レイン、未遂

「「「「「あーあ……」」」」」

「「「「「「うーん……」」」」」」


 魔王に囚われの身となってから日々ずっと暮らし続けていた、世界の果ての地下に無限に広がる空間は、全身から心地よい香りとともに汗や湯気を流す純白のビキニ衣装の美女、レイン・シュドーでぎっしり埋め尽くされていた。床や壁は勿論、天井付近にもまるで天地が逆さになったかのようにレインが大量にもたれかかり、あたり一面を自分自身で覆いつくしていたのである。しかし、その表情にあまり明るさは見えなかった。ここ最近、魔王との戦いを本格的に意識した鍛錬を続ける中で、彼女たちは何度も同じ失敗を続けてしまっていたからである。


 確かに、同じ流れの鍛錬を何度も何度も行ううちに、次第にレインは魔王にどう対抗するか、様々な手段を編み出すようになっていった。体が傷ついた際の再生時間を早くしたり、漆黒のオーラを凝縮させて被害を最小限に抑えたり、光のオーラで跳ね返された攻撃を吸収して無効化したり、様々な策を試すことが出来た。目の前にいる相手がレインではなく、レイン・シュドーと同じ姿かたちをした『魔王』である、と自分の心に言い聞かせると同時に、自分もまた相手にとっての『魔王』である、と思い続けることで、文字通りの死闘を繰り広げ、実践に近い形での戦いを可能にしたのである。

 

 だが、その思いを最後まで徹底することはどうしても出来なかった。

 魔王が繰り出すであろう一手――一切の戸惑いなく、あらゆるものを『無』の状態にしてしまうオーラの塊を放ち、目の前の鬱陶しい相手をこの世界から完全に消し去る、と言う手段だけは、どうしてもレインの手では再現できなかったのである。決してレインがそのオーラを模倣できない訳ではない。今の彼女の力なら、魔王に匹敵するかどうかは分からないが、同じようにどんな標的でも完全に消し去る力を持つオーラを創り出す事が出来るからだ。だが――。



「「「「……やっぱり無理、出来ない……」」」」

「「「「「「私も同じ考えよ、レイン……」」」」」」



 ――自身の視界に入り続ける、黒髪と美貌、豊かな胸と滑らかな腰つき、そして純白のビキニ衣装のみを身に纏いながら縦横無尽に戦いを繰り広げるレイン・シュドーを消し去る事など、レインには出来なかったのである。自分の数を増減させる、というレベルではない。下手すれば、レインという存在そのものを自分の力で消去し、二度と復活できない状態に追い込んでしまう可能性があったからだ。どうしてもレインには、そのような残酷な仕打ちは出来なかった。ふとしたきっかけで昨日までの友と殴る蹴るのけんかを繰り広げてしまうような愚かな人間のような行為など、したくなかったのだ。


 だが、レインにはどうしてもこの鍛錬をしなければならない理由があった。



「「「「「うーん……それでもあのオーラを私に当てないと……」」」」」

「「「「「「魔王の攻撃に対処できないし……」」」」」」



 どのような段階でも、確実に魔王は辺り一面を無に還す攻撃を仕掛けてくるに違いない。それに対抗するためには、まず自分を何もない存在=無に変える必要がある。そこから元の状態へ戻る過程を身に付けなければ、この一撃だけで自分の敗北が決まってしまうのだ。今までずっと積み重ねてきた経験も、自分同士の楽しかった日々も、全てが無くなってしまうことは絶対に避けなければならない。だが――。



「「「……駄目、どうしても無理……」」」



 ――心の中で想像しても、レインは自分の姿が完全に消える直前までしか思い描くことが出来なかったのである。

 これではまるで、同じ失敗を繰り返し続ける愚かな人間たちと同じではないか――目標が今にも達成できそうな状況の中で、レインは今までにない苦悩を強いられる事態になった。しかも今回は、過去のダミーレインやゴンノー、人間たちのような憎しみをぶつける相手も存在せず、ただ自分自身が悪い、という完全な自己責任の案件である。勿論その事はしっかり理解していたし、ほかの自分に責任を押し付けると言う卑怯な真似は一切想定していなかったが、それ故にレインはより一層苦しい思いを抱かざるを得なくなってしまったのである。



 一体どうすれば、魔王に勝つための手段を得る事が出来るのか――皆で困惑の表情を見せあった、その時だった。レインたちの心の中に、ここから全く離れた別の場所にいる数万人のレインたちからの連絡が入ったのは。



『『『『『あれ、レインどうしたの……?もしかして、今日も……?』』』』』

「「「「「「うん……またに出来なかった……」」」」」」


 昨日までの記憶を共有していた他所のレインたちもまた、ここのレインが経験した本日の鍛錬の記憶を貰い、同じような気分になった。このままでは魔王に勝てないが、自分自信を消去する事もまた非常に難しい、と言う焦りを、彼女たちは共有したのである。


「「「「一応、無に還すオーラ自体は再現出来るんだけど……」」」」

「「「「「毎回相討ちになって、ダメージが一切入らないのよね……」」」」」


 だが、その焦りに対しての思いは、レインたちによって異なっていた。こちら側のレイン――地下空間を埋め尽くし、純白のビキニ衣装を辺り一面に晒し続ける彼女たちが解決策を見いだせない状態になっていた一方、はるか遠い別の場所にいたレインたちには、ある思いが浮かび上がっていた。そして、彼女たちはこれから自分たちが経験した出来事の記憶をそちらへ送る、と告げた。

 昨日、人間たちが暮らしていた『村』を、レイン・シュドーが覆い尽くす空間へと変えた記憶を。


「「「「……あぁ、そうか……そうだったよね……えへへ♪」」」」

『『『『『そうよレイン、昨日作戦を決行したじゃない♪』』』』』

「「「「「ごめんごめん……♪」」」」」


 非常に重要な事柄だったのに、鍛錬に夢中になっててすっかり忘れていた、と謝罪する地下空間のレインたちの顔に、少しづつ笑顔が戻り始めた。昨日の夜をもって、ついにこの世界からたった2人の例外を除いて人間と言う存在は永遠にこの世界から消え去ったのだから。長く苦しい日々もあったが、ついにこの日が訪れたと言う事を改めて痛感したレインの心に、安らぎの思いが溢れ始めたのである。

 だが、すぐその安易な思いは消え去った。確かに人間は消えても、まだ大きな壁=魔王が残されている以上、安心してはいられない、と言う油断大敵の心が、代わりに湧き上がってきた。そんな地下空間のレインたちに向けて、遥か彼方の地上にいる別のレインたちは、もしかしたらこの記憶が、焦りを解消する良いきっかけになるかもしれない、と連絡した。



「「「「きっかけ……どういう事……?」」」」


『『『『『『それは記憶を確認してほしいだけど……ね、レイン?』』』うん、でも先に言っておくと……』』』



 その村に住んでいた人間たちは、決して愚かで醜い存在ではなかった――その言葉に、地下空間のレインたちは俄然興味を持った。確かに、彼女たちがこれまで出会ってきた様々な人間の中には、欲望と堕落、憎悪と虚しさに満ちた典型的な者たちとは全く異なる、勇敢で優しく、英知に溢れた者たちが少なからず存在していた。滅びを静かに受け入れようとしたお婆さんや、苦しい状態になっても明日の希望を忘れない親子、そしてレイン・シュドーと瓜二つであったかつての美しさや知性、そして優しさを最後まで失わなかった女性議長リーゼ・シューザ。


 彼らと並ぶような存在とは、一体どのような人たちだったのか――少しづつ送り込まれ始めた別の自分の記憶を、レインたちは静かに堪能することにした。

 世界最後の人間たちの中に、悩める自分たちの答えを求めるかのように……。

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