ダミーの仕事

 純白のビキニ衣装1枚のみを身を包んだ美女の姿をした存在『ダミーレイン』は、世界の人々にとって欠かせない存在になっていた。世界の各地に点在する村や町の中のみならず、それらを結ぶ長い道やその上空も延々とダミーレインが歩き続けたり飛び回り続ける空間に成り果てようとしていた。全員とも一切表情を変えず、口を真一文字に結んだまま重そうな荷物を抱え、一切文句を言わず目的地へと届けていたのだ。

 各地の町や村は、そんなダミーレインの働きによりさらに栄えようとしていた。


「おーい、荷物が届いたぞー。準備しておけよー」

『『『『『かしこまりました』』』』』


 別の町から持ち込まれた物資が到着した連絡を受け、監督官の男の指示の元数名のダミーレインが小屋の中に集結していた。彼女たちの前では別のダミーレイン――長い道を一言も言わずに進み、重い荷物を届けに来た存在が、次々にこの町に届けるだけの荷物を降ろしていった。そしてこの町のダミーレインはその荷物を引き継ぎ、各地の店や食堂に届けるべく動き出した。

 彼女たちが文句一つ言わず働く様子を、この町の人々は完全に受け入れていた。いくら人間とは違う存在である事を強調されても、やはりあの伝説の勇者レイン・シュドーと同じ姿形を持つ者たちをまるで奴隷や低労働者のようにこき使うのは論外だ、と言う意見は当然沸き立った。しかし、そのような考えは、無尽蔵に現れ続けるダミーレインを目の前にして次第に薄れていった。同じ姿形をした人間がこれだけ幾らでもいるのは常識ではありえない、つまり彼女たちは人間とは違う存在だ――まるで催眠術にでもかかったかのように、人々はダミーに様々な労働を任せる生活に慣れていったのである。


『『『『『新しい荷物を届ける準備が出来ました』』』』』

「おう、頼んだぞ」


 かしこまりました、と告げたのは、先程とは逆にこの町から別の町や村に運ぶ物資や商品を背負ったダミーレインであった。監督官の男の許可を得た彼女たちは、純白のビキニ衣装に包まれた胸を揺らしながら、ぞろぞろと歩き続けるダミーレインの列に加わった。急ぎの荷物でないものは、道の両側を埋め尽くす大量の彼女たちによって運ばれるのだ。

 強引な手段ながらも会議で承認されてから、世界中にダミーレインの輸送網が広がるのにそう時間はかからなかった。ダミーレインに荷物を任せれば一切不正や障害無しに荷物や商品が届けられる、魔物が襲い掛かってもすぐに追い払えるから安心――彼女の人海戦術を利用した町や村の貿易は、まさに理想的なものだったのである。


 そして、彼女たちが人々のために働くのはこの場所だけではなかった。


「おーいこっちに酒1つ!」

「こっちにも頼むよー!」

「私は水お願いー」


『『『『『かしこまりました』』』』』


 真昼間だと言うのに、この町の酒場は人々でごった返していた。屈強な男たちから美しい女性たちまで、この町に住む人々は悠々と店の中でくつろぎ、酒を飲んで良い気分になったり他愛も無い話で盛り上がったりしているのである。そして、彼らの傍には必ず純白のビキニ衣装に身を包んだダミーレインが立ち、次々に入る注文を的確にこなし続けていた。厨房に向かう廊下は、注文の品を用意するために向かうダミーとそれを届けるダミーの列によって常に埋め尽くされていた。

 そう、この酒場で働いているのは町の住民ではなく、この町に導入されたダミーレインたちなのである。


 そして、ダミーが住民に代わって働いているのはこの場所ばかりではなく、商店、病院、役場、さらにはレイン・シュドーを奉る集会所の管理まで及んでいた。どんな仕事でも文句を言わず精力的に働き、いくらでも代わりが存在するダミーレインを、人々は最早崇拝の対象ではなく悪い意味で身近な存在と感じるに至っていたのである――彼女たちを傍に置き、日々様々な場所で活躍させる事が頑張り屋の女勇者レイン・シュドーに対する礼儀である、と住民たちは心の中で言い訳をしているのだが。

 勿論、町の人々の全てがこの酒場にいる者たちのように日々怠惰を貪り食うような状況という訳ではなく、ダミーレインに指示を出す監督官のように自ら率先して働く者も少なからずいた。だが、この町のあちこちを結ぶ道を歩く存在のほとんどは、警備の一環として町を歩き回り続けるダミーレインの大群に成り代わっていた。ある意味この町は、既にダミーレインによって『征服』されたも同然の状況だったのである。



 純白のビキニ衣装の美女で満たされたそんな町の外側で、ちょっとした小競り合いが起きたのはその日の午後であった。


「だからこの町の警備の奴を出しなさいよ!」

「ダミーレインは呼んでいないっつーの!」

『『『『『それは出来ません。お断りします』』』』』


 町を囲むようにずらりと並び、日々魔物などの外敵を監視し続けていたダミーレインたちと、町の外からやってこようとしていた数名の男女が言い争いになっていたのである。明らかにダミーを敵視している彼らの暴言に対し、ダミーたちは冷静沈着さを崩さず、無表情のまま要求を断り続けていた。当然だろう、今のこの町の『警備の奴』と言うのはダミーレインたちそのものなのだから。

 彼らは何者か、一体どこからやってきたのか――ダミーレインたちは既に気づいていた。世界のあらゆる場所に存在し、日々増え続けている自分たちでも把握し切れていない――つまり自分たちをずっと拒否し続けている村からやって来た存在である事を。そしてこの町にやって来たのは、ダミーレインに代わって彼らがこの町の警備を担当してあげようとしていた事も、既に彼女たちはお見通しであった。


「あんたたちがいるからこの町の連中は堕落したのよ!」

「俺たちが目を覚まさせてやるんだよ、早くどけよ!」

『『『『『いいえ、そうはいきません』』』』』


 自分が正しい、自分たちこそが正義――そう言わんばかりの連中を軽くあしらうダミーレインたちだが、それでも警戒を怠る事は無かった。その証拠に、彼らの傍に現れるダミーの数が少しづつ増えてきたのだ。口から唾を吐きそうな勢いでダミーレインを侮辱するような言葉を投げ続けていた男女たちであったが、何十人、何百人と絶え間なくこちらに向かい続けるビキニ衣装の美女の大群を前にして、次第に勢いを失っていった。


『貴方たちの入場はお断りしています』速やかに立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』立ち去りなさい』…


「……くっ!!」


 そして、まるで負け惜しみのように憎さを存分に込めた目線を向けながら、数名の男女は逃げ出すようにこの町を後にしていった。その様子をじっと見続けていたダミーレインの大群は、少しづつ元の場所に戻り、再び通常の警備を始めていった。彼女たちもまた、自分たちが町の人々に良いようにこき使われていると言う自覚は一切無かった。自分たちがこのような事をし続ければ町の人たちは喜ぶ、それが自分たちにとっても良い事に繋がる――本物のレイン・シュドーが勇者だった頃に抱いていた思いを、彼女たちは悪い方向で受け継いでいたのかもしれない。



 この町の住民は、既にダミーレインにされたに等しい状態だった……。 

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