伏せ状態でぼやくアルタイル。


「仕方ないでしょう?お師様の留守中、ボクがどれだけ寂しい思いをしたと思ってるんですか…それにそんな可愛らしい姿になって…僕の理性は蒸発してしまいました!!」


「………」


 イオが自分の身体を抱きしめモジモジし始める。


「でもしばらくは大丈夫です、昨日はたくさん頂きましたから」


 頬を赤らめペロッと舌を出す。

 心なしか肌の色つやがいい様な気がする。

 それを見て昨日の事を思い出し、アルタイルは耳まで真っ赤になる。

 そこで彼がハッとなり身体を起こす。

 何かを思い出した様だ。


「あっ…そうだ、こんな時の為に姫様に特別な探知魔法で感知できるピアスを着けてるんだった…」


「特別な探知魔法…ですか?」


「私に魔力があれば自分でやったんだがね…この魔導書に書かれている魔法だ…」


 そう言ってアルタイルが自分の旅行用の袋から一冊の魔導書を取り出した。

 代々王家の人間は命を狙われる事もあるが誘拐されることも稀にあった。

 そこで考案されたのが先程のピアスである。

 ただ誰もがこの探知魔法を使えてしまうと意味がない…悪用される恐れがあるからだ。

 そこで信用ある一部の人間にのみこの魔導書が渡されていると言う訳だ。


「ただ範囲がそんなに広くないから一度で見つからなかったら場所を変えて何度も試してみなさい」


「分かりましたです!!ありがとうございます!!」


 魔導書片手にイオは部屋を飛び出していった。




「凄い…!!こんなにも身体が軽いなんて…!!」


 シャルロットは空高く跳んでいた。

 祠から出た彼女は『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』の気配を察し走り出した。

 ただその速度は尋常では無く彼女が今まで経験した事が無い程早かった。

 これなら全速力で走っている馬でも追い越せそうだ。

 そして目の前に横たわる倒木を軽く飛び越えようとしただけで森の木々の高さを余裕で飛び越えてしまったのだ。


「これが伝説の女勇者様の装備の力…」


 大きな感動を得て胸が熱くなる…自分は今、あの伝説の女勇者と同等の存在になったのだと。

 そうこうしている内に程なく『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』と遭遇する。

 聞いていた通り半透明の巨大な線虫の様な全身から無数の触手を発生させており、見るのがはばかられるほどの不気味さであったが、シャルロットは全く臆さずむしろ不敵な笑みさえ浮かべている。


「今の私は誰にも負ける気がしないわっ…!!」


 そして『未来の剣』を振り上げ飛び掛かっていった。




 森全体を断続的な地揺れが襲う。


「この揺れ…ただの地震ではないわね…森の木々が怖がっている…」


 ツィッギーが怪訝な表情を浮かべ屋敷の窓から『輝きの大樹』の方を見る。


「『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』が移動を開始したのではないだろうか…?」


 アルタイルが彼女の居る部屋に入って来た。


「何故そう思うのです?あの者はこの森に出現して以来、『輝きの大樹』から大きく離れる事は無かったのですよ!?」


 数か月前…グリッターツリーに『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』が現れてから何度も戦いを挑んだツィッギー達耳長族。

 何人もの犠牲者を出して分かったのが奴が『輝きの大樹』から大きく離れられないと言う事だった…まるで鎖でつながれたかのように。

 それが何故突然今日になって離れる事を選んだのか。

 そこでアルタイルはある仮説を立てツィッギーに告げる。


「あれだけの巨体だ…奴が自分の身体を維持するために効率よく生命力と魔力を集められる『輝きの大樹』に寄生していたのは間違いないだろう…ただそうもしていられない事が起ったのだとしたら…」


「…と言いますと…?」


「例えば自分にとって脅威になる存在…『天敵』が現れたとしたらどうだろう…

全力で排除するために動き出してもおかしくないのではないか…」


「それって…もしや!?」


 ツィッギーは驚きを隠せない、しかし子供の姿に変えられたというのに流石の頭脳明晰ぶりのアルタイル。

 実際に森ではまさに伝説の再現とも取れる戦いが幕を開ける所なのだ。

 彼の魔法や歴史の貴重な知識はシャルロットたちの助けになる事だろう。

 魔法能力と引き換えに記憶を保護したのは苦渋の選択だったが、ある意味正解だったのかもしれない。




「やーーーーっ!!!」


 宙を舞うシャルロットが普段使っているレイピアとは比べ物にならない程の大きさの『未来の剣』を『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』目がけ軽々と振り下ろす。

 すると奴が迎撃の為に伸ばしてきた無数の触手は焼いた石に押し付けたつららの様にいとも容易く蒸発していく。

 蒸発した部分の触手はどうやら再生できないらしい…その部分だけ直に体表が見えている。

 それを受け感情があるのかさえはっきりしない『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』が慌てて残りの触手を体内に引っ込め始めた。

 本能的に危険を感じ、まるで怯えたじろいでいる感じだ。


「いける!!」


 着地後一気に間合いを詰め、目にも留まらぬ速さで斬撃を奴の身体に叩き込む。

 ザクザクと切り開かれ傷口から半透明の体液が勢いよく漏れ出す。


『グエグエッ!!』


 何とも形容しがたいうめき声を上げて苦しむ『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』…耳長族たちが数か月苦しめられた怪物をこんなにもあっさりと…さすがは伝説の武器、効果は抜群だ。


「止めよ…!!」


 シャルロットが『未来の剣』を頭上に構える。


「あれ…?」


 重さに耐えられず剣が手を離れ地面に落ちてしまう…ここに来て彼女の身体に異変が起こったのだ。


「どうして…?急に身体が重く…」


 今度は鎧の重量にも負け地面にへたり込んでしまった。

 先程まで恐れ慄いていた『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』だがその様子を見るにつけ俄然勢いを取り戻す。

 物凄い勢いで一本の触手をシャルロット目がけて発射したのだ。


「きゃああああっ…!!」


 これにもし絡め取られてしまったら彼女は今迄の人生で培って来た何かを失ってしまうかもしれない…それが記憶なのか、はたまた生命力なのか…万事休す。


 しかしその触手は彼女に届く事は無かった…飛んで来た一本の蒼い槍が触手を地面に縫い付けていたのだ。


「大丈夫か…!!!」


「ハインツ!?」


 駆けつけたのはハインツであった。

 槍を引き抜きシャルロットの前で構えを取る。

 だが今の攻撃が伝説の武器ではないと分かると『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』は身体から一斉に触手を発射しだした。

 次から次へと襲ってくる触手をハインツは卓越した槍捌きで応戦、シャルロットに一本たりとも近づけなかった。


「これは一体どういう事だ!?何だその破廉恥な恰好は…!!」


 チラッと彼女の方を見てすぐに正面に向き直り戦闘中だというのに頬が赤らむ。

 肌の露出の多いビキニアーマーはハインツには目の毒であった。

 慌ててシャルロットは胸元を両腕で隠す。


「ごめん…話せば長くなるんだよ…」


「じゃあ後でいいから聞かせろ!!」


 尚も続く触手の猛攻…そのうちの一本が大きく回り込み死角から彼らを狙う。


「はあああっ!!」


 寸での所で叩き落とされる触手。


「大丈夫ですか!?シャル様!!」


「グロリア!!」


「遅いぞグロリア!!」


「仕方ないだろう!?兄上とは反対方向に行ってたんだから!!」


 ハインツとグロリアがシャルロットを挟むように背を向けて立つ。

 全周囲に対応するためだが流石に二人では荷が重すぎる。


「俺達…生きて帰れると思うか…?」


「…無理だろうね…でもシャル様だけは必ず守り通す!!」


「二人共…」


 シャルロットは目尻に涙を浮かべていた。

 伝説の装備を授かった事に舞い上がり、一人で『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』に戦いを挑んだあげく窮地に陥りハインツとグロリアの二人までも窮地に陥れてしまった自分が情けなかったからだ。

 徐々に彼らを取り巻く触手の包囲網は狭まっていく。

 二人も奮戦すれど疲れを知らない化け物の攻撃は留まるところを知らない。

 

 果たして三人はこの窮地を脱する事が出来るのであろうか。

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