第87話

「ッ!?」


 フィルムが継ぎ接ぎされたかのような感じで、俺の意識は再び別の場所へと飛ばされていた。

 そして直ぐに視界の中に納まっている事柄から、自分が今どうなっているのかを知ろうとする。

 

「まあ待て、まあ待て。マリー、どっちが一本先に空けられるか勝負でもしないか?」

「ハッ、上等。アンタが私に勝てるかしら?」


 俺は──アイアスをの背中、そしてその先に英雄達が楽しげに飲食をしているのを見た。

 そしてゆっくりと振り返って、枢機卿やヘラ、そして上座に神聖フランツ帝国の国王が座っているのを見る。

 

「どうだろうか?」


 そして、国王がそんな事を言ってきたのを聞いて──混乱しながらも自分が今、どこに居て、何をしているのかを理解する。

 頭の中は既に痛みを伴うほどの情報過多での混乱に見舞われていて、正直折り合いすらつかない。

 けれども──俺はあの光景を、あの世界を、あの言葉を、あの目線を忘れる事ができない。


「──気持ちは有り難いのですが、すみません」


 辛うじて、そう吐き出すと喉が渇いているのに気がついた。

 いや、前から乾いていたかすら分からない。

 水を飲んでから震える手で首に触れると、なぜか斬首の痛みを想像してしまって咳き込んだ。

 

「あぁ、大丈夫かい?」

「もしかして、旅の疲れが抜けてないのかもしれませんね」


 枢機卿とヘラが心配そうにそんな事を言ってくるが、ヘラとマリーの声を聞いているだけで涙が出そうになる。

 実際、僅かに涙が滲んでしまったが──それはすぐさま誤魔化した。


「その……自分を、そこまで買っていただけているとは思わなくて、感動してしまいました。けど、申し訳有りません……。自分は、兵士です。兵士は主の傍に使えるのが勤めであり、義務ですから──」


 なんて、嘘がどこまで得意なのだろうかと言いたくなる。

 けれども、今はそんな事を自嘲する余裕すらなかった。

 変な映像や光景を見せ付けられ、その上なんだったのかを理解する間も無く公の席で涙を流そうとしている。

 全てにおいて波風立たないように、ピエロを演じるしかなかったのだ。


 そして、俺の返事はどうやら真っ直ぐ受け止めては貰えなかったらしい。

 帰国までにまた返事を聞くとか言われてしまい、食事会は終わりを告げた。

 チョクチョク酒を勧められたので、いつものように酒で全てを誤魔化そうとした。

 ベロベロになると言う事は無いけれども、意識しないと歩いている内にフラリとするくらいには飲んだ。


「お~い、坊。夜の立食会を忘れんなよ」

「おくれたら、むかえにいく」

「大丈夫大丈夫、まあ──ちょっと休んで気分転換でもしておくよ」


 部屋の前で別れ、制服を脱ぐのもそこそこにベッドに横になる。

 そして目蓋を閉じて落ち着こうとするが、目蓋の裏に振り下ろされる巨大な斧の映像が浮かんで跳ね起きてしまう。

 首は落ちていないし切られていない、そもそも処刑台に居ないし処刑人も居ない。

 しかし、恐ろしくて目蓋を閉じる事すら出来なくなった。


 目蓋を閉じて見る悪夢が増えそうで、酒に頼る機会も増えそうだ。

 眠って目覚めた時に、実は転生だの転移なんか無くて家で寝ていたという恐ろしい現実。

 あるいは、先ほど見た悪夢が事実であり誰かのためにと思ってやったことが全て裏目に出て滅ぶ現実。

 ……恵まれれば恵まれるほどに、あの家の中の世界から解放されればされるほどにその落差が恐ろしくなる。

 

 今更胃が痛くなってきて、トイレに駆け込んで座ったままに時間を過ごす。

 出ないものが出て、出るべきものが全て出る。

 出るものが無くなってもなおトイレにこもり続け、酩酊からくる眠気と恐怖を同時に相手にし続けた。

 ストレージに突っ込んでいた薬を取り出し、噛み砕いてから酒で飲む。

 プラシーボ効果で「もう利きだした」と思い込んでからトイレを出て、改めてベッドに横たわった。


 ……制服に皺が出来てしまう、アイロン掛けが面倒になる。

 そんな事を考えながらも、身体は徐々に動かすのがだるくなっていく。

 薬と酒のダブルパンチで、眠気が勝ってきたようだ。

 意識が落ちそうになる、その傍らでカティアからのコールが響く。

 そうだ、昼の連絡は食事会の後でするって言ったんだっけ……。

 

 呂律の回らない現状、たとえあたまに思い浮かべた言葉であっても不明瞭になりそうだ。

 メッセージを送って休んで情報を整理してから此方から連絡すると伝え、その意識を手放す。

 しかし、酒は脳を麻痺させるだけであって──強く意識してしまったものまでは隠せない。

 だからこそ眠ったはずなのに、その夢の中でも悪夢を見てしまう。

 ただ救いがあったとすれば、その悪夢はノックによって打ち破られた事くらいか。


「ふぁ──はい……」


 口から溢れそうになった涎を啜り、ベッドから起き上がる。

 欠伸を漏らしながら扉まで向かうが、腕時計を見てもまだ二時間くらいしか寝ていない事が分かる。

 おかしいな。

 悪夢内時間だとすでに八時間以上経過しているのだが……。

 そもそもあの処刑される夢では一週間以上を牢屋で過ごした。

 相対性理論と同じで苦痛であれば長く感じるというだけの話だろう。

 服を見て、制服のままだったなと思い出す。

 ゲームみたいに、装備しているものをドラッグ&ドロップや選択で即座に着替えられないだろうか?

 それは今度試そう、やりたい事が積み重なるが休みがまるで無い。

 有給申請通るだろうか? そもそも休みと言う概念が通じるかどうかだが。


 ノックが再び響く。

 今開けると言ったのだが、扉に手をかけた瞬間には開け放たれて顔面を強く打った。

 ……鼻血が出そうだ、鼻が痛い。

 二日酔いじゃないのなら頭も痛いのだが、コレは相手に責を問うべき?


「ノックしたら直ぐに開けなさい」

「──……、」


 蹲って痛みに耐えている俺を問答無用で追加攻撃ならぬ口撃したのはマリーだった。

 ……英雄マリー、かつて人類を救った歴史上にも現れる魔法使いであり、本人。

 そして──夢の中で、俺に口付けをして息絶えた……何かしらのキーパーソンじみた人物。

 魔法使いと言えばコレと言えるような三角帽子を被っており、そして若干俺のいた世界──現代でのミリタリー風味のフード付きの服をなぜか着ている。

 ピンク……ブロンド? だったかの、フワフワとした長髪をしている。

 前までは濃いクマ、不健康そうな顔色、眠そうな半眼、顔を隠し地面につく位の髪の長さと酷かった。

 しかし、今では──うん、美人だ、可愛いといえるくらいにはなっている。


 彼女の主人は辺境伯で、何かの企みがあって──今は俺がそれに代理で応じるといって抑えている。

 そしてその

 一人娘であるマーガレットは……残念なことに、俺なんかを好いている。

 彼女は寝ている時に時折未来視が出来るとか言っていたが、マリーも若干ではあるが相手のことを読み取れる……みたいな感じだったのを思い出す。

 ただ、顔面を押さえて眠気と吐き気と痛みに悶えている俺をねめつけるような眼差しはどうかと思うが。


「あ、あんでふぉうか……」

「ちょっとさっきの退屈な食事会の事で話があるの」


 ……退屈? 滅茶苦茶楽しそうにしてたのは気のせい?

 部屋の外ではマリーの来訪で戸惑っているらしい兵士が居たが、むしろ俺が謝らなければならなかった。

 マリーの言動を謝罪してゆっくりと扉を閉じ、もはや椅子に腰掛けて自由にしている彼女に溜息が出る。

 しかし……あの幻影だか幻想だか悪夢だか分からない物を見た後では、この”日常”と言った雰囲気が良い。

 

 もはや茶を出すのにも疑問を抱かなくなってきた。

 そもそも言われた事をやるという点に関して、多分これ以上とないほどに反発も反抗もないのだろう。

 ついでに自分も目覚めの一発をかませる訳だし、手間でも何でもない。

 

「食事会の事って?」

「アンタが何を話していたかがちょっと気になってね。アンタ、途中で酒を飲む速度……”ぺえす”が早くなってたし」


 マリーがそんな事を言うので、俺はマリーの事が良く分からなくなる。

 お茶を出し、俺は珈琲を飲んでから「そう言えば、お節介と言うか。ハードルは高いけど仲間想いだったかな」と思い出す。

 アイアス等と言った他の連中は垣根や敷居が低く見えるが、マリーだけは「来んな、死ね!」である。

 そういったマリーとのファーストコンタクトだけでなく、その後に続いた英雄殺しを相手に共闘したのは小さくなかったのだと思う。

 

 苦味が眠気を追いやり、軽い頭痛を蹴散らしていった。

 そして酔いと眠気に支配されていた脳のリソースを奪還し、それを持って脳の回転を高めていく。

 普段から一定の水準で頭が動くのは自衛官としてもメリットでは有るが、裏返せば寝ても覚めても常に一定の割合で身体も脳も起きていると言う事だからなあ……。

 メリット、常に目覚めであっても思考も呂律も行動も把握能力も一定量期待できる。

 デメリット、睡眠の質と回復量の低下による要求睡眠量と環境の上昇と言った所か……。

 ただ、俺に関しては空転と無駄な思考が多いからそうならざるを得なかったわけで。

 ……もう少し、他人に怯えなければ変に勘ぐったり疑ったりしないで楽に生きられたかもしれない。


「いや、別に。ただ、国王が直々にこの国で暮らしてみるのはどうかと訊ねてきた。必要な物はそろえるし、与えると言われて。それで面食らって、戸惑ったくらい」

「で、それを受けたと」

「んにゃ、断ったよ」


 俺がそう言うと、彼女は少しばかり驚いたような顔をしていた。

 もしかしたら彼女の中では俺がその話を受けると思ったに違いない。

 実際、俺も──責任転嫁ではないが──受けようかと、そう思っていた。


「金も地位も生活も手に入ったのに?」

「女、は足さないんだ」

「私がそう言うのは冗談でも言うのは好きじゃないの。それに、アンタは周囲に大分多くの女性が──コホン──いらっしゃいますのに? 全然その点を意識してないみたいだし」

「あの、遠まわしに『女性に興味ないんじゃね?』って言うのやめていただけます? 違うから! 興味は有るから!」


 マーガレットは俺に好意を伝えてきて、今はその返答に迷っている事を伝えた上で必ず返事を出すから待って欲しいと言ってある。

 ミラノは主人だけど一応可愛げは有るし最近は身近に思えるようになった。

 アリアは良く分からないけれども、少なくともいい子では有るし優しい。

 カティアは流石に倫理的に手を出したらアウトだけれども、自分を主人として慕ってくれている。

 グリムはあまり語らないが、活躍から俺の事を認めてくれているのはアルバート共々理解している。

 

 マリーは先ほど述べたので以下略。

 ロビンは男の子……というか、少年っぽい服装や外見をしているが少女? だし。

 ヘラはファムにあまり似ていないが、マリーが可愛いならヘラは美人という言葉が似合う。

 ファムは活発元気さんだから傍にいるだけで元気を分けてもらえるし、料理をしてくれたり気にかけてくれたりと結構色々見てくれている。

 枠外になるが、アーニャだって──可愛かったし。


 何だかんだと、女性の知り合いと言うか、女性との繋がり、関係は少なくない。

 男としての自分は嬉しく思っているが、個人としての自分は異性をどう扱っていいか恐れている。

 その片方だけを無視する事は出来ず、女性として意識するのではなく『女性という存在』として認識する事にした。

 そうすると異性ではなく、女性であるという事実に成り下がる。

 それは俺にとってどうすることも出来ない『データ』であり『情報』でしかない。


 或いは……諦めただけなのかも知れないが。


「何で俺が受けると?」

「ん、だって──自由が欲しいとか、ノンビリしたいとか言ってたし。それだったらかなりの厚遇じゃない。好きなことをして好きなように生きる……それがアンタの、望みじゃないの?」

「理不尽に生きて、理不尽に死ぬ──が多分正しい」


 そう言ってから、この言葉はどこから出てきたのか思い出せない。

 偉人? 名言? こういうときにネットが使えれば直ぐに引っかかるのだが……。


「理想や希望は確かにあるけど、それは──夢とか、或いはもっと儚いものでしかないと思ってる」

「訳わかんない」

「何かがあれば利益ではなく信条や信念の為に生きて、感情で動いては死んでいく──たぶん、そういう言い回しの方がシックリくる」

「理不尽に生き、理不尽に死ぬ……ね」

「ヒトってさ、何かがあった時に普段の言動とは全く違う行動と結果を導き出す事だって有るんだよ。どんなに勇ましい事を言ってる人でも、命が危うくなれば臆病者となって逃げ出す事もある。逆に普段は頼りなくて見下げた奴だと思っていた奴が、多くの人を引っ張って皆を救う事もある」

「──それが、今回の件と繋がると」

「……どうだろうな。俺自身、受けるべきだとは思ってた。けど──」


 けど、と。

 そこまで言ってから、いつものように嘘をつく。


「変化を、嫌ったんだろうな」


 綺麗事は吐き出せなかった、だからこそ自分を貶める方向性で誤魔化す。

 変な白昼夢を見たから拒絶したとは言えなくて、けれども恩だとか皆と離れたくないという言葉は綺麗過ぎて毒になっていて。

 そもそも、白昼夢を見ただけで俺は躊躇し、手の平を返した。

 そんな奴が立派な訳が無い。


「たしかに、地位も物も与えてくれるのなら俺は……この国で、用意に色々試して、その結果をもって地位を高めて、それでいつかは恩返しできればとか──そんな事も考えたよ」

「──……、」

「けど、結局まだ宙ぶらりんで、何も分からないからこそ現状に縋って、自分の足で歩けなかった。ただ──それだけの話だよ」


 そこまで言うと、クラリとしてきた。

 眠気覚ましに珈琲を飲んだが、どうやら余り利いては無いらしい。

 むしろ牛乳のまろやかさと砂糖のちょっとした甘さが眠気を誘う。

 口元を押さえながら欠伸を漏らすと、今度はマリーが口を開く。


「アンタ、恩返しとか考える人だっけ?」

「理想としてはね。当然、程度問題になる」

「ふんふん」

「小さな借りで命を張る事は出来ないし、大きな借りだとしてもそれが長期的な不自由を強いられても甘んじて受け入れる事にもならない。だから、結局はすり合わせた結果、許容できるか否かでしかない」


 まあ、そうやってご立派なことを並べ立てたけれども、マリーは手を叩いて何かを思いついたようであった。

 あるいは、なにか閃いたか、思い当たるものに行き着いたか。


「あ、わかった」

「ん?」

「アンタ、単純に寂しいのが嫌なんでしょ」

「ブヘブッフッフ……」


 寂しいのが苦手とか、そんなのを言われて平気でいられる男がいるか?

 いや、居ないと断じたい。

 しかし、しかしである。

 ネットと言うフィルター越しで相手の表情や声等と言った情報が制限された交流しかしていない。

 コミケとかのイベントは行くだろ? 挨拶はちゃんとしてお布施はして来る。

 当然アフターなんて無いし、誘われたことも参加した事も無い。

 

 五年だぞ? 五年。

 俺が除隊してから、死ぬまでの期間はそれだけあった。

 ネット以外での交流は基本的に無い。

 LINEだのスカイプだの、Discordだのといったコミュニケーションツール以外では他者と殆ど関わっていない。

 関わったとしても、高校時代の仲間が「実家で沢山出来たからおすそ分けしに来た」って野菜や米を置きにくるとかだ。

 そんな俺が、寂しいのは嫌だ?


「おいおいおい、ちょっと待ってくれよ。俺が、寂しいのは嫌? 夜に『パパー、ママー。ねむれないの~』って言うようなお子様かな?」

「あ~、言い方がマズかったか。居場所の放棄、と言う表現の方が近いかも」

「それは……」


 一瞬、否定しにかかりかけた。

 だが、目の前の人物の事を──プロフィールを思い出してその言葉を嘘ではなく真として吐き出す。


「……そうかも知れない」

「強がらないんだ」

「英雄相手に強がっても仕方が無いだろ? むしろ、変に強がって頼られても、いざと言う時に自分が思ったよりも期待されたり、過剰評価されて全滅するよりはマシだ」

「──……、」

「だから居場所に依存する、居心地が良い場所を探して彷徨ってる。居心地が悪ければ渡り鳥のように去るだけだし、居心地がよければそこに居たがると言うだけの話」


 放浪人や流浪者のように漂い、自分でもよく分からない理由でまた流れていく。

 何らかの理由で居場所を見出し、定着する。

 理不尽でしかない曖昧なものでさ迷い歩き、同じ理由で去ったり居ついたりする。

 それが俺の不完全性、自立できていないヒトとしての未熟さだった。


「あの子の前では強がるんだ」

「誰の前?」

「アンタの使い魔や主人──それと、他の私達と違って英雄じゃない人の前では」

「……カティアにとって主人は俺しか居ないんだから、不安にさせるのは上に立つモノのやるべきことじゃない。同じように主人が安心出来ないような部下や家来ってのも、醜聞になりかねないからやるべき事じゃない。だから、それら抜きで──むしろ弱みを隠す事で死に繋がり易い事柄は暴露していいと思う。俺は心が弱い、居場所や……自分が安心していられる場所を探してる」


 俺がそう言うと、マリーは少しばかり考え込んだようであった。

 それが肯定的な思考なのか、否定的な思考なのかは分からなかった。

 けれども、彼女が口を開いた時にその疑問は解消される。


「あぁ、なるほど。だからアンタは、自分の長所である戦闘を売りにして、それを持ってして居場所を求めてるのね。幾ら傷ついても、幾ら死んでも──」

「──……、」


 それは、適切な解答だった。

 ただ、一歩踏み込めて居ないと言うか、足りないのだが……ほぼ大正解である。

 自己評価の低さ、そこから他人からの評価を気にする思考への繋がり、そして依存。

 周囲と馴染めなくても居心地さえ良ければ居座ることが出来る。

 周囲に馴染めていれば、多少の環境の悪さは受け入れられる。

 しかし、その両方が満たされないのであれば居続ける事は出来ない。


 俺が使い魔だったときは、頑張れば認めてもらえると思っていた。

 俺が使い魔じゃ無くなってからは、アルバート達と仲良くなる事で馴染めると思っていた。

 俺がミラノを主人として騎士になってからも、功績を持って居場所を作ろうとした。


「とと、ゴメン。アンタ、自分の事を語られるのが嫌だったわね」

「あ~、うん。まあ、程ほどに。ただ今回は、自分が言語化出来ない自分の事を少し言葉に出来ただけ『なるほど』って思えたから、そっちに気をとられてた」


 何だかんだ、色々なアニメや漫画、ゲームにラノベと嗜んでいると知らない事を知る喜びを見出す。

 大分昔に「俺もイラスト描きたい!」って思って色々やってみて、心の方が先に折れた。

 じゃあ小説なら書けるんじゃないかと思ったが「なにこの報告書」と言われる始末。

 ネットの海は、何でも受け入れはするがどんな反応が返って来ても受け入れなきゃいけないのだ。

 ただ、小説を書いていた頃に二次創作だのコミケだのに出せていた時に色々な人と会えた。

 その結果として「創作し続けられる奴ってのは、努力を呼吸と同じくらい自然で無自覚にこなす」という事を知れた。

 

 ただ、その時のモノが上手く絡み付いているのだろう。

 知らない事を知る事は楽しい、知ったものと組み合わせてみると楽しい。

 そういった感じで──魔法で遊んでるのが今の俺だったりする。

 魔法を攻撃手段ではなく遊びにも使っているし、使えるというのが俺にとっては良かった。


「まあ、どっちに転んでもおかしくなかった。可能性にかけて大きく賭けるか、地道にコツコツと頑張るか──。異国でまっさらな状態で始めるか、主人の傍で見知った人達と一緒に居るか」

「どちらも目的は同じだけれども、手段と経過が違うだけ……か」

「そう言うことに、なるのかな」


 そう言ってから胃が爛れて吐き気がした。

 酒の影響か、それとも珈琲の過剰摂取が原因かは分からない。

 口元を拭うと、マリーが苦笑する。


「なんだ、アンタも調子悪いんじゃん」

「あ~、違う。珈琲って飲みすぎると内蔵に良くないんだ。俺は……ちょっと、摂取のし過ぎで──」

「ん~、災厄でも降りかかってるのかしら。タケルもファムも調子悪いし、私もなんだか気だるいし……」

「回復は?」

「この身体になってから、疲労とは別で病気とは無縁だったんだけど。なにか原因が有るのかもね──」


 そう言ってマリーは深く溜息を吐いたが、何かを思い出したかのように服のポケットを探り出す。


「なにしてんの?」

「姉さんがね、魔力を回復させる果実を見つけて栽培してるんだって。それを貰ったの」


 彼女が取り出したのは、メロンのように網目模様の出来ている、瓜──と言うか心臓? に似た形状で、林檎のようなサクランボのような色をした一口サイズの果実だった。

 ぶっちゃけて言えば心臓みたいで気持ち悪くなるが、彼女は多分解剖図や心臓を見たことが無いのだろう。

 それを当然のように口へと放り込み、カリ梅のような音を立てて咀嚼する。

 最後に人前だというのに種を手の平に吐き出した、きちゃない。


「ん~、楽になるぅ……」

「なんか、危ないクスリやってるみたいで嫌なんですけど──」

「依存性とか副作用は無いってば。コレを食べるとそれなりに魔力回復するんだって」

「どれくらい?」

「ん~、前に森でぶっ放した大爆発の魔法が数回程度? 数日分の存在するだけでも消費する魔力量と同じ位とも言えるかも」

「ちょっと見せて?」


 マリーは別段拒みもせず、他にも持っていた果実を俺に手渡してくれる。

 システム画面で『アイテムとしての効果』を確認すると、確かに副作用も何も無かった。

 ただ、魔力の回復量は確かに多いらしく、俺が食べても魔法の行使にとりあえずは困らない程度には回復する。

 俺に関しては魔力回路が未熟なので、MPの総量が多くても魔力が消費できる総量が少ないのでそちらを鍛えるのが急務なのだが。


「食べてもいい?」

「ん? まあ、良いけど」

「それじゃ、遠慮なく」


 匂いは悪くない、齧ってみるとアルコールの味がする、しかし果汁はドロリとした血みたいな舌触り。

 食べ過ぎると気分が悪くなるだろうなと思っていたが、不意に心臓が激しく脈打った。


「ぶっ!?」

「え、ちょ、なに?」


 あの日の……カティアが猫だった時に助けて、その後で発作を起した記憶が蘇る。

 違いが有るとすれば心臓が止まる事無く、早鐘を撃つように脈打っているのだが……。

 何故だか分からないけれども、男の象徴たる股間のブツがなぜか昂ぶり始めた。


 そ、そう言えば魔力って生命力でも有るんだっけ?

 って事は、カティアを使役しているにしても殆ど消費していない俺のMPに過剰供給を起してしまい、生命力──と同時に、性も昂ぶってる?

 ヤバイ、理性がなんだか溶け始める。

 楽になりたい、言ってしまえばトイレに駆け込んで全てを解き放ちたい。


 そんな事になっているとは露知らず、マリーが席を立って俺に近寄ってくる。

 あ、アカン。こう、普段意識しない所が変に刺激してくる。

 マリーの香りだとか、触れてきた時の手の感触だとか、間近で見る整った可愛い顔つきだとか、その表情が心配してくれているという承認欲求だとか、彼女の吐き出す言葉に連なって動く唇だとか──。

 そういった、全く気にも留めなかったものが全て俺の煩悩と本能を揺さぶる。

 

 くそ、何でこういう時に限って二人きりなんだよ!

 他に誰か居ればその人を強く意識して気を逸らせるのに、これじゃあどうしたってマリーを、彼女を──”女性”を意識してしまう。

 服の奥にある肉体だとか、胸にある双丘だとか、秘められた所だとか。

 ――無茶苦茶にしてやりたい、自分の欲で彼女を征服したい。

 どうしようもない、理性とは程遠い物が面に出そうになる。



→我慢しろ。そんな事、出来る訳が無い。

 ・我慢できる訳が無い。俺は彼女に倒れこむようにして押し倒した。



 ――出来る、訳が無い。

 脳裏で沢山の自嘲と卑下、そして自分のしでかした事や失態などを思い浮かべた。

 そしてそれらを理由に、彼女と言う存在がいかに素晴らしく価値のあるものかを自分に思い出させる。

 苦笑しながら、俺はマリーをゆっくりと離す。


「ちょ、ちょっと……魔力が過剰回復したみたいで。苦しい──」

「過剰回復──。へえ、そんなのもあるんだ」


 そんなのもあるんだ、じゃない。

 頼む、出て行ってくれ、帰ってくれ。

 そう言いたいが、言い出すと『自侭』が勝ってしまいまた理性ではない物が浮かび上がってきてしまう。

 脳の中でチリチリと焦れるものを感じながら、思考をする事で理性を何とか繋ぎ止める。


「それってどんな物? どんな感じ?」


 しかし、彼女は俺がかなり必死で色々な物を押し留めている事に気がつかない。

 むしろ研究や未知の事柄に対する興味で立ち去りそうに無かった。


「あ~、後で、良い?」

「後でだと情報の劣化があるでしょ。それよりも今起きている事柄を正確に知っておくと、後で困らないだろうし」

「ふ、っざ、っけ──」


 机に突っ伏し、俺は色々と考える。

 それから薄ら笑いを浮かべて、マジでコレが最善だと思ってるのか? と自虐的な思考をした。

 けれども、俺は自分が傷つく事で本来の目的を──彼女が穢されないで済むのならばと了承した。


「じゃあ、これから言うから。よく聞いて、聞いたら──部屋を出て行ってくれるか?」

「? なんだかよく分からないけど、いいわ」


 俺は薄ら笑いを浮かべたままに机に突っ伏して、自分の状態を事細かに全て叩き付けた。

 

「魔力が自分の限界容量を超えて過剰になったせいで、生命力が変に溢れて。その影響で男が男たる所以たるイチモツとやらも元気になって、本能や欲望といった物まで変に昂ぶってる。そのせいで肉体的、精神的な元気だけじゃなく生物や生命としての元気も出てきてしまっていて、今の俺は突けば弾けるような位かなり危うい状態にあるので、出来れば部屋を出て行ってくれないとプラスとマイナス、陽と陰、光と影、雄と牝、男と女と言う対になる存在であるマリーにどうしようもない被害が出てしまうので、自傷行為で自我を保ち出す前に去ってくれると有り難いのですが」


 相手の反応なんて関係ない、もう此方の全てを叩きつけてさっさと出て行って欲しかった。

 彼女が部屋に残っている状態でトイレに駆け込んで性の全てを解き放つ訳にもいかない。

 クソ、こんな時になって「発散するの忘れた」という事で辛い目に会うとは……。


 マリーは何も言わなかった、むしろ変な微振動……蚊の鳴く様な声で音を漏らしているだけだ。

 ゆっくりと、出来れば視界に入れることも辛い彼女を見る。

 すると、彼女は首まで顔を真っ赤にしながら紡ぎ出すべき言葉を見出せずに居るみたいだ。

 何かを言おうとするが、そのどれもが意味を成す前に消えていく。


 その顔を見て、反応を見て再び心臓が高鳴る。 

 やばいです、理性よりも欲が「マリーたん萌へであります!」と叫び倒している。

 歯を食いしばり、俺は立ち上がる。

 すると彼女は今までで一番女性らしく、身を竦めてビクリと震えた。

 待ってくれ、なにこの誘い受けみたいなの。

 普段の毒舌でめっちゃ攻めなくせに、攻められると弱いの?

 なにその萌えるキャラ、理性がががががが……。


 立ち上がる際に、なんだかパンツが温かくなった気がした。

 しかし、歯を食いしばったままに俺は彼女に近寄り、肩を掴む。

 ――目が潤んでいる、けれども拒絶しない。

 俺がどうするのか、何をするのかを待っているかのような──或いは、どうして良いか分からないと言った様相であった。

 

 彼女を引き寄せた瞬間、彼女が『女性である』という事を強く認識できた。

 少女ではなく、女性として認識してしまった。

 だが、俺は彼女をそのまま受け流すように立ち位置を変えると、部屋の出入り口まで背中を押していく。

 ドアを開き、彼女を押し出すと部屋の外に居た兵士が仰天しているのを見てしまう。


「彼女、部屋に送って? あと、俺調子悪いから、暫く寝かせて?」


 もう、口の端から涎が溢れそうだった。

 我慢のし過ぎで頭に血が上りまくって変な汗が流れまくっているし、もう涙までこぼれ出している。

 兵士が小刻みに頷くのを見ると、俺は扉を閉じてトイレに駆け込む。

 ……青臭さを放つパンツを脱ぎ捨て、その後『処理』とやらに大分時間を費やしたのは言うまでもない。

 

 股間のブツが痛くなり、欲よりも虚しさや悲しさが勝って悲観的になるとようやく落ち着いてきた。

 着替えを済ませ、顔をひたすら洗いまくり、服を洗い、換気を済ませ、ワインボトルを一気に一瓶空けるとそのままベッドに倒れこむ。

 自分の鼾が聞こえてるのに寝ているのか起きているのか分からない。

 そんな中で兵士だのヘラだのマリーだのが来た気がしたが、ほぼ無意識で受け答えをしていた。

 ただ、寝ているはずなのに疲れきった感じで、目を覚ました時には大分日も傾いた頃で……。

 おかしいな、睡眠って休憩や回復のはずなのになんで疲れてるんだろう?

 そんな疑問を抱きながら、立食会への準備をするしかなかった。

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