レイン、回想

 新しいレイン・シュドーを生み出し終わった『レインプラント』に、早速新しい実が創られ始めた。木であろうと草であろうと関係なく、全く同じ形をした巨大な実を膨らませ、内部に純白のビキニ衣装の美女を宿していく――この森で毎日のように繰り返される光景であった。

 そんな神秘的な様子を横目に、森の隙間や空、大地を覆いながらレインたちは思い出話に花を咲かせていた。勿論、ただ自分の過去を振り返って楽しむだけが目的ではない。


「「「確かあの時は……」」」

「「「「そうよね、私がまだレインの数を……」」」」

「「「「まともに数えてた頃よねー」」」」


 その時自分はどのような事をしていたか、どういう考えでそのような行為に至ったのか、その考えに間違いは無かったのか、などこれまでに歩んできた自分の動きをもう一度思い出しながら、目の前に立ちはだかる大きな問題を解く手がかりを見つけることこそが、最大の目的なのである。

 当然ながら、彼女たちが考える範囲は『光のオーラ』に関わる様々な事態――魔物ゴンノーの襲来による動揺、ダミーレインとの戦いで味わった敗北――ばかりではなく、順調に世界征服を行っていた頃やそこに至るまでの過程、さらに現在のように自分を気軽に増やすことが出来るようになるまでの経緯にまで及んでいた。


「「最初はただ、何となく自分を増やしていただけだったよね……」」

「「「うん、魔王の力で闇雲に……」」」


 勇者としての最後の戦いで魔王と戦い、完全なる敗北を喫した後、レイン・シュドーはその数を魔王の力で増やされていた。本人たちが気づかない間に、自分と全く同じビキニ衣装の美女が現われた事に当然最初は動揺し、自分同士で喧嘩しかける事態にもなったが、魔王からの指摘がきっかけとなり、レイン・シュドーは目の前にいる自分自身を求めていると言う心を正直に受け入れることに決めた。まだその時は十数名程度しかなく、世界を覆いつくすなど考えもしなかった。


 だが、魔王に導かれるように、地下空間から地上にある人間たちの世界を訪れた時、レインは人間たちがいかに愚かで残忍で冷酷な存在か、そして自分たちを裏切った勇者たちがいかに短慮で汚らわしい者たちだったのかを身をもって実感した。そしてこの時、彼女は自分の意志でこれまでの考えを反転させ、魔王と共に世界を征服し、完全なる平和へ導く決意を固めたのである。


「「「「そこからだよね……魔術の鍛錬に力が入るようになったのは」」」」

「「「「「そうね。レインの数もどんどん増えていったし♪」」」」」


 レイン・シュドーを実らせる巨木『レイン・ツリー』や同じ力を持つよう変異させた植物『レインプラント』、命あるものをレイン・シュドーへと変貌させる事ができる不思議な錠剤、そしてレイン自身を漆黒のオーラで増やす方法――様々な手段を覚えていく中で得た快感を、レインたちは笑顔で語り合った。百人が千人、千人が万人――レイン・シュドーの数が日を追うごとにどんどん増していった昔の光景を、彼女はありありと覚えていたのだ。


 そして、四方八方どこを見ても純白のビキニ衣装の美女でいっぱいになった頃、魔王は再度の世界征服を目指す準備段階として、レインにいくつかの指令を与えた。自分たちに歯向かう敵をレイン・シュドーに変える事、人間たちが暮らす村をレイン・シュドーに染める事、そして『勇者』の1人を完全にレイン・シュドーで覆いつくす事である。あの時は冷静に任務を遂行していた彼女だが、改めて思い返せばその時の自分たちは何が起こるのか分からないという不安や緊張と何が起こるか楽しみと言う興奮に満ちていたように感じていた。


「「「「つい最近だと思っていたのにね」」」」

「「「「「そうよねー……」」」」」


 そう言いながら、レインたちは周りに居る美女たちの姿を見渡した。

 確かに世界は平和になり、世界中の人間は安心して歳を重ねる事ができるようになったが、長い時が過ぎればどうあがいても彼らは老衰や病気で息絶えてしまう。そうでなくとも、少しづつ体格や体調が変わったりする事は避けられず、人々の中にはそれから逃れようとする者も少なくない。そんな愚かな者たちに比べ、自分たちは本当に恵まれている、とレインは感じた。幾ら時を重ねようとも、レイン・シュドーの体はずっと美しく、純白のビキニ衣装から覗く肌も健康的な状態を維持し続けているのだ。

 

 これも『漆黒のオーラ』による影響かもしれない、と感じながら、レインたちは改めて自分たちの行っている行為自体は何も間違ってはいない事を実感した。再度の魔物の襲来=世界を平和に導かんとする自分たちの行動に対し、レインを神の如く崇めたり、家の中に引きこもったり、挙句の果てには巨大な壁を作って無駄な抵抗をしようとする滑稽で虚しい人間の様子を何度も見てきたからである。


 ただ、それを行っていた頃の自分たちの「心」には、大きな誤りがあった。冷静沈着に行動しなければならないと何度も念じ、自分たちの中でも共有しあったにもかかわらず魔王から何度も指摘されてしまったのは、結局「冷静」に行動できたのは心の表面だけで、その奥ではたっぷりと油断していたからだった。その結果が、魔物ゴンノーとの戦いでの苦戦やダミーレイン相手の度重なる惨敗に繋がったのかもしれない、とレインはいつも反省していた。しかし、その奥にあった「油断」の根本的な内容を考える機会は、今まで一度も訪れていなかったのだ。


「「「「まあ、確かにはしゃいでたのはあるわよね……」」」」

「「「「人間たちが怯えたりするのを楽しんだり……」」」」

「「「「でも、それってレインたちが何度も反省した事と同じじゃない?」」」」


 愚かな人間たちが次々にレイン・シュドーに生まれ変わり、世界がどんどん平和に近づいていった事への嬉しさが、ずっと心にこびりついた油断に至る要因であったのは間違いなかった。だがそれと同時に、レイン・シュドーという存在が「増える」と言う事もまた彼女たちにとっては嬉しいものだった。彼女たちにとっては当たり前の事なのだが、その事実を考えた途端、どこか嫌な気持ちになった。レインが増え続ける事を反省する事は、下手すればそのことを否定しかねないことに繋がりかねなかったのだ。


 ならば一体何を省みれば良いのか、と悩み始めたその時だった。


「「……あれ……」」


 最初に心に浮かんだのは、広大な森の隅に集まるレインたちであった。

 同じ姿形に加え、考えも全く同じである他の彼女たちも、すぐさまその事実に思い当たった。これまで自分たちが行ってきた様々な行為――魔術の鍛錬、世界征服などは、全てレイン・シュドーの数を増やす、と言う共通の目的がある、と言う事に。当然、あまりにも当然過ぎる考えを抱いてしまった気恥ずかしさと呆れから、レインたちは揃って周りの自分たちへ苦笑いをした。こんなに大量に集まり、朝早くから様々な議論を重ねても、結局こういう結論しか出ないものなのか、と。


 だがその直後、レインたちは一斉にある事に気がついた。世界で最も美しく麗しい、純白のビキニ衣装のみを身に纏った女剣士をもっともっと増やしたいと言う欲望を、未だに溢れさせていない時間があったのだ。


「「「「……ねえ……もしかして……!」」」」

「「「「……うん……!」」」」


 あまりにも無謀すぎる考えだ、と言う思いも片隅にはあったが、それ以上にレインたちは自分たちが手応えを感じた事への嬉しさに満ち溢れていた。

 レインたちは今までずっと『光のオーラ』を「自分自身だけ」で耐えようとしていた。正直、体が抉り取られ、次々に浄化されていくと言う激痛の前には、とにかく何とか自分1人だけで何とかしなければ、と言う思いしか湧かなかった。だが、少しづつではあるが確実に彼女たちが光のオーラに耐え、その存在が消えるまでの時間は伸びていた。そこに賭けてみるしかない、とレイン・シュドーは思い至ったのである。

 

 今まではずっと、自分が消えたくないと言う思いだけで『光のオーラ』を受け続けた。

 だが、それだけでレイン・シュドーの心が満ちるわけは無い。

 消えたくないのではなく「増えたい」

 光のオーラで浄化されても、自らの体が消滅しても、レイン・シュドーをもっともっと増やし続けたい――。


「「「「「……やってみようか、レイン!」」」」」

「「「「「「うん!」」」」」」


 ――そして気合を入れた直後、巨大な森の中にレインの声とは別の音が響いた。様々な事に夢中で食べるのを忘れていた朝食を、体が欲しがったのである。緊張を破った音に続いて、森をレインたちの大爆笑が包んだ。


「「「「「「結局規則正しい生活は無理だったようねー♪」」」」」」」」

「「「「「「今日はしょうがないわよ、レイン♪」」」」」」」

「「「「「「ふふ、レイン♪」」」」」」」


 互いに笑顔を見せながら、レインたちは早速朝食を「創る」ことにした。勿論調理するのではなく、漆黒のオーラを用いて無から創り出す方法である。


 これもまた、過去に魔王から教わった魔術の鍛錬で得た成果の1つであった。

 改めてレインは、これまでに経験した様々な出来事、そのきっかけを作ってくれた魔王、そして現在に至るまでの自分自身へ感謝した……。

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