第8話

 一週間は七日間で、そのうち五日は平日という括りがある。

 自衛隊に居た頃は金曜日は花の金曜日、花金と言って階級問わず皆が笑顔を浮かべたものだ。そして月曜日の朝礼になれば気を引き締めて、怪我などの無いようにと言われて課業に入る。


「これから授業だって言うのに、そのアクビは何とかならないのかしら」

「ふ――悪い……。寝冷えてさ」


 夢の中で女神のアーニャと話しこんでいたせいか、眠気や精神的疲労を抱えたままに週頭の授業へと突っ込んでいく事になった。カティアは当面アリアの使い魔と言う事で分かれて行動し、それぞれに色々学んでいこうと言う事になっている。

 教員が立つであろう場所を中心に、半月のような感じで長い机が三つもの縦列に配置されていっている。段々に後ろの席になれば遠くなるが高くなるというその内装に最前列は大変そうだなとか見当違いな感想を抱いた。

 ミラノは中央列の前過ぎず後ろ過ぎずの位置に席を取り、俺は彼女の真後ろの席でどんな授業が行われるのかと思考する。授業開始には早すぎたようで、当初は全く人の居なかった教室にちらほらと生徒が現れ出した。アリアも少し間を置いて現れ、カティアは猫の姿で彼女の肩に乗っていた。


「あ、ヤクモ!」

「ちっす、昨日ぶり」

「あぁ、どうも」


 そして見かけたヒュウガとミナセの二人組み。彼らは俺がするよりも先に挨拶をしてきて、その分好感が持てた。なぜなら俺は使い魔なので、挨拶をお前が先にしないならしてやんね~という流れも想像していたからである。

 どうやらツルマ皇国の人は気さくで間違い無さそうだと考えていると、ミラノがちらりとこちらを見てきた。


「あんた、いつ知り合ったの」

「ミナセは昨日、ミラノが寝てる間に寮の傍で遭遇して」

「あんまり変なことは言わないけど、親しくなる相手は選びなさいよ」


 どうにも彼女にとってあの二人は”付き合うには考え物”という格付けの相手なのだろう。少なくとも良い人だなとは思っている俺には聞き入れがたい言葉ではあったが、時と場合によるだろうなと思考を切り替えた。

 平時において不用な友人は一人も居ないが、戦時になれば不要な友人はゴロゴロ出てくるという言葉がある。それと同じように、いざと言う時に足を引っ張るような人じゃなければ良いなと思っていた。

 映画のように「こんな場所に居られるか、部屋に戻る!」と出て行って見事に死んでくれたり、「こ、ここは危ない……逃げよう!」とか言って居場所をバラした挙句死んでしまうとか。そんなヒトだったら嫌だなとか思ってしまう。


「そういや、ミナセの傍にいるあの女の人は誰?」

「――あの人はユニオン共和国の良い所のお姫様よ。あのミナセと婚約関係にあって、政略結婚らしいけど本人は破棄するよりも”アレ”を鍛え上げる事を選んだみたい。

 名はルドラー・ニコライッヒ・エレオノーラで、同じユニオン共和国の人からはエレオノーラ・キャプテンと呼ばれてるわね」

「へえ」

「あそこの国が使う独自の武器を所有してて、かなりの強さを誇るわね。音がしたと思えば相手は倒れてるんだもの」


 たぶん、銃に似た何かを使ってるんだろうな。ユニオン共和国は若干科学よりの国なのかもしれない、変に突っかかっていってぶち抜かれたら堪ったもんじゃない。重要な情報を聞けてよかった……。

 ミナセとヒュウガ、そしてエレオノーラは左列の机に座ったようだ。そして出てくる羽ペンにインク、そして分厚い本に驚く。日本語の素晴らしさは一つの文字だけで理解を促せるところにある、だからこそ教科書は薄くなったんだろうなとか考えていると、後頭部に衝撃が走った。

 額を机にぶつけ、突っ伏す形で後頭部と額の痛みをじわじわと認識していく。耳には前に聞いた声が聞こえる。


「クハハ、こんな所に汚らわしい犬が紛れ込んでいるぞ? ミラノ、まさか連れ回しているのではなかろうな」

「ねえ、人の――私の使い魔を痛めつけないで」

「しかしなあ。分も弁えずに、我々と同じように椅子に座って居る。

 良いか、我々は優れた人なのだ! なればこそ、立場の違いというのを弁えさせねばならん!」


 アルバートだろう、口調も特徴的で良く分かりやすい。けれども、こんな事で怒りは湧かない。なぜなら理不尽な目には幾らでもあっている。少なくとも『あら、自衛隊? ヒトゴロシの練習ばかりして、ご両親もかわいそうに……』とか、訳の分からない事を言われたりしない。

 黙って机に突っ伏し、痛みに悶えるふりをしているとアルバートがアリアに話しかけているのを聞いた。


「ふむ、してアリア。机の上に居る猫は何だ?」

「この子はね、私の使い魔だよ? この前食堂で人の姿だったのを覚えてるかな」

「あぁ、あの時の見た目麗しい子女か。人に化けるとは優秀なのだな」

「そうかな~? そうなのかな?」

「あぁ、そうだとも」


 アルバートがカティアの事をべた褒めしているのを見て、少し以外だなと思った。ミラノたちの家柄に嫉妬して弱者である俺を攻撃してきたのかと思って居たが、別にアリアや猫姿のカティアに対して敵意を感じさせる声では決してなかった。

 ――となると、問題は俺か。小学生の頃にも虐められてたなと思い返していると、鼻血が流れているのに気がつく。何か無かったかなとハンカチを持っていることを思い出して鼻にねじ込んだ。全くもって情けない限りである。


「アルバート。そうやって自分よりも下位の人を虐めてると、お前の家名に傷がつくんじゃないか?」

「ヒューガ。お前の国ではそうかも知れんが、ここでは違う。やり方が違うのだ、口を挟まないで貰おうか」

「『特別ゆえに義務を有する』、ね」


 ヒュウガは、それ以上口を挟まなかった。それどころかエレオノーラに耳を引っ張られ、何か怒られている様に見て取れた。たぶん、エレオノーラもアルバートと同じ考えをしているからこそヒュウガの物言いに一言申したかったのかもしれない。

 俺は黙って席を立ち上がるとアルバートの方を見た。奴は腕を組んで俺を見ているが、気になったのはその背後に立つ小柄な影だ。男なのか女なのか――いや、スカートをはいてるから女の子か。アルバートの後ろで隠れているくせに、その無表情と感情を見出せない中で冷たい眼差しが俺の事をジッと見つめていた。


「なんだ、やるのか?」

「いや、地べたに座りますよ。なので、これ以上の騒ぎは止めてください」

「ふっ、クハハハハハハハハ! 気概も誇りも無いのか!?」

「争うと主人に迷惑がかかるので」


 そう言って俺は宣告どおり地べたに座る事にした。縦列の合間合間にある通路の一番後方、高いところにドカリと座り込む。有り難いことに目は悪くないし耳も悪くないので、授業で困る事はないだろう。

 猫姿のカティアが俺のほうに来ると、肩に乗って頬を舐めてきた。もしかしたら慰めてるつもりなのかもしれない。小声でアリアの方に戻るように言うと、名残惜しそうに戻っていく。そしてアルバートも暫くこちらを見ていたが、無視を決め込んでいると教員が来たのと同時に席について何事も無かったかのように演じる事を決め込んだ。

 そうしている内に授業が始まる、誰が出てきているかなんて教師の女性は確認しなかった。わざわざ俺の事を見つけて面倒な事になるよりはマシだ。それにしても、若いな……


「それじゃあ、魔法の構築に関して今日はやるわね。魔法を使うには、詠唱を使うことが殆どだと思うけれども、魔法陣を描くというやり方や術式を書き込んで使うというやり方もあります」


 其処まで聞いて、俺はストレージをこっそりと開いた。夢の中でのやり取りの通り、中にはプレゼントされた魔法の本が入っている。それを取り出して授業半分、読書半分に勉強を進めていく。その中で気になったのは”ステータス”という魔法だった。こっそりと唱えてみると、自分の能力値とその下にゲージが表示されている。

 想像するに、能力に該当する経験を詰んでいって、最大になると能力が成長する仕組みなのだろう。いまもこうやって本を読みながら色々考えているだけで、ジワリとIntと書かれたステータスの経験が増えていっている。肉体的に優れてるからと言って、知性まではどうにもならないかとステータスを見て苦笑した。とはいえ、知性なんかを急に手に入れたところで知識を使いこなすどころか、知識に振り回される自分が容易に想像できる。

 まあ、良いだろうと読み進めていたら、先日ミラノが騒いでいたであろう魔法に該当するものがあった。爆発魔法、エクスプロージョン。何も無い箇所に強大な爆発を起こすというもので、他の魔法に比べて前兆や予兆が無い。炸裂のバースト、爆発のエクスプロージョン、爆裂のデトネーション。違うのは規模、いわば火力くらいだ。

 なるほどなるほどと頷いていると、大きな音が前方から聞こえた。何事とかと見ると、教師がミナセの机を思い切り掌で叩いた音だったようだ。ヒュウガはそそくさと席を一つ移動した、エレオノーラもスッと戦略的撤退の如く離れる、残ったミナセは事情を把握し切れていないようだ。


「私の授業は退屈だったかな~? ん~?」

「あ、やっ、えっと――」

「机に押し付けてた頬は赤いし、涎はたれてるんだけどな~? どういうことかな~?」


 どうやらミナセは居眠りをしたらしい。たぶんミナセにとっての授業への不理解が退屈を生み、退屈から眠気を誘って轟沈したという流れなのだろう。それも仕方の無い事だろう、俺だって興味が沸かなければ理解できない事を延々と話されれば眠くなる。

 それでも魔法に対する興味があるのは、生きる為と自分の力を適切に引き出せるようにしたいと思っているからだ。自分の力を理解しない場合、適切な場面で力を行使できないか、或いは無用に暴走させてしまうかだ。

 力を特別なものだと考え、故に自分は特別なのだという思い上がりもしたくないので自分のことを理解する為にも、俺は学ぶ。


「キミ、今日の夕方追加授業」

「そんなあ!?」


 ミナセの悲鳴、そして教師が人差し指でチョンと額に触れるとポムという音がした。しかし、何かが起きたようには見受けられないが――


「え、何? 僕に何したのさメイフェン!?」

「どれどれ……。あぁ、リョウ。”僕は居眠りをしました”って書かれてるぞ」

「あら、これじゃまるで罪人みたいですわね」


 どうやら額に居眠りをしたと魔法で書き込んだらしい。喚くミナセをよそに、メイフェンという教師は壇上へと戻っていく。


「と、今みたいに詠唱をせずに魔法を使う事だって出来ます。ただ、四年目の貴方達でもこれを習得するには時間が足りないと思うので、存在だけは覚えておいてね」

「時間が足りない、というのはどういうことでしょうか」

「それはね、ミラノさん。自分に何が出来るのかを知り、適切な詠唱の仕方を覚え、魔法陣の書き方を覚え、詠唱と魔法陣を組み合わせた筆記の仕方を覚えて、その使い方を覚えなければならないから。

 つまり、魔法の使い方を詠唱のみでやってきた今の段階では不足が多すぎるのよ」

「――有難うございます」

「もし無詠唱魔法に興味があって、少しでもやってみたいなら私に聞きにおいで~。必要な資料とその題名、それとアドバイスくらいは出来るから」


 そして今しがた自分が行使した魔法に関して、別段秘匿するわけでもなく其処に辿り着ける道筋は示している。前に聞いた秘匿主義のような話はどうなったのかとか考えてしまったが、別に辿り着く方法を示しただけであって辿り着けるとはいってないのに気付く。

 ヒューガとエレオノーラがミナセの傍に戻り、ミナセが情けない顔をしていた。まあ、それも甘んじて受け入れるしかないだろう。”反省”とか言われて、ン百回も腕立て伏せさせられたり、重い半長靴を履いたままマラソンさせられたりしない分マシだ。

 再開した授業に、アルバートがミラノにこっそりと話しかける。


「な、ナイスだ。ふふ、今日は大人しく嵐が過ぎたな」

「ねえ、アルバート。私の使い魔が座っていた席を分捕って、しかも怖いからって私に隠れてしがみ付かないで貰える?」

「こ、怖いのではない。これは――そう、生物として当たり前の防衛本能というものだ!」

「そんなに怖いのかねぇ……」

「貴様は教室ごと吹き飛ばされる恐怖を知らぬのか!?

 あの方が怒り、撒き散らした魔力だけでも全員月の半ばは死体だ!」


 実際に目の当たりにしたことが無いとはいえ、アルバートはブルブル震えているし、ミラノも地獄の釜を覘いてみたような暗さを見せていた。たぶん酷い目にあったのだろう、俺もあの教師には気をつけようと思った。

 そして、俺相手に恐怖を語った事を我に返って理解したのか、アルバートは咳き込んで誤魔化す。


「まあ、貴様に分かるとは思えんがな!」

「分かりたくもないので、出来ればそのような状況に遭遇しない事を祈りますよ」

「教室が半壊し、気がつけば先ほどまで自分が居た教室を”見下ろして”いるのだぞ?

 あれは空を飛んでいるのではない、水平に”落ちて”――」

「アルバートくん、聞く気が無いなら出てけぇ!」


 メイフェンの一喝、一瞬で消えるアルバートと割れる窓の音。皆が気づいたときにはアルバートは窓の向こうで山なりに吹き飛んで落下していくところだった。


「――『風の精霊よ、彼の者に祝福を与えよ』」


 アルバートの傍に居た、あの無機質な少女が窓に急ぐと共に杖を取り出して詠唱をした。するとそのまま地面とキスをするはずだったアルバートの落下速度が緩まり、足からゆっくりと着地した。しかし吹き飛ばされた恐怖で腰が抜けているのか、一歩二歩とよろけてその場でへたり込んでしまった。


「先生。アルを拾いに行っても良いですか」

「直ぐに戻ってくるのよ、グリムさん。けど、戻ってくるまでにアルバートくんに、大人しく授業を受けるように言っておくように。出来ないなら来なくて良し、出来ないのならまた空を舞うことになるけど」

「分かった、伝えておく」


 そしてグリムと呼ばれた女子生徒は『有るべき物を有るべき場所に』と言って、何処からか箒を取り寄せた。そしてその箒に跨るとアルバートの方へとすっ飛んでいく。まるで風のようだ。

 カティアが近寄ってきて、胡坐をかいた俺の足の間にすっぽりと納まる。その行動にどのような意味があるのか分からないが、尻尾の毛が逆立っているのを見るに怯えているのだろう。

 大丈夫だよ~と撫でて見たら指を齧られた、なんでやねん。


「あの、メイフェン――先生。また給料無くなっちゃうんじゃ……」

「だ、大丈夫っ。今月はまだ、お金使ってないしっ!」


 そして恐怖の対象であったはずの教師は、お金に恐怖を抱いていた。



――☆――


 一日の授業は午前に二コマ、午後に二コマの計四コマで構成されている。八時から学校だとして、おおよそ一時間と半ばの授業が行われる。そして一時間くらいの休憩時間を挟んでもう一つの授業といった感じだ。しかし、午後は”ティータイム”という名称になっているのは、何か意味があるのかもしれない。

 午前の二つ目の授業はなんといきなりの武術の訓練時間だった。女子生徒は魔法の実技訓練で別になり、俺はと言うとヒュウガとミナセにつれられて闘技場にまで足を運んでいた。

 ミラノが俺の知っている人にお願いをしてくれたのだ、そのおかげでミラノという主人が居ない状態でも混ぜてもらえる。円形の闘技場で各々好きな服装に着替えている、もしかすると動きやすさと見た目を重視したいが為に発注して作らせているのかもしれない。


「練習用の武器が倉庫に保管されてるから、好きなのを使えば良いよ」

「色々な国の人が来るから、一通り色々あるんだ」

「へえ~」


 ヒュウガとミナセに言われて倉庫を見ると、確かに様々な武器が存在した。剣、刀、太刀、両手剣、双剣、槍、矛槍、斧、槍斧、メイス、ハンマー、エトセトラ、エトセトラ。よくもまあここまで幅広く集めたものだと感心したが、様々な国の人が八百年近く通い続けていれば要望だの何だので充実していくのは当然かと考えた。


「二人はどういうものを――」

「「敬語禁止」」

「――どういうものを使うんだ?」

「俺はまだしっくり来ないんだけど、手に吸い付くのは刀やナイフ、剣の類かなあ」

「僕は実家で教わってた格闘技が好きだから得物は使わないよ」


 一人は刀剣の類で、もう一人は格闘ときた。なんか特別階級らしくないなと思っていたらヒュウガがミナセのわき腹を小突いていた。


「呆気にとられてるから話せって、理由」

「わとと……。僕さ、子供の頃に誘拐されかけたんだよね。それで、事件前後で記憶を無くしちゃって身体も弱ってたからずっと家から出られなかったんだよ。

 それで、体力つけたりするのに格闘を教えてもらってたんだ」


 ――何その主人公設定。許婚がいたり、記憶喪失だったり、理不尽に振り回されたりとか……もう完全に主人公じゃん!

 しかし、羨ましいかと問われればたぶんノーと答えるだろう。勉強できない、魔法使えない、臆病で戦い向きじゃないと、まるでビンゴ大会のように穴を開けていき過ぎである。

 なるほどなあと頷いていると、ミナセは俺の手を掴んできた。


「記憶が無いもの同士で、頑張ろうねっ!!!」

「あはは……」


 ますます記憶喪失は嘘ですと言い出しづらくなった。眩しすぎる仲間意識見せる眼差しから逃れるように模擬武器を選んでみる。無難に長剣を選んだ、そして自分が装備しているナイフはストレージに放り込んで模擬ナイフを鞘に収めて腰から提げる。剣でとりあえず戦い、素早さを要する場面ではナイフを使う。とある潜入の得意な兵士も言っていたじゃないか、近接戦闘では銃よりナイフだと。

 そういえばアーニャから貰った銃もまだ試し撃ちすらしていない、実弾だけじゃなく魔力で弾を撃てるというのだから使い勝手は良いだろう。


「お、長剣か。特色無いけど、まあ普通かな」

「使ってたとか、なじみが有るの?」

「いや、剣を使うのは初めてだよ」


 まさか使っていたのが銃という彼らにとっては知らない武器で、おまけ程度にナイフを使っていたとは言えない。なので素人知識で剣を持ち、片手持ちや両手持ち、下段構えや上段構えなどと色々やってみた。

 けれども結局の所”片手での有利性、不利性”だの”構えによる得手。不得手”だのを考えると、拘っても仕方がないという結論に行き着く。そもそもど素人に分かる事なんて何も無いのだ、プロに師事を仰ごう。

 そう思って俺達はそれぞれの武器をもって闘技場の中心部へと入っていった。まるでコロシアムのような三百六十度観客席、芝のフィールド。クソ真面目な訓練模様を想像していたが、そんなでも無かった。


「授業ってどんな流れ?」

「好きにやれば良いんだよ。付き人が居る人はその人に教わったりするし、外から教えてくれる人を呼んで教わってる人も居るし、自由だよ」

「ヴィスコンティの人に言わせれば”社交場”で、ツアル皇国の俺達は”修練時間”で、ユニオン共和国の人からしてみれば”退屈な時間”で、神聖フランツ帝国の人にいわせれば”精神修行の時間”って言われてるよ。

 だから見てごらん、纏まりが無いだろう?」


 ヒュウガに言われ見てみれば、確かに纏まりは一切無かった。むしろ国毎に魔法使いが固まっていて、授業というよりは自由時間のように見えた。

 向き合って礼をし、二人一組で戦う奴等が居る。数名が列を作り、前に立っている一人の言うとおりに戦列の作り方や師事だしの練習をして居る。学生には見えない外部から呼び寄せたかもしれない人物が講釈を垂れていて、それを聞いている奴らも居る。

 つまり、この授業に関しては自主性などに任せているということなのかもしれない。


「自由だな~……」

「基本的に人を従える立場の人たちばかりだからね。自分が特別強くなくても良いって言う考えなんだよ」

「――まあ、そう言う考え方もあるよな」


 そう言って俺は、散兵戦術の多い現代とは違い、集団戦術や戦列が基本のような時代背景に少しだけ危機感を覚えた。魔法使いが集団になれば迫撃砲のような役割を果たせるだろう、熟練した魔砲使いになるとそれこそ遠距離から魔法で指揮官を狙い撃ちにしたり、身を隠して敵陣に入れるのかもしれない。

 自分の知っている現代戦の知識や常識が、根底から覆されかねないと思ったのだ。研究をしなければならないだろうと考え込み、まあ良いかととりあえず思考を放棄した。

 課題として積み上げなければならない一つに戦闘方法の理解と獲得、その二に戦闘方法から来る戦術の取り方、その三に戦術を理解した戦略のあり方だ。

 例えば分かりやすいもので言うなら突撃だが。ただ単に突撃ではそれ自体は敵にぶつかって行って勝つか負けるかで終わってしまう。

 では縦深攻撃というものにするとどうなるか。敵を突破したらどうなるか、当然敵の腹の中に飛び込めば周囲は敵だらけだ。けれども連続作戦行動によって前方に展開している敵を突破し、後方に展開している敵も突破した上で”後方にいる”味方と、敵を包囲して攻撃するというもうである。

 モンスターが居る以上戦い方を習得するのは意味が有る、そしてミラノと共に居る以上モンスターの大規模討伐などに連れて行かれて部隊や軍隊の運用などを目の当たりにする事だってあるだろう。

 その時に分からないが故に些細な事を見逃してしまうよりも、今苦労して自分の為に役立てるようにしておいたほうが好ましいと思う。


「魔法の使い方って色々で、ただ攻撃するだけじゃないんだ。例えば火属性で力を補助したり、土で耐久力を補助したり出来る」

「へえ?」

「魔砲使いって言うと詠唱したりしてる間は隙だらけで、近寄られると弱いって民衆は思うんだけど、そうじゃないんだ。遠くでは魔法をぶつけ、近くに来たら魔法で己を強化して遠近両攻が可能。だから魔法が使えるというだけで、普通の人よりも数倍の身体能力があるという見方も出来る」


 身体能力も補助できるとか、そりゃ革命が起きたりしないわけだ。近づく前にバカスカ魔法で攻撃されまくって、近づいたらボスキャラになって待ち構えてるとか――はは、なにその無理ゲー。そりゃ魔法使いが特権階級のままのさばれる訳だ、とは言え民主主義になるにはそう言ったものを解体しまくらなければならないのだろうが。


「それじゃ、俺とリョウでまずは練習してるから見ててくれよ」

「僕らの国では礼に始まり、礼に終わるから。参考にしてもしなくても良いよ」


 そう言ってから、ヒュウガはナイフを提げ、刀を左に帯び、右手でそのまま長剣を持った。どれだけ重装備になるのかと呆れかけたが、本人が自分に何が向いてるのか試行錯誤しているといっていたから仕方の無い事なのかもしれない。

 そして互いに向き合ってから詠唱する。


『『炎の神よ、その力を我等に賜れ』』


 二人して何か詠唱する、そしてそれが完成した所で俺には全く変化が見て取れなかった。けれども詠唱を終えた二人が次々と幾つかの詠唱を終えて、互いに準備を終えたのを目線のみで確認しあっていた。

 そしてスッと背筋を伸ばし、気をつけの姿勢になっておおよそ四十五度くらいに上半身を相手に向けておろした。まるで敬礼だ。


「「お願いします!」」


 礼を尽くし、互いに構えを取った。ミナセは格闘の構えで相手の目線を追っている、ヒュウガは片手で長剣を持ちながらもその左手は刀の鞘を持っていた。巻き添えを食らってはたまらないと俺は幾らか離れ、彼らを見ていた。

 しかし、見た目に変化がないという恐ろしさを俺は知る事になる。動きはプロではないだろう、むしろ無駄な動作が沢山あるように見える。けれどもその動作全てが戦闘訓練をつんだ人であるかのように素早く、鋭いのだ。

 相手に接近する為に蹴った地面が捲れる、ミナセの拳や蹴りが風を切る音が聞こえ、ヒュウガの持った長剣も負けないくらいの音を響かせていた。

 凄いと思ってみているのだが、他の魔法使いは二人を見て笑っていた。どうやら彼らからしてみれば”嗜み”であれば良い訳であって”武を極める”のは自分らの本分じゃないということか。

 個の武勇は確かに集団戦で率いる時にはあまり関係ないだろう。けれども、戦いを知っている人だからこそ人を束ねて動かす事ができるのだと俺は考える。


「ふっ、ここに居たか」

「――何でしょうか、アルバート様」


 そして絡んでくるアルバート。その表情は獲物を見つけたチンピラのようだ、わざわざ顎を上げてまで見下している。周囲には取り巻きが居て、多勢に無勢で”大多数による圧力”をかけて来た訳だ。


「やはり貴様には、痛みを持って理解してもらわねばならぬと思ってな」

「何をですかね」

「知れた事。立場の差、身分の差というものをだ。先ほども貴様のおかげで酷い目にあったが、貴様はそれに対して詫びようともしなかった。

 以前の貴様が何であれ、今の貴様は使い魔という身分。なればこそ、殊更違いというものを理解しなければならない!」


 そう言ってアルバートは自身の得物らしい槍を俺へと向けた。先端には突いても怪我をしないようにと保護がされているが、それでも打撲くらいはするだろう。そして彼が武器を向けると同時に、周囲の取り巻きも各々の武器をこれ見よがしに出してきた。


「もし”教育”されるのが嫌であれば、服従を示せ」

「と、申されますと?」

「そうだな、下着姿にでもなって丸まるのだ。そして百叩き、醜く腫れ上がった姿を今日一日晒して貰う。二度と変な気を起こさず、思い上がらぬようにな」

「――……、」


 沈黙しかなかった。ミラノには逆らうな、言うとおりにしろといわれた。しかし、今ここで言うとおりにして下着姿で醜い姿を晒す事が果たして良いことなのかを考えると、むしろここは抵抗しなければなら無い気がする。

 しかし逆らえばアルバート、ひいてはその取り巻きなどを含めた魔法使いのミラノへの印象が悪くなる。自分の従えている使い魔すら教育できないのかと嘲られる可能性が有る。

 考える、ミラノの体裁を守りながら出来るだけ良い道筋を。そして一つだけ思いついた、分の悪い賭け。もしかすると敗北を受け入れた流れになるかもしれない、そうなった場合は脱ぐしかなくなってしまう。だが、黙っていれば悪化するだけだろうと賭けに出る事にした。


「アルバート様、嫌ですねえ。自分のような出来損ないに、謝る以外の道は無いじゃないですか」

「だろうな」

「だって、逆らえば袋叩きに会う、脱いでも叩かれる。では、逃げるしかないでしょう」

「はっ、確かにな。ではこれならどうだ、我を含めた八名に勝つことが出来たならなかったことにしてやろう」


 ――まあ、そうなるよな。自尊心が強いのか、それとも虚勢をはって立派に見せたいのかは分からない。けれども、アルバートにとって一番良いのは『自分に逆らうとこうなる』という権力の誇示と『立派に戦っている自分スゲー』という妄想が出来るかどうかだ。

 失敗を恐れないモノは良いことばかり、良い面ばかりを空想する。それが果たして可能かどうかなんて考えない、下手すれば才能や能力に見合わない妄想を追いかけて空回りし、自滅する。

 けれども言質はとった、少なくとも後になって取り消したりはしないだろう。なぜなら、特別階級ゆえに発言の撤回が、いかにみっともないか想像できるだろうから。


「――可能性に賭けてみます」

「ふっ? フハハハハ! よし聞いたな貴様ら、この場に居る全てのものが証人だ。

 準備をするが良い、それくらいの猶予は与えてやる」

「感謝します」


 まあ、勝てるかどうかなんて分からない。けれども調子に乗らせておき、油断を誘っておけば幾らか勝機はありそうだと思った。

 敵が間違いを犯している時に、敵の邪魔をするなとはよく言ったものだ。油断、慢心、思考停止、想像の欠如――。今こうしてアルバート達は「自分たちをいかに格好良く見せびらかすか」を考えている事だろう、実際そのようなことを言っている。

 けれども、こちらは八人がどういう行動をするのか考えている。何名が後衛になるのか、何人が中衛として徐々に迫り来るのか、何人が前衛としてまず接近してくるのか。彼らの陣形は? 魔法をタイミングを図って撃つのか否か。それぞれの持つ武器の間合いと、それをどういう風に生かして連携するのか。武器が実はブラフでただ持っているだけに過ぎないのか、魔法で身体能力を強化した場合に主観で見た場合どうなるのか――

 考える事が多すぎる、けれども考えすぎて悪いことは何も無い。しかし、思考の海に溺れて動けなくなるのは更に悪いことだ。それでも「想定外」という言葉で自分の失敗を誤魔化したりなんかしたくなかったし――



 ――自分がかつて頭の毛に至るまでドップリと使った畑でまで、負けたいと思えるほどに負け犬には成り下がりたくは無かった。

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