ゴンノーの逆襲

 ダミーレインに対して、真っ向から反発の意志を示し続けていた『村』が魔物の手で一夜にして壊滅、住民もほとんどが姿を消した――それが噂ではなく、紛れもない事実であることが世界中に伝わったのは、事件が起きてから数日後であった。これまでの魔物のやり方のように、僅か一晩で人々が住む場所を奪い取るやり方とは明らかに違う新手の侵略方法であった事が、その緊急性をより増しさせる要因となった。当然人々は恐れおののき、ますます魔物に対しての恐怖や絶望を抱くようになった。そして同時に、日々強くなる魔物に対して何も出来ないままのダミーレインに対する苛立ちや不満が増し、彼女達を町や村の外に並べ、捨て駒にしようとする動きは強くなった。


 だが、この出来事をどんな人々よりも重く、そして辛く受け止める者がいた。


「軍師ゴンノー。この部屋に呼ばれた理由は分かるな?」


 声の主――世界各地の町や村の代表者が集まる議会を束ねる壮年の女性議長は、その心を表すかのような冷たく重い言葉で、目の前にいる老婆に尋ねた。

 2人がいるのは、議長が様々な業務を行う小部屋の中。内部には警備用に導入されたダミーレインが無表情で2人をじっと見つめていた。彼女達の視線には、明らかにゴンノーが緊張しきっている様子が映っていた。当然だろう、女性議長にわざわざ呼ばれたのは今回の事件に対しての責任を追及させられるためだったのだから。


「申し訳ございません……わたくしめの不注意にございます……」


 そんな彼女に対し、ゴンノーは素直に自らの非を認める、と言う行動に出た。軍師と言う立場にありながら、今回も魔物の動きを読む事ができず、人々の命を守る事が出来なかった、と。しかし、議長にとってそのような『言い訳』はこれまで何回も議会で耳にし続けたものだった。ダミーレインが現れる前も、ダミーレインが現れた後も、ゴンノーはいつもそう言っては自らの責任を魔物や魔王に転嫁し続けていたのだ。だが、それが成功していたのは他にも様々な考えを持つ者がいる『議会』だからこそと言う側面もあった。



「……何故読めなかったのか?」

「はぁ?」


 冷酷な目を崩さない議長を相手に、そのような姑息な手段は通用しなかったのである。



 ここは議会ではなく、面談の場所である、と前置きを言った上で、議長ははっきりとゴンノーに問い詰めた。何故ここまで鮮やか過ぎるほどに勝負が決まりすぎているのか、と。ゴンノーが来てしばらくの間、ダミーレインが現れる前は魔王や魔物によって人間は連敗を繰り返してきたが、ダミーレインが現れた途端に魔物は次々と蹴散らされ、人々はまるで中毒のようにダミーレインを欲しがった。ところがある日を境にそのダミーレインも連敗を繰り返すようになった。その様子は、まるで魔王と代わる代わる「勝利」を譲り合っているようだ――議長は『議長』ではなく、議会に参加し続けている1人の女性として、ゴンノーに自らの疑念を伝えたのである。


 しばしの沈黙の後、ゴンノーは静かに口を開いて確認した。女性議長は自分が魔王と密通していると疑っている、と捉えて間違いないか、と。

 その問いに、議長ははっきりと頷いた。


「……やはり、そうなりますよねぇ……我ながら情けない……情けなさのあまり笑いたくなりますよ……」

「……」


 そう思うのも無理は無い、と悔しそうな顔をしながら、ゴンノーは議長にある事実を告げた。恐らく彼女が疑いを強くする要因となった今回の一件、本当は自身も似たような事を実際に想定していた、と。そして、ゴンノーはしわがれた腕を大きく広げ、自分達を警護しているダミーレインたちを指差した。彼女達を動員してあの『村』に侵入し、そこに住む反逆者たちを一網打尽にしようと考えていた、と告げたのである。

 当然、議長はその計画に対して不快感を示した。彼女個人の考えに加えて、そのような事実を今まで一度も連絡していなかった事に苛立ちを見せたのである。しかも、その計画を知っていたのはゴンノーだけではなかった。会議を纏める役割を持つはずの女性議長を差し置いて、この軍師は各地の代表者を集め、勝手にダミーレインの派遣を進めようとしていたのである。



 何故それを今の今まで一切告げずにいたのか、と議長は厳しい声で言った。冷静さを必死に保とうとはしていたが、明らかにその声には憤りが込められていた。それに対し、怖がるような姿勢を見せながらゴンノーも反論した。もし何も素案が出来ていなかったり他の代表者たちとの話し合いが出来ていない中で会議に出しても出動にはそれなりに時間がかかっただろう、と。


「事前に準備を重ねた末に、会議に出そうとしていたんですよぉ、ねぇ……」


 だが結局は魔王の方が一枚上手だった、自分たちよりも先に村を壊滅させてしまった、とゴンノーは悲しそうな声で言った。

 

 それでも議長は全く納得する様子を見せなかった。

 もし自分が魔王の立場にいるならば、魔物を脅かしかねないダミーレインと言う存在を真っ向から批判するあの『村』の連中を援護し、より大きな動きにしたうえで揺さぶりをかけるだろう――そのような想定を述べた上で、彼女はさらに問い詰めた。魔王にとってあの村を滅ぼすのはおろかな行為のはず、それなのに何故そのような行動に出たのか、と。明らかにゴンノーの動きと連動していることを、再び指摘したのである。



 だが、それを聞いた途端にゴンノーの表情が変わった。


「……議長、貴方1つだけ大事な事を忘れていませんかぁ?」

「……なんだ?」


「『魔王』にはたった1つ、あの『村』を完全に消し去る重要な理由があるんですよぉ。気づきませんか?」

「……」


 無言のままの魔王に対し、今度はゴンノーが自分自身の考えを述べる番となった。

 今回の『魔物』の襲撃によってほとんどの住民は存在そのものが消し去られていたようだが、あくまでそれは。僅かながらあの事実を目撃した者が生き残っていた事については、ゴンノーは勿論女性議長も把握していた。保護された生き残りの証言は恐怖心により心がやられ、曖昧な内容しか聞き取れていない状況であったが、その時に襲撃してきた魔物の姿が、あの女性――かつて自分達の大きな味方であった存在に良く似ていた、と言う事だけは、確かに聞き取る事が出来たのである。


「それが誰かって?キリカ・シューダリアですよぉ。私達の元から失踪した、あの

「……そうか……」


 そして、怯え続ける生き残りはキリカという存在に対して許してくれ、自分達が悪かった、と悲鳴のような叫びを時々している、とも告げた。それが意味するのが何か、もう議長は既に分かっているだろう、とゴンノーはにやけながら告げた。その表情は、まるで議長の心を刃物で突き刺すようなものであった。


「自分達に『味方』をする存在が邪魔になったから消す……魔王ならやりかねませんねぇ」


 ダミーレインを嫌うあまり魂を売り渡したであろうキリカ・シューダリアの真実を何かしら知っているとなれば、そのような行動に出るのは当然だ、と今度は逆にゴンノーの方が女性議長に問い詰め始めた。どんな場合でも冷静な判断を下し、常に中立であり続ける硬い意志や聡明さを持つ彼女ならば、そのような状況など簡単に想定できるだろう、と言う揺さぶりを加えながら。


 それでも沈黙を貫こうとする議長に対し、ゴンノーははっきりと告げた。



「……議長、もうキリカは、我々の味方では無いんですよ」



 どれだけ軍師ゴンノーを疑おうとも、どれだけキリカ・シューダリアを信じようとも、最早世界の情勢は変わりようが無い。どれだけ軍師が懸命に任務をこなし魔王の侵略を食い止めようとしても、キリカが敵についてしまった以上今回のような最悪の事態がいつ迫り来るか分からない、とゴンノーはそのままの口調で言い続けた。今回は説明不足であった自分にも責任がある、と認めつつも、議会に通す前に事前に準備をしなければ魔王の侵略を食い止める事はできないのが現実である、と改めて自らの行いの正当性を説明したのである。

 そして、ゴンノーは議長に顔を近づけ、しわだらけの口元をにやけさせながら脅すように言った。


「私の行動に何を思おうが勝手ですが、貴方は『議長』、にいるのですよ。それをお忘れなく」



 不快感を募らせても決してそれを公にする事が出来ず、議会の運営にも影響を及ぼせないまま、ただ議会の円滑な運営を行うしかない――その立場を改めて認識させたその言葉は、ゴンノーによる宣戦布告のようなものであった。そして同時に、議長がその立場から逃げる事も許されない、と言う事も暗に告げていた。自分の立場を弁えず、ただ己の感情だけで逃げ出したキリカが『人間の敵』と見做された、と言う前例が生まれてしまった以上、最早女性議長はそのまま「女性議長」としてあり続けると言う選択肢しか残されていなかったのである。



「……分かった。お前の考えは、よく理解した」

「ありがとうございます、議長にそう言って貰えて光栄です♪」



 嬉しそうなゴンノーの言葉には、女性議長に理解してもらったという言葉通りの意味と、彼女を屈服させたことに対する下衆な喜びが入り混じっていた。この軍師がどのような振る舞いをしても、議会のルールを乱さない限り女性議長は追放する事が出来ない、と言う後ろ盾を得たことを、はっきり示しているようであった。


 そして、丁寧すぎるほど深く頭を下げ、ゴンノーは小部屋を後にした。





 それからしばらくの間、女性議長はその小部屋を出る事は無かった。

 ようやく扉を開いて廊下に出た彼女の歩みは、僅かな時間に何十歳も年を取ったかの如く、おぼつかないものになっていた……。

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