レイン、到達
自分たちの体を浄化し消し去っていくはずの『光のオーラ』を心地良く感じると、突然辺りの時間がまるで止まったかのような感覚に陥ったと思えば、そこからあっという間に自分たちの体が無尽蔵に分裂を始め、制御できないまま空間すら破壊してあっという間に増え続けていく――一体自分たちに何が起きたのだろうか、ようやくレイン・シュドーたちはそれを知る機会を得る事が出来た。
先程まで無限に伸ばされていた地下空間も、無尽蔵に増え続けていたレイン・シュドーをあっという間に消し去り、分裂すら止めてしまった魔王の手によってあっという間に元の状態へと戻された。ただ掌をかざしただけなのに、魔王はあっという間に全てを無かったことにしてしまったのである。確かに完全には信用できない相手かもしれないが、今は魔王のみが唯一の頼り――元の数兆人の数に戻ったレイン・シュドーは地下空間に集まり、魔王の話をじっくりと聞く事となった。
「……まず、単刀直入に言う」
本来ならこのような事は決して口にしたくなかった、と前置きを入れながら、魔王ははっきりとレインたちに告げた。
レインたちが経験した不可解な出来事こそまさしく、『光のオーラ』を利用すると言う事だ、と。
「「「「「……」」」」」
正直なところ、レインたちが嬉しくないといえば嘘であった。長かった鍛錬、辛かった辛抱の日々がようやく報われたと言う事を、あの魔王の口からはっきりと聞く事が出来たのだから当然であろう。だが、彼女たちの顔は笑顔ではなく、どこか唖然とした表情であった。自分の増殖を制御できない、と言う恐ろしく悔しい経験のどこが、光のオーラを自由自在に利用してしまう事に繋がるのか、彼女たちは心の中ではっきりとは理解できなかったのである。
その困惑がざわめきとなって現れ始めたのを見た魔王は、呆れるかのような溜息を大きく漏らした後、今回の事態についての説明を丁寧に行い始めた。
「「ねえ魔王、説明の前にはっきりさせたいんだけど……」」
「何だ?」
「「「「私って、結局7度目の『光のオーラ』に耐えられなかったの?」」」」
6回に渡って命を落とし続けたレインは、7度目でも光のオーラを全身に浴びるという苦痛を味わいながら体を浄化させられてしまった。幾ら自分を増やしたいと願っても、それを嘲笑うかのように眩い光が彼女の体を次々に奪っていったのである。ところが、意識が失われる寸前にまで至った瞬間、突如彼女たちの体は無傷のままの状態に戻り、そして光のオーラに対する痛みや苦しみを一切味あわなくなったのである。
このときも命を落とし、そして無意識のうちに新たな1000人のレイン・シュドーに後を託してからあの嫌な事態が起きたのではないか、とレイン・シュドーは考えていた。しかし、それは魔王によってあっさりと否定された。彼女たちは正真正銘、7度目のレイン・シュドーの記憶や経験をそのまま受け継いだ存在である、と。
だが、ここで魔王は妙な事を告げた。
正確に言えば、彼女たちは『浄化された』レイン・シュドーから増えた存在である、と。
「「「……え、それって……」」」
「「「「浄化されたって事は、やっぱり耐えられなくて消えたんでしょ……?」」」」
「「「「「そうよね、レイン……」」」」」
魔王の元で日々自分たちの思うがままに増殖を続けていたレイン・シュドーにとって、自分と瓜二つの紛い物であるダミーレインが放つ『光のオーラ』は、文字通り彼女を消滅させる即死の技に等しいものであった。今の彼女の心に、浄化とは自分と言う存在が消滅しかねない恐ろしい力と言う意味が宿っていた。だからこそ、消えたはずの自分自身から新しい自分が増える、と言う現象は信じがたいものだったのである。
その場に無いものがその場にある――まるで心の力を問うような内容を、その体験者たちは理解できない様子であった。それを見た魔王は、再び溜息をついた後、彼女たちが理解するには高尚すぎる言葉であったか、と嫌味を述べつつ言った。
「単刀直入に言ってしまえば、今の貴様らは『光のオーラ』を浴びようが何をされようが決して浄化されぬ……いや、むしろ浄化されようがレイン・シュドーは不滅である、と言ったほうが正しいか」
「「「「私が……不滅……」」」」」
今回は、レインたちもはっきり理解できた。今の彼女たちに光のオーラを浴びせても一切の効果は無く、浄化されてもなおレイン・シュドーの心も体も、純白のビキニ衣装も全く穢れる事が無いままでいる事が出来る、と言うのだ。ここにきてようやく、彼女たちは自分たちがようやく苦しい日々を乗り超える事が出来た事を実感し始めた。
だが、笑顔になるのはまだ早かった。『光のオーラ』を乗り切ったのならば、その後に起きたレイン・シュドーの無限分裂増殖は一体なんだったのか、その疑問が残っていたからである。それを口に出した途端、魔王の口調がどこか楽しそうなものへと変わった。無表情の仮面を通してでも、レイン達がはっきりと分かるほどであった。
「……それが、今回の『鍛錬』のもう1つの成果だ」
「「「「え……!?」」」」
「貴様らはずっと願っていたであろう?『私をもっと増やしたい!』『レインがもっと欲しい!!』とな……『そうよね、レイン♪』」
まさか自分の声を完全に模倣されるとは思わなかった数兆人のレイン・シュドーは一瞬唖然となったが、魔王が何を言いたいかは大まかに理解する事ができた。光のオーラを浴びる中で懸命に自分をもっと増やしたい、レイン・シュドーで世界を埋め尽くしたい、と願っていた事が現実になったのは間違いないと言う訳だ。
そして魔王はさらに説明を続けた。あの鍛錬の中で、レイン・シュドーの持っていた体の反応が変化を起こした、と。元はごく普通の人間として光のオーラに対して絶対的な耐性を持っていたレインであったが、魔王と暮らし、自分自身が増殖し、そして漆黒のオーラを身につけていくと言う日々の中で次第にその耐性は失われ、ダミーレインに始めて襲撃された際には仮初の命を持つ魔物に近いほどにまで落ち込んでしまっていた。それが長く苦しい鍛錬の中で次第に蘇っていたのだが、その結果彼女たちの体に宿ったのは、人間とは全く違う『光のオーラ』に対する反応であった。
「……はっきり言おう。今の貴様らに光のオーラを浴びせれば、増える」
「「「「……増える……?」」」」
「そうだ。身をもって経験した通り、レイン・シュドーと言う存在は、『光のオーラ』を用いて増殖する事が可能になったのだ」
その言葉を聞いた瞬間、数兆人のレインは一斉に今回の鍛錬の意味をはっきりと見出した。
ずっと忌まわしかった光のオーラを何の苦痛も無く受け止める事ができるどころか、むしろそれを浴びれば浴びるほどどんどん自分自身を増やすことが出来る、つまり――。
「「「「……光のオーラを、『利用』する……!!」」」」
――魔王の言葉の真意にたどり着いた瞬間、ついにレイン・シュドーの顔に笑顔が戻った。
彼女の心は、長い苦労が報われた事に対する達成感と、それをずっと耐え続けていた自分たちに対する感謝、そして自らの目標に大きく前進した事への嬉しさに満ち溢れていた。
「やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」やったー!」…
だが、地下空間に響き続けた彼女の嬉しい声は、魔王が無から生み出した杖の音によってかき消された。その意味をすぐに察したレインは、先程までの浮かれきった気分をすんなりと抑え付け、自身とやる気に満ちた笑顔を見せた。確かに光のオーラを『利用』する方法を見出す事ができたのは確かだが、まだ鍛錬は終わっていない。光のオーラを浴びた際に無尽蔵に増えるであろう自分の数を制御出来なければ、苦痛のまま世界を埋め尽くし、何も出来ない日々を送ってしまうと言う心地良くない結末を迎えてしまう可能性があるからである。
まだまだダミーレインに挑むまで時間が必要であったが、それでもレインたちの表情はすっきりしたものになっていた。自分自身の数の増減ならば、これまでに得た様々な魔術を応用すれば上手く乗り越えられることが出来る、と言う自信があったのである。
「「「……でも、相手が『光のオーラ』だから、油断は出来ないよね、レイン」」」
「「「「勿論。ここで力に溺れれば、私は人間以下の存在になる」」」」
「「「「「『光のオーラ』を、完全に私のものにしてみせるわ」」」」」
有言実行、日々精進の心をしっかりと見せ付けたレインたちに、魔王はいつも通り鼻で笑うような音を鳴らした。
しかし、彼女たちの発言はそれだけではなかった。油断はしないとは言え、今回大きな成果を得たのは確かである。だから今日は、思いっきりこの地下空間で宴を開きたい、と言う要望であった。
「……いちいち許可を貰うな。勝手にしろ」
相変わらず冷酷そうな返事をする魔王に向けて――。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「了解、魔王♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
――何兆人ものレイン・シュドーは、一斉に明るい返事を返した
心の底から軽やかな気分になったのは、本当に久しぶりの事だった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます