レイン、渓谷

 朝起きては増え、散歩の合間に増え、鍛錬も兼ねて増え、食事の美味しさを共に味わうべく増え、そして夢の中でも増え続ける――あらゆる手を使い、純白のビキニ衣装から健康的な肌と引き締まった肉体を存分に見せつけ、毎日のように愛で続けるレイン・シュドーは、その手段の中で他者を利用することも決して厭わなかった。いや、実際の状況に即していえば、彼女たちの心には『利用する』と言う邪な感情すら湧いていなかった。それどころか、美しい存在を増やし続ける力を身に付けさせる事は何よりも幸せな事だと考えていたのだ。


 無限に拡張され続ける世界の果てにある生産施設もその一例だが、それ以外にもレインは似たような場所を幾つも設けていた。


「あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」…


 斜面も頂上も上空も、あらゆる場所が全く同じ姿形をした美女で埋め尽くされたこの渓谷も、その1つであった。


 生産施設でダミーレインが無尽蔵に作られ始める以前から、レインたちは身近に存在する命あるもの――例えどのように環境が変化しても、決して逃げることが許されない植物と言う存在を味方につけ、新たな自分自身を創り出す『レイン・プラント』に改良し続けていた。例え水が無くなろうと日照りが続こうと嵐が吹こうと、いつまでも枯れることなく命を繋ぎ続ける力を植物に与える代わりに、純白のビキニ衣装の美女が生まれる卵のような透明の果実を未来永劫作り続ける義務、いや使命を与えたのである。もし植物がレイン・シュドーのような言語能力を身に着けていたとすれば、レイン・プラントに変貌したそれらの命は、お揃いの大胆な衣装に身を包んだ存在と同じ心――もっともっとレインを増やしたい、レインが増えることが何よりの幸せだ、と常に嬉しそうに語っていた事だろう。


 ただ、各地の山や森を次々にレイン・プラントが生い茂る場所に変え続けるというレインたちの行動は、人間側に就いた裏切り者の魔物の暗躍により中断され、戦況がこちら側に有利となるまで現状を維持し続けることを余儀なくされていた。そして、紆余曲折の中でその条件を見事に達成することが出来た事で、レイン・シュドーはこれまで以上に世界中のあらゆる植物を自分と同じ意思を持ち、無限にレインを増やすことを第一とする存在へと変えさせていったのである。


 そして、レインたちはあふれ出る欲望――今よりも何倍も、いや何億何兆倍も自分の数を増やし続けたいという思いを告げるかの如く、レイン・プラントに変化を促していた。さらに効率良く、レイン・シュドーを実らせるために。

 その成果は、すでにこの渓谷を覆い尽くす『植物』たちに現れていた。



「「「「あぁ……本当に良い景色ね……♪」」」」

「「「「「「ふふ……どこまでも広がるレインの色……♪」」」」」」」


 黒、白、肌色が入り混じる空を覆うレインたちがうっとりしながら眺めていたのは、先程自分たちが生まれたばかりの山肌だった。つい最近まで、新たなレインを生み出す巨大な果実が点在しながらも濃淡様々な緑に溢れ、太陽の日差しをたっぷりと受ける葉が生い茂っていたはずのこの場所は、空と同じように黒と白と肌色――レイン・プラントを支える幹や茎の色で塗ったくられていたのだ。

 いつまでも枯れる事が無い永遠の命を得たのならば、わざわざ緑色の葉をつけるための労力を使わなくても良いはずだ。いっそもっと自分たちの体を強くしてレイン・シュドーを生み出すための果実のみを数限りなく実らせた方が幸せではないか――レインたちが行ったのは、得意の魔術の力によって無数の植物に訴えかけるという術だった。その提案を、レインと同じ思想を持つ植物たちが断わるわけは無かった。あっという間にレイン・プラントは自分たちの体を作り替え、一度に何十何百もの人間大の果実を実らせるほどに成長し、全ての葉を散らし、ビキニ衣装の美女を増やしたいという欲望を存分に発揮したのである。

 更に、レイン・プラントは自分たちの体を理想の存在であるレイン・シュドーに近づけるかの如く、残された幹や茎の色や形を変化させ、まるでレインがそのまま草木になったかのような肌触りや色を作り上げていった。


 そして、レイン・シュドー数百人分の高さにまで成長した一部のレイン・プラント――『レイン・ツリー』は、もっともっと効率よくレインを増やすための変化を遂げていた。途轍もなく頑丈に変貌した大量の枝に膨らむ肌色の蕾から毎日のように咲くのは――。


「ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」…



 ――どんな花よりも可愛らしく、生命力に満ち溢れたレイン・シュドーだった。まるで花粉を散らすかの如く大量のビキニ衣装の美女が霧のように広がり、空へ山へと飛び立っていくのである。


 空を舞うレインたちの視界に入るのは、どこまでも広がるの理想郷だった。美しい髪の色、艶やかなビキニ衣装の色、そして世界で最も麗しい素肌の色――このような景色を存分に楽しめる日がようやく訪れようとしている事に、彼女たちは皆一瞬安堵の思いに包まれた。勿論、まだまだ完全に世界を手に入れたわけではない、と言う事実をすぐに思い出し、互いに決意を新たにしたのだが。


 そんな上空のレインたちに向け、笑顔で手を振りながら歩き続けるレイン・シュドーの一団があった。



「あはは、レインー♪」見えるー?」私、レインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」私もレインよー♪」…



 彼女たちが列を成している場所には、つい最近まで大きな川が流れていた。緑豊かだった森から存分に栄養を受けて多くの命を育み、澄み切った流れで下流にあった人々の町や村に安らぎと癒しを与え続けていた。愚かな人間たちは、この川にまで救いを求めるようになっていたのだ。


 そんなどこまでも自分たちの非を認めないかのような情けない根性を、レインたちが許すはずはなかった。レイン・プラントをより理想の姿に近づけるのと同時に、この川も自分たちにとって最高の形――純白のビキニ衣装の美女が無限に溢れ、どんな要素よりもたくさんの安らぎや癒しを与える空間へと作り替えたのである。それが、レインたちのたわわな胸が背中に幾らでも当たってしまうほどに密集した彼女たちが、へ向かって歩き続けるこの光景だった。



「あぁん、レイン♪」ふふ、ごめんごめん♪」こんなにレインがいるから仕方ないわよ♪」あはは、そうよね♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」…



 四方八方、至る方向からでレインの素肌が自分に触れ、背後からは豊かな胸の感触を常に感じ、自分も別のレインの背中の滑らかさをビキニ越しに味わい、そして霧のように空に舞うレインたちを眺めることが出来る――どのレインも、皆その顔に嬉しさを滲ませていた。どこまで歩き続けても、レイン・シュドーと一緒なら全く苦に感じないし、もっともっと楽しみたくなる、そして――。


「「「「あぁん、もう♪」」」」

「「「「「「えへへ……やっちゃった、ごめんごめん♪」」」」」」」

「「「「「「「「いいのよ、レイン♪」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「そうそう、私もやっちゃったもん♪」」」」」」」」」」」」


 ――つい新しいレインを、自分の中から生み出したくなってしまう。


 まるで濁流の如く、彼女はこのビキニ衣装の美女の流れの中で欲望を晒し続けていた。彼女たちにとって、最も幸せな時間が無数の自分と歩幅を合わせながら進んでいた、その時だった。



「「「「「「……?」」」」」」



 心を一時的に統一させ、皆で快楽を共有していたレインたちの動きが一斉に止まった。レイン・シュドーで覆い尽くされていたこの場所の近くに、自分たちとは異なる存在――人間の姿を確認したからである。

 まだその空間は、レインたちが征服していない空間、これからじっくりとレイン・プラントを育て、自分で覆われていく様子を楽しもうとしていた所であった。レインか、もしくは魔王やそれに繋がる存在しか立ち入ることが出来ないこの場所とは異なり、人間であろうが誰であろうが、足を踏み入れることがまだ可能な場所だったのだ。


 万が一のことを考え臨戦態勢を取ろうとしたレインたちだが、すぐその必要は無い事に気が付いた。そこにいる人間たちの力で、レイン・シュドーを倒す事などほぼ不可能に近かったからである。だが、目の前に迫る脅威から逃げ出す事しか考えていないはずの愚かで情けない連中の一部が自分たちの領域に近づいてくるのは、何かしら深い理由があるはずだ、そう睨んだレインは――。



「「「「「「……うん、分かった」」」」」」

「「「「「「様子を見ないとね」」」」」」



 ――念入りに変装した上で、接触を図る事にした。


 ボロボロになった服を纏い、一切の喜びを感じない表情のまま、まるで彷徨うように歩き続ける1人の女性と2人の子供へ向けて……。

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