レイン、征服

「「「「「……ふう……」」」」」



 心地よい雨の香りの『記憶』と共に、地下空間のレインたちは遥か遠くの地上――昨日まで数十人の村人が暮らしていた、世界最後の人間たちの居住地を覆いつくす何万人ものレインたちに共有させて貰った経験をたっぷりと心の中で反芻していた。鍛錬でへとへとになった肉体や精神も、すっかり癒されたような気分になっていた。

 そして、地下空間のレインたちは遠くにいる別の自分の言葉の意味を、ようやく理解することが出来た。確かに、あの村長の妻が語った、自分たちだけ行き当たりばったりで暮らし、変化を敢えて望まずその日暮らしを続けるという生き方は、常に前に進むことを望むレインたちとは相反するもので理解しがたいものであった。その点は、昨日のうちに征服した自分たちの判断は全く間違っていなかった、という認識で一致していた。だが、その妻、そして村人たちの『考え』そのものは、決して愚かでも哀れでもなかった。ダミーレインという誘惑にも頼らず、世界が滅びるという絶望にもめげず、最後まで自分たちの思いを貫き通したその生きざまは、敬意に値するものだ、という考えもまた、れいんたちの中で一致していたのである。



「「「「その日その日を、大事に生きるってことよね、要は……」」」」

「「「「目先の利益を敢えて求め続ける、って事かもね……」」」」


『『『『それはそれで、面白い生き方かもねー』』』』



 あまり真似したくはないけど、と一斉に声を揃えて苦笑したレインたちであったが、そんな中でも僅かながら参考にすべき点は存在していた。今までずっと鍛錬に明け暮れ、ただ迫りくる魔王を倒すための準備を整え続けていた自分たちの凝り固まった考えを崩してくれる、素晴らしい考え方であった。それは――。



「「「「「行き当たりばったりっていうのも……」」」」」

『『『『『たまには、ありかも?』』』』』



 ――鍛錬を、と言うものだった。


 あの村の人たちが最後まで明るく呑気に暮らすことが出来たのは、まさしく今日が楽しければそれで良い、今日が苦しくても明日になったら楽しいに決まっている、と言うその日その日だけを大事にするような行き当たりばったりな空気が大きな要因であった。しかし、それを言い換えれば今日が駄目でも明日はうまくいく、今日やらなくても明日は案外やれるかもしれない、と言う、深く考えすぎたせいで泥沼にはまり、解決策を見出せなくなりかけた時にとても大事になるな思いでもあった。特に説得力を強くしたのは、恐ろしい魔物によって明日滅ぼされるかもしれない、という状況でも、村人たちはその呑気な思いを曲げる事がなかったと言うことである。それはまさしく、魔王によって消されるか、魔王との戦いで呆気なく敗北してもおかしくない自分たちの立場と重ね合わせる事が出来る状況だった。



「「「「「失敗しても、その時はその時、か……」」」」」

『『『『『ある意味じゃ、私たちはあの村の人たちに「敗北」しちゃったのかもしれないわね』』』』』

「「「「それもそうねー、結局は覚悟してた通りの結果にしちゃった訳だし」」」」



 しかし、最後の人間たちに負けてしまった、という言葉とは裏腹に、レインたちの表情はどこか和やかで優しいものになっていた。鍛錬をし続けなければならない、このまま魔王に負けるわけにはいかない、と言う彼女の心を苦しめた信念が、少しづつ薄まってきたからである。勿論、魔王に負けないという意思は揺るがなかったし、滅びの運命を受け入れる覚悟を決めていたという村人たちに『勝利』を収めるには、その滅びをもたらす存在である魔王に勝つ必要がある。だが、あまりに気を揉みすぎるのも逆効果だ、とレインたちは考えるようになってきたのだ。それに、今まで自分たちは幾多もの鍛錬の中で、何度も生死の境を彷徨い、完全に浄化されかけた事も多数ある。それらの経験を応用する事が出来れば、もしかすると魔王との戦いの最中でも、今までずっと出来なかった事が可能になるかもしれない、と。


 とは言え、レインたちは慎重な考えを崩すことはなかった。楽観的になるのは良いことだが、あまりにそれが行き過ぎると油断につながり、果ては大半の人間たちのような情けない醜態をさらすところにまで至ってしまう。そのバランスをうまく整えないと、自分たちの目標にたどり着くことは出来ない――改めて、『その日暮らし』と言う一見楽そうな考えを最後まで貫き、そして日々の暮らしを楽しいまま終えることが出来た村の人たちを、レインたちは素晴らしい逸材だ、と感じ、同時に越えなければならない新たな壁である、とも実感した。



「「「「言い方はあれだけど、真面目にサボるって事か……」」」」

『『『『でも、レインたちだって真面目さじゃ負けてないわよね♪』』』』

「「「「「「ふふ、それもそうね……♪」」」」」」」



 とにかく、今まで気揉み過ぎたのは真実である。これ以上やり過ぎるとほかの鍛錬もおろそかになってしまうという事も踏まえ、レイン・シュドーは改めて『無』に帰すと言う鍛錬を行わず、魔王との決戦まで放置しておくという方針を確かめ合った。その代わり、本番でのとっさの判断がこなせるよう、最近時間が短くなっていたかもしれない剣の素振りやオーラの放出などの基礎を固めなおす事にした。たとえ凄まじい力を持っていても、今のレインは限られた時間の中で可能な鍛錬の工程を考えなければならなかった。

 昔に魔王が見せてくれたような、過去も未来でも自由に行き来できる力が備われば、あの村人たちが行っていた真面目にさぼり続ける事も十分可能かもしれない――常に前を見据え、進歩を求め続けるレインたちには、現段階ではあの生き方は難しいようであった。


 ただ、決して不可能という訳ではない、とレインは信じていた。

 ずっとずっと遠い未来、憧れに過ぎなかった1つの大きな目標を、長い時間をかけてついに達成できた、と言う証拠が、レインたちの中にしっかり刻まれているのだから。



「「「「まあ、ともかく……これで、世界から人間は『1人を除いて』レインになったって事よね」」」」

『『『『『そうよね……本当に、長かった……』』』』』


「おめでとう、レイン♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」おめでとう♪』おめでとう♪」…



 純白のビキニ衣装の美女たちが互いを称えあう言葉の大合唱は、やがて世界のあちこちに伝播していった。

 その喜びの声に耳を塞ぐ者は、もはやこの世界からは消え失せた。どこまでも続くこの世界は、レイン・シュドーたちによって覆いつくされる場所へと完全に変わったのである――いや、正確にはほんの僅かだが、まだ変わっていないものがあった。だが、それも彼女たちにとっては、ほんの些細な事だった。



「……うぅ……」



 トーリス・キルメン。この世界最後の人間など、いつでも消し去ることが出来るのだから……。 

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