ダミーの救出

 世界がビキニ衣装の美女によって覆われようとしている中、必死に抵抗を続ける場所があった。姿形も声も全てが女勇者レイン・シュドーと同一、しかも一切の感情を見せずただ無表情で人間たちに奉仕し続けるダミーレインという存在に対して違和感や嫌悪感を覚えた人たちが集まる『村』である。

 それなりに魔術が使える者、それなりに剣の腕が立つ者、そしてそれなりに頭が良い者など、各地の町や村を逃げ出してきた人々の心は皆1つ――ダミーレインではなく自分たちこそが世界を守るにふさわしい、と言うものであった。人間たちによって営まれてきた生活を守るのはやはり人間で無いといけない、そしてそのような意識に目覚める事ができた自分たちにはその氏名を果たす義務があると考えていたのである。そして彼らは日々様々な努力を重ね、魔物に打ち勝つべく懸命の鍛錬を続けてきた。


 だが、彼らの努力が報われる気配は一向に訪れなかった。

 彼らがどこまで頑張ろうとも、勇者トーリス・キルメンや軍師ゴンノー、そして世界中の人々がダミーレインを持ち上げ、有効利用している現状、それらを否定するような事は非常に難しかったのである。


 そして今回も、彼らの必死の訴えは意味を成さなかった。


「……ったく、あの村もこの村もその町も!」

「本当だぜ、どこもかしこも……なぁ……」


 ダミーレインが左右に列を成していない細い小道を、数名の男女が早足で歩き続けていた。彼らの口からは、世界中の人々を見下し、貶すような発言ばかりが飛び出していた。何もかもをダミーレインに任せっきりで日々遊んでばかり、全てを純白のビキニ衣装の美女によって覆いつくそうとしている人間たちの現状を嫌と言うほど見続けていれば、そのような言葉が出るのは仕方ないかもしれない。

 そんな彼らの目を覚まさせるには、実力を上げた自分たちが町を警備し、恐ろしい魔物を追い払って人間の凄さを見せ付けるのが一番だ――各地の町や村に赴こうとしたときの彼らの意気込みはことごとく打ち砕かれた。どこへ行っても警備の最前線に立つのは無表情で立つダミーたちしかいなかったのである。一切の感情を見せず、ただ命令に従って動くだけの彼女たちを相手にしては、どんな説得も無駄に等しかった。そしてさらに悪かったのは、自分たち以外にもあの『村』を飛び出し、同じような事を続けている者たちが多数存在したことで、ダミーレインたちが完全に自分たちの存在を認知していたと言う事実だろう。彼らの方が町や村の平和を脅かしかねないと言わんばかりに、ダミーたちは問答無用で彼らの要求を一切断るようになってきたのだ。



「……くそっ!くそっ!」

「なんかもう、あたしレインさんの事自体が嫌いになってきちゃいそう……」

「気持ちは分かるぜ……」


 1つに結った長い黒髪に健康的な肌、そして純白のビキニ衣装――今の彼らにとって、それらは女勇者レイン・シュドーが持つ強さと勇敢さの証から、世界を侵食する忌々しい象徴へと変わり始めていた。自分の身を犠牲にしながらも一度は世界を救った彼女を尊敬する気持ちは変えたくない、と思いつつも、一方で彼女の姿形そのものに対しても完全に嫌悪感を覚えてしまう自分たちに対する苛立ちも、彼らを苦しめる要因になっていたのかもしれない。何せそう思えば思うほど、この小道の周りからもちらほら見えるダミーレインの姿がより一層くっきり目に焼きついてしまうのだから。


 健康的な肌から目を逸らし、彼らは必死になって道を歩き続けた。

 魔術を鍛えている者は一応いたものの、あくまで足を早くしたりするぐらいしか効果は無く、彼らが戻ろうとしていた『村』に瞬間移動する術は有していなかった。彼らは周りで蠢くダミーレインに視線を合わせないよう必死になるしか無かったのである。そして――。


「……!」

「えっ……!!」


 ――何の前触れも無く、突然地面の中から飛び出した土くれの魔物との戦いを避ける手段も、彼らは持っていなかったのだ。


 泥団子が何十個も連なり蛇のような姿をした魔物は、出現して早々いきなり彼ら目掛けてその巨体をぶつけんかと襲いかかってきた。勿論無抵抗で倒れるような彼らではなく、すぐさま戦闘態勢を整え、攻撃用の魔術を魔物の体に食らわせることに成功した。しかし一撃必殺とはならず、吹き飛んだ魔物はすぐに立ち上がり、再び男女を襲ってきた。自分の体そのものを強力な武器に変え、彼らを猛烈な打撃で押し潰そうとしてきたのだ。


「くっ……!」

「大丈夫か!?」

「何とか……!」

「上手くそっちに持っていけるようにするよ……!」


 防御用の魔術で応戦しつつ、彼らは魔物の長い体を横から見ることが出来る位置に移動しようとしていた。この種類のように前方の敵を狙わんとする魔物は大概の場合横に隙があり、そこを突けば十分勝利に近づける事が出来ると彼らは『村』で教わっていた。それをここで実践しようとしていたのである。


 そして、鋭い剣を持った1人の男が上手く魔物の横に移動する事ができたのを見て、女はわざと防御用の魔術を解いた。すぐさま身を翻した事により、彼女は勢いのまま倒れこんでしまった魔物の下敷きになるのを避ける事が出来た。そして、ついに魔物に攻撃を行う事が出来る機会を見つけた男は、気合を込めて剣を振りかざし、泥団子のような魔物の体を切り裂こうとした。


「うおおおおお!!!」

 

 だが、この時彼らは非常に大事な教えを忘れていた。

 相手に隙が出来たのを見計らって攻撃すると言う事は、自分にも同じように隙が生じている可能性が大いにあると言う事を。


「……危ない!」

「……へ……!!」


 男が気づいた時には全てが遅すぎた。自らの剣が泥団子のような魔物に一切通用していなかったばかりか、自分の方が蛇のような魔物の体に巻きつかれ、動きが封じられてしまっていたのである。何重にも巻きつかれる魔物の体による圧力ばかりではなく、体を構成している泥が次々に自分の体に入ってくる不快感にも男は苦しめられる結果となった。

 作戦失敗を受け、慌てて彼を救うべく動き出した他の面々であったが、それもまた非常に困難な事態となった。自分の体を武器とする魔物の「頭」にあたる部分が、まるでパンチのように彼らを襲い、救出作業を妨害し続けていたのである。しかもその動きは先程のものよりも素早くなり、防御用の魔術を使う隙も与えないほどであった。


「ぐ、ぐあぁああ……!!」

「な、何とか……耐えてくれ!」

「隙さえ……見つければ……!」


 寝る暇も惜しんで鍛錬を繰り返し、自分たちの実力を上げるべく続けてきた努力を否定するという事は、彼らにとっては非常に屈辱的なものであった。新たな勇者を目指し、自分たちこそが世界を救う者であるという自負を持っている以上、このような魔物相手に手も足も出ないと言う事実を認めるわけにはいかなかったのである。しかし、彼らがどう思おうと事態はますます悪化の一途を辿っていった。魔物の強烈な締め付けによって男の顔は次第に青ざめていき、魔物による攻撃を前に他の面々も反撃が出来ないままであったのである。


 そして、足がもつれて転んでしまった女の前に、魔物の巨体が迫ろうとしていた時であった。


「「……!!」」

「……!?」


 何が起きたのかを彼らが理解するのには、ある程度の時間が必要であった。当然だろう、何の前触れも無く閃光が走ったかと思えば、それを遮るかのように物凄い量の砂煙が辺り一面を覆ったのだから。だが、その砂煙が晴れた途端、そこに広がっていた光景に彼らは愕然とした。1つに結った長い黒髪に健康的な肌、そして純白のビキニ衣装――彼らが忌み嫌う存在、ダミーレインが何十、いや何百人もずらりと立ち並んでいたのだ。

 そして、さらに別のダミーたちが魔物に締め付けられていた男を抱えていた様子が示すのは、自分たちが手も足も出なかったあの魔物は、このダミーたちによって瞬きをする間もなくあっという間に倒されてしまったと言う、彼らにとっては受け入れがたい事実であった。


『『『『『お怪我はありませんか?』』』』』

『『『『『この方の意識は、間もなく蘇ります』』』』』


 抑揚も無く淡々と労わりの言葉を述べるダミーを、彼らはただ眺める事しかできなかった。

 そしてそれは、ダミーレインの持つ力によって傷を癒され、意識を戻された男もまた同様であった。自分たちを救い介抱してくれた存在がよりによって自分たちが最も嫌う存在であったことに気づいた途端、彼はダミーが差し伸べた手を跳ね除け、そのまま仲間たちの元へと逃げ込んだ。そして全員とも、ダミーレインに対して一切の感謝の言葉を述べる事は無かった。


『旅のご無事を祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』祈っています』…


 そんな無礼さなど気にも留めないかのように延々と響くダミーレインの声から逃げるように、男女は自らの耳を押さえながら逃げるかのようにその場を走り去っていった……。 

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