レイン対魔王(5)

 レイン・シュドーと魔王による1対1の決戦は、いつ終わるとも知れず延々と膠着状態が続く、よく言えば互角の勝負だが悪く言えば全く終わりが見えない泥沼の戦いに突入していた。どこまでも相手を蔑み鼻で笑い続ける魔王は勿論、レインも一切諦める事なく、この戦いの中でも新たな戦法や魔術を習得しながら懸命に魔王という漆黒の外見に包まれた存在をこの世界から消し去ろうと懸命であった。だが――。



「……ふんっ!!」

「はあああっ!!」



 ――どれだけ魔王が消滅させようともレインは必ず蘇りそのまま攻撃をやめず、一方のレインもいくら魔王を攻撃しても致命傷には届かずあっと言う間にその部分を修復させられてしまい、自分の攻撃が無効化してしまう事態が続いた。最早どれだけ太陽が昇り、自分たちの周りをまわり、そして地平線の向こうへ沈んだか、レインは数えるのを放棄していた。そのような事を考えているだけ無駄、今は自分の無限の体力をすべて使って魔王を倒すのみだ、と彼女は文字通り戦いの亡者でいつづけようとしていたのである。


 だが、それでもやはり、レインの中には魔王に対して決定打を浴びせる事ができないと言う『焦り』の心が、隙を見つけては沸き上がり続けていた。勿論、自分の力の無さ、何時までたっても勝負を決める事が出来ないという不甲斐なさもそのような思いを抱いてしまう要因であったが、それに加えてレインにはどうしてもずっと気になり続けていた事があった。



「はぁ……はぁ……ふんっ!!」



 もうすでに何万、何億回経験したであろう、疲労した肉体や精神を拭い去り、この決戦が始まった当初の万全の体制に戻すという行為を行い、再びレインは魔王の懐に飛び込んだ。当然今回も魔王を串刺しにすることはできず、そのまま自分の武器と全く同じ銀色に輝く剣を交差させ、互いに押し合う事態になってしまった。このまま一気に魔王に魔術の球を打ち込むという戦法も勿論試してみたのだが、そのような姑息な真似など通用しないといわんばかりに、逆に自分にすべての球が打ち返され、魔王と距離を取らざるを得なくなる事態に陥ってしまっていた。だからこそ、魔王が目と鼻の先にいるにもかかわらず、レインは懸命に自らの武器に力とオーラを注ぐしか無かったのである。


 しかし、それは逆に言えば魔王が何を行っているか、目と鼻の先で認識できる、と言う事でもあった。

 そしてレインは今回も、魔王に何かしらの異変が起きているのを目の当たりにしてしまった。



(……また……またっ……もう……!!)



 どう見てもどう考えても、レインには魔王がを起こしているようにしか捉えられなかったのである。


 本来なら、自分が倒すべき相手の体力が少しづつ消耗していると言う事象は嬉しがるべきものなのかもしれない。何せ相手は、今まで幾度となくレインに辛酸を味合わせ、全ての人間、全ての魔物、全ての彼女たちを手玉に取るかのように動き続け、この世界からレインと自分自身以外の命をすべて根絶させる結果に導いた存在なのだから。にもかかわらず、レインは何度も魔王の肩が疲れを見せるかのように動き続けているのを見る度に、彼女の心には奇妙な不安が現れてしまっていたのだ。


 最初、彼女はそれを単に自分が抱いていた魔王の姿――決して屈せず幾らでも甦る無限の闇が崩れ去っていくことへの恐怖である、と感じていた。愚かな人間の一員であった頃のように突然の変化にいつまで経っても慣れる事ができないと言う自分の情けなさの表れかもしれないと思い、文字通り心そのものを新たな『心』に作り替える事でその不安や恐怖を捨て去ろうとしていた。自分に同情心を沸き立たせ、手加減を余儀なくさせようとする魔王の罠かもしれない、と言う警戒心もあったのだが、何度も何度も接近し、その度にほんの僅かだが魔王が見せる疲れのような仕草が大きくなっているようにしか、レインには見えなかったのだ。

 そして、彼女はその魔王の動きの中に更に奇妙な感覚――まるでその動きを、どこかで見たことがあるような不思議な感覚を抱き始めていた。それが何なのか、どれだけ月日がたち続け、何万回、何億回も魔王に吹き飛ばされ、魔王の体の部位を削いでもなお未だにレインは掴めないままだったのである。



「くっ……はぁ……はぁ……っ!!」



 幾ら捨て去っても現れるその疑問が、レインの精神にのような感覚をじわじわと溜め続けていた。

 だが、ついそんな自分の体の状況を外部にあらわにしてしまった時、彼女の目に飛び込んできたのは、遠くからでもはっきりと分かる、魔王の体の動きであった。疑いようもなく、魔王はのような動作と、に似た息遣いを世界に見せつけ続けていたのである。それを見た瞬間、レインの苛立ちは一気に膨れ上がった。



(……何なの……何なの、一体……!!)



 どう見ても弱みにしか見えない行動を何故先ほどから魔王は取り続けているのか、あれは罠なのか本心なのか、そもそも魔王は一体どうして自分をこの決戦の場に導き続けたのか、そもそも魔王は――。


「ぐっ……くううっ……!!」

(魔王……あんた、何者なのよ……!?)


 ――相変わらずその心を覆い隠し続ける魔王に対する思いとそれを暴ききれない自身への悔しさが、レインの中で頂点に達しかけた。

 そして、突如自分のほうに攻め込んできた魔王の一撃を何とか退け、その心を発散させるかのような大声で叫びながら自分の剣から作った特大のオーラの斬撃を吹き飛ばそうとした彼女は、ある事に気が付いた。その事に気を取られかけたせいで狙い通りに斬撃は進まず、あっけなく魔王によってかき消されてしまったが、それでもレインはしっかりと確信を得ていた。と言うより、何故この場に至るまで、何億回、いや下手すれば何兆回も訪れていたであろうチャンスをものにできなかったのかという後悔も心の中に現れていた。


 魔王そのものをこの世界から消し去るのも確かに勝利かもしれないが、様々な事を考えている心をこちらが完全に掌握し、相手を完全に屈服させることもまたであり、魔王の存在を根本からレイン・シュドーで塗ったくる事だって可能になる。そのために最もわかりやすく、最も明快で、そして最も行いづらいであろう方法、それは――。



(……ここだ!!)



 ――魔王が思い描く感情全てを常に覆い隠し、その真の心を外部に晒さないようにする、魔王にとっての最大最強の『壁』――あの無表情の銀色の仮面を、レイン自身の力で叩き割る事だ。

 思い立ったが即実行、彼女は斬撃を消した際に舞い上がった砂塵が落ち着いたのを見計らい、自らの剣を魔王の顔に向けて横から振りかざした。しかしそれは同時に非常に姑息かつ稚拙な手段であった。当然だろう、彼女が行った行為は自身の作戦を魔王に読み取らせるのとほぼ同等だったのだから。そして、彼女の一撃は呆気なく魔王の掌によって防がれ、仮面にヒビ1つ入れられないままレインの体はまたもや吹き飛ばされてしまった。



「……見え透いた手を、今更使うとはな……」

「……やっぱり、ばれちゃったか……」


 だが、レインは大して気にしていなかった。どうせ隠しても魔王はすぐ自分の考えを読み取り、的確に反撃を行ってくる。だったらこちらから先に宣戦布告を行った方が楽だし、その後の戦いでも互いにそちらへ意識を集中しやすくなり、無駄な動きなく戦いを続ける事ができるだろう――無茶苦茶な理屈かもしれないが、彼女には確固たる自信があった。不安も何もなく、絶対にこれならいける、という、心から湧き上がる本当の自信であった。



「……ならば、こちらも手を明かそう……レイン・シュドー、貴様のオーラ1欠片全てが標的だ」

「……上等よ、魔王……」



 そして、レインは再び魔王に対し、不思議な感覚を覚えた。

 冷徹な口調で隠そうとしているが、魔王は今、自分自身に対して苛立ちを覚えている――仮面によって覆われているはずの心を、何故かはっきり感じたのだ。こちらには確固たる自信などない。だが、レインは着実に魔王に対して、尊敬とも畏怖とも恐れとも憎しみとも違う、別の感情を抱き始めていた……。

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