レイン対ゴンノー(1)

 かつてレイン・シュドーは、魔物と戦う『勇者』であった。どれだけ強い魔物が現れ、人々を脅かそうとも、純白のビキニ衣装だけで包まれた体には一切の傷も負わせず、時には仲間たちの援護も受けながら、次々に凶悪な魔物を蹴散らしていったのである。その姿は、力なき多くの人々にとっての理想であり、希望そのものだった。


 だが、逆に見るとその頃のレインは「魔物」たちにとって、レイン・シュドーは悪夢であり、絶望そのものだった――勇者と言う肩書きを殴り捨て、魔王と共に世界や人々を脅かす側に回った彼女は、どれだけ町や村を征服しようともその考えを忘れることは無かった。だからこそ、勇者と言う肩書きだけで自分を見続けた世界中の人々を嘲り笑い、散々に振り回すだけの事が出来たのである。そしてもう1つ、彼女はその考えを別のところにも活かし続けていた。もし自分たちを倒す新たな『勇者』、もしくはそれに匹敵する者が現れたとき、今度は自分が倒される側になってしまうだろう、と。魔王の指示がなくても日々彼女が油断せず、ありえないと思っていても念には念を入れて鍛錬を続けていた理由でもある。


 もしかすると、その成果なのかもしれない――。


「「「「ゴンノーか……」」」」

「「「「見慣れない顔ね……」」」

「「「「姿も初めて見るわね……」」」」



 ――自らの領域に突然侵入した相手を目の前にしても、彼女が何とか冷静さを取り戻すことが出来たのは。



 征服が完了した町の中で大量のレインが取り囲んでいたのは、魔王に良く似た風貌をした、『ゴンノー』と名乗る1体の魔物であった。トカゲの骨を思わせる頭や尻尾、巨大な体を覆う漆黒の衣装、そして手に持った怪しい杖など、魔王と同様に人間とは明らかに異なる外見を有していた。

 たくさんの魔物と戦い続けてきたレインでも、この魔物を見るのは初めてであった。だが、この空間に易々と侵入し、魔王と協力関係にあるはずの自分自身を欺き、さらにレイン・シュドーに変身するなどやりたい放題の限りを行っていた以上、今まで戦ってきた魔物とは明らかに一線を画す存在であるのは明らかだった。


『……貴方が知るのもねぇ、無理はありませんねぇ、レイン・シュドー』

「「「「「どういう意味?」」」」」

『私は以前、魔王とやらに仕えていた、上級の魔物でございます』


 丁寧な言葉で語り続ける魔物『ゴンノー』だが、当然ながらそこに敬意は一切込められておらず、代わりに憎しみや嘲りが嫌と言うほど詰め込まれている事をレインはまざまざと感じていた。だが、レインでも分からなかった具体的な理由はゴンノー自身が自ら説明をしてくれた。魔王が自分を見捨て、レイン・シュドーばかりを利用していた事が発端としたである、と。


『貴方は随分魔王から頼りにされているようですからねぇ……』

「「「「ま、まぁね……」」」」

「「「「というか、全て知っているのね」」」」


『当然ですよぉ、私は「魔物」ですから』


 そしてゴンノーは、レインが魔王に敗北し眠り続けている間に、意見の相違が発端になった争いがあった、と語った。彼女を利用して世界を狙おうとしていた魔王に対してゴンノーが反発した結果、非常に忌まわしい戦いが起きてしまい、最終的に敗北したゴンノーを魔王は人間の世界へ追放したと言うのである。外面ではにこやか笑顔で媚びへつらう裏で心の中は非常にどす黒く、浄化すら出来ない愚かな人間たちが住む場所へ。


 嫉妬の気持ちを慇懃無礼な敬語で包み、レインにぶつけ続ける魔物の言葉を、大量の彼女たちは静かに聞いていた。

 一見すると話に集中してばかりでどこもかしこも隙だらけのように見えるゴンノーだが、そのような卑怯な手段を使っても、この上級の魔物はそれを超える卑怯な手段を多数抱えているだろうと言う事が、レインの心に嫌と言うほど刻まれてしまったからである。だが、それ以上にこの魔物の話に対する興味も大きかった。いつも無表情の仮面の中で何も語らない魔王が「激怒」すると言う事や、自らが眠っていた間に起きた出来事を知る事が出来たからかもしれない。



「「「「「……分かったわ、つまり貴方は……」」」」」


 そして、考えの末に導いた結論を言おうとしたレインの言葉をゴンノーは遮った。確かにレインたちが思っていた通り、自分の目的は魔王や彼女に対する復讐もあるが、それ以上に重要なことがある、と告げながら。


 その瞬間、宙に浮かび始めた魔物から聞こえた笑い声に、レインの全身に鳥肌が走った。単に愚かで無知なだけの人間では、ここまで嫌悪感を覚えるような微笑みを投げかけることは無理なほどである。そして放ったのは、意外な言葉であった。魔王に可愛がられ、重宝されていることに対して怒りや妬みを覚えているはずのレイン・シュドーの力が欲しいと、ゴンノーははっきりと告げたのである。


「「「「「……え、どうして?」」」」」

「「「私を憎んでるんじゃ……」」」


 唖然とするレインに、再びゴンノーはあの気持ち悪い笑い声を出しながら応えた。


『だからですよ。魔王が好むと言うその魔術、その体力、そしてその美貌……ふぅふふふ……♪』


 そしてゴンノーは、何故先程の変装が茶番劇にさせられてしまったのか、既にその理由は承知済みだ、と言った。あの時、偽者同士で争っている中で本物のレインたちだけ違和感を感じ、その場を一旦立ち去った事で、あの一帯のレイン――偽者の自分自身だけ雰囲気が全く異なる事がばれてしまったと言う訳である。

 そこまでしっかりとした判断が出来るとは予想外だった、だからこそ自分たちと協力して、元の『勇者』に戻り、そちらで力を振るってもらう方が相応しい――そのゴンノーの言葉を、当然レインたちは拒否した。例え魔王を倒せるチャンスがより増えると誘われても、愚かで見苦しい人間や、自分を蹴落として悠々自適な生活を過ごしていた勇者たちの味方になどだれがつくものか、と。そして彼女たちはそっと全身から漆黒のオーラを放ちだした。それが意味するのは、全ての話し合いを拒否すると言う事――魔王と協力して征服活動を行いだしてから初めての本格的な戦いが間近に迫っている、と言う事だった。



 一瞬の沈黙が流れた後、憎しみをたっぷり込めた溜息を吐いたゴンノーは、トカゲの頭蓋骨のような頭にある目を赤く光らせながら言った。そのような態度を取られるとは、勇者の名も堕ちたものだ、と。


『仕方ありませんねぇぇぇ……こうなれば……』


「「「「「……!」」」」」



『貴方の「力」、強引な手でも頂くとしましょうかねぇぇぇぇ!!!』



 叫び声と共に魔物が両手を横に広げた直後、町を包み込む空気が強烈な「波」に包まれた。まるで嵐に襲われたかのように、あっという間に町の建物が轟音と共に次々になぎ倒されてしまったのである。もしレインたちが瞬時に漆黒のオーラを多量に放って自らの身を守ったり、瞬時に避けたりしなければ、ゴンノーが作り出した漆黒のオーラの嵐に巻き込まれ、あたり一面に広がる瓦礫の一部にされていたであろう。

 だが、レインたちに反撃を許すほどゴンノーは甘くなかった。体勢を立て直そうとした彼女たちの傍を、凄まじい速さで何かが横切り、純白のビキニ衣装から大胆に覗く健康的な肌を貫かんと襲い掛かってきたのである。急いで手で抑えつけたり剣で動きを遮ろうとしたが、一瞬動きが止まっただけですぐ彼女の体を蹴飛ばすようにその物体は勢いを取り戻し、レインたち目掛けて再び飛んできた。

 

「くっ……!」「きゃああっ!!」「ひいっ!!」「あ、ああああ!!」

「レイン、危ない!!」「へ……きゃああああ!!!」


 レインたちが悪戦苦闘する物体の正体は、掌サイズの黒い球体だった。これがあの上級の魔物ゴンノーによって生み出された物体であり、自分たちの命を奪おうとしている事は把握していたのだが、その素早さは予想以上であり、さらに彼女が放った攻撃用のオーラも吸い取られるように消え失せ全く効果が無かった。

 このような技は、これまでの鍛錬でも経験した事が無く、また予想した事も無かった。下手に動けば近くに居る自分たちのダメージが及ぶ恐れがあるが、だからと言って周りの自分を助けようとすればその隙を狙われるかもしれない。初めての敵を相手に、レインたちは苦戦を続けていた。


「はぁ……はっ!!」「くっ!!!」「ああああ!!」


『……どうですかぁ、良い「鍛錬」になりますでしょう?』


「「「「う、うるさ……きゃああ!!」」」」


 自分たちの奮闘を妨害するようなゴンノーの言葉に苛立ちながらも、レインたちは必死にあの漆黒の球体から身を守っていた。体力は消耗していたが、幸いにも彼女たちは何とかあの球体を肌に触れさせずに絶え続けていたのである。そしてその間も、彼女たちは反撃の機会を失う事はなかった。例え魔王と共に世界を狙う、『勇者』とは真逆の地に堕ちたような行為をしていても、彼女たちの心には今も勇者時代の経験や知恵、そして判断力が残されていたのである。

 確かに、ここにいるレインたち全員はあの球体に邪魔され、ゴンノーに近づくことが出来ない。だが、「それ以外」のレインなら、十分にゴンノーに近づく事が可能である。例えば――



「「「「はああっ!!」」」」

『んんっっ!?』 


 ――悦に浸っていた魔物ゴンノーの目の前で「新たに」創りだされた、純白のビキニ衣装のレイン・シュドーのように……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る