レイン、享楽

「……イン、ほら、レイン……」


「ん、んっ……あっ……」

「……ふふ、おはよう♪」


 洞穴の中でぐっすりと眠りに就いていたレイン・シュドーを起こしたのは、彼女の体をずっとゆすっていたもう1人のレイン・シュドーだった。目の前に映し出される、純白のビキニ衣装を纏ったまま垂れ下がるたわわな胸やそこから覗く谷間を眺め頬を赤らめる事で、ようやくレインは眠気から脱することが出来た。


 ゆっくりと立ち上がった彼女が傍を見ると、そこには既に誰もいなかった。一番楽な行動をしていたはずの自分が、気づけば一番疲れていたのかもしれない、と苦笑するレインの健闘を称えながら、もう1人の彼女は一緒にこの場所から出ようと誘った。

 そして、昨日まで3人の勇気ある親子が最後の吐息をたてていた場所に、感謝を込めた笑顔を向け、レインは『旅人』としての任務を終え――。


「「「おはよう、レイン」」」


 ――あの親子から生まれ変わった、新たな3人のレイン・シュドーが嬉しそうな表情で待つ洞穴の外へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~


「「「「あーなるほど、通りで……」」」」

「「「『私』になる前の3人が暮らしていた場所って……」」」


 昨日征服し終わったこの村だったのか、と言う驚きと納得の声がレインたち全員から漏れたのは、それから数時間後の事だった。

 

 普段通り、自分がレイン・シュドーである事が気づかれないよう何重にも魔術をかけた上で、美しいビキニ衣装を覆い隠すようなぼろ布を創造した上で『旅人』となって親子と接触したレインは、彼女たちが経験してきた辛く厳しい日々をこっそりその記憶から読み取り、内心怒りと呆れの心を湧き立たせていた。確かにここ最近、敢えて配給物資の量を少なくして人間たちの動きを観察しようとしていた彼女たちであったが、彼女たちのような弱い立場にいる者を苦しめている現実が起きている事を腹立たしく感じたのである。

 ただ、そこで読み取った光景に、レインは何故か既視感を覚えた。辛く厳しい日々の方が鮮明に刻み込まれていた事や、彼女自体が親子との交流に重点を置いていたためそれ以上は踏み込まなかったが、翌日になってその理由をようやく彼女は知ることが出来た。この渓谷を完全にレイン・シュドーのものにするべく征服した村こそが、親子の故郷であり地獄だったのだ。とは言え、知らないまま征服していた方が良かったかもしれない、と言うのが、記憶を統一したうえで大きな広場に集まった数万人のレイン・シュドーの思いだった。ネチネチと時間をかけて征服することで、逆に自分たちの中の苛立ちを強くしてしまうかもしれない、と考えたからである。



「「「「本当に可哀想な人たちだったよね、レイン……」」」」

「「「「「「うん……」」」」」」



 世界の全てをレイン・シュドーに託した女性議長リーゼ・シューザの聡明さには及ばないかもしれないが、それでもまだ清らかな心を持つ人間が僅かながら存在していた事に、レインは喜びを抱きながらも同時に悲しみも抱いていた。破滅へ一直線に向かう人間たちから少しでも外れた存在は、あっという間に差別され、駆逐され、安住の地から追放させられる事になるのだ、と。


 初めて見た時の、自分の姿に怯えながらも懸命に勇気を振り絞ろうとした親子の姿を改めて思い出しながら、レインは改めてこの世界を真の平和へ導かなければならない、と言う意志を確かめ合った。愚かな人間たちがほんの僅かでも残っていれば、またあのような悲劇が繰り返されてしまう。一刻も早くとはいかないが、それでも確実にその数を減らし、レイン・シュドーと言う真の平和を創り出すものによって世界を覆わないといけない、と。

 そしてそれは、彼女だけの思いではなかった。



「「「「そうよね、あの子たちは間違いなく言っていた……」」」」

「「「「「この私が憧れの存在なんだって……」」」」」


 以前はライラの事を忘れている、結局は形だけだ、と人々の憧れの心を斜めに見る事が多かったレインたちであったが、苦境の中で失いかけた勇気を無事に取り戻したあの子供たちの言葉は本物だ、と彼女は感じ取っていた。今の自分は『勇者』でもなければ『魔物』でもないが、それでも失敗を恐れず、例え失敗しても立ち上がる事で、その思いに応えたい――やる気に満ちた声が、平和を取り戻した村を覆い尽くした。



「「「「……さて、無事任務は終わった事だし……」」」」

「「「「「ふふ、そうねレイン、思いっきり……ね♪」」」」」



 思う存分この村を美しく改造すると同時に、たっぷりレイン同士での戯れを楽しもう、と動き始めた時だった。ここにいる何万人もの自分よりも何万何億、いや何兆倍もの大きな響きが、彼女たちの耳に届き始めたのだ。そして、その方向――レイン・プラントに埋め尽くされながらどこまでも続く肌色の渓谷から、一斉に黒と白、そして肌色の塊がこの場所へ向けてやって来るのを見た時、レインたちの顔は一斉に笑顔へと変わった。

 そう、今回の任務は単にあの親子と接し、人間たちの現状を確かめる事だけではなかった。まだ残していた部分があったこの渓谷を、完全にレイン・シュドーのものにするという目標を達成するためでもあったのだ。その喜びを皆で分かち合うべく、レイン・プラントに覆われ、レインの川が流れ、レインが霧のように充満する『レイン渓谷』とも呼べる場所から、ビキニ衣装の美女が一斉にこの場所へやって来たのである。



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 あっという間に村の中は、ビキニ衣装から逞しさと美しさを醸し出す、子供たちの憧れであるレイン・シュドーで埋め尽くされてしまった。道は勿論、屋根も壁も、空までもあっという間に彼女でぎっしり埋め尽くされ、四方八方で笑顔の彼女が触れ合う場所に変貌してしまったのである。


「あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」あぁん♪」あははは♪」…


 愚かな人間たちの如く、恒常的に羽目を外し過ぎるのはご法度だが、だからと言っていつも真面目な態度ばかりでは疲れてしまう。こうやって自分の胸や腰、お尻に太もも、あらゆる部位の感触を堪能しあいながら、数限りなく増える自分の声の中にうずもれる時間も乙なものだ、と興奮を露にしながらレインたちは感じた。

 そして、戯れの中で再び記憶を統一し合いながら彼女たちは誓い合った。このような平和と希望に満ちた光景がいつでもどこでも味わえる世界を絶対に創り出して見せる、と。






 愚かな人間たちが必死にもがき続けている町や村の数は、間もなく二桁を切ろうとしていた……。

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