レイン、繁茂

 人里から遠く離れた山を埋める森に生えた全ての木や草花に、白く濁った液体を注ぎ込む。

 その森にある別荘に人々を見捨てて避難してきた貴族の家に、漆黒の雲から大粒の雨を降らせる。


 魔王から与えられた指示に従い、レイン・シュドーがそれぞれの工程を終えて本拠地へと帰還したその日の夜、森のあちこちで異変が起き始めた。星空も見えないほどに濃い霧が包み込む中で、木と言う木、草という草から、突然妙な膨らみが現れ始めたのだ。木の実のような形で現れたその膨らみは見る見るうちに風船のように巨大化し、『木の実』ではありえないほどの大きさ――人間の女性がうずくまって入れるほどにまで大きくなったのである。

 そして、森のあらゆる場所に現れたその『実』の中で、何か大きな塊が作られ始めた。外皮の色が薄れ、中身が透けて見えるようになる中で、大きな塊は蠢きながらあっという間に大きくなり、1人の人間、それも大きな胸に滑らかな腰つきを持つ、とびきりの美女へと変貌していったのである。そしてその『美女』の背中には、大きな剣のようなものが背負われていた。


 やがて霧が晴れ、朝日が差し込む頃、山は異様な光景に包まれていた。

 内部に美女を眠らせた巨大な『実』が、何百何千、いや何百万もの数になり、山を埋め尽くしていたのである。


 その様子を見に朝早くに再び森を訪れたレイン・シュドーは、一斉に目を輝かせながら歓声をあげた。

   

「うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」うわぁ……!」…


 山を埋め尽くす『実』の中で眠る美女は、全員ともレイン・シュドーと全く同一の姿であった。1つに結われた長い髪、背中に背負った剣、さらには大きな胸や滑らかな尻を包み込む純白のビキニアーマー衣装まで、違うものは何一つ無かったのである。

 そう、この山のあらゆる場所で、新たなレイン・シュドーが産まれようとしていたのだ。

 

 その時間をあちこちから眺めるため、本拠地からやって来たレインはあちこちに散らばり、今か今かと待ち続けた。


「ふふふ、楽しみね、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…


 するとその声に応えるかのように、『実』の中で眠るレインたちが一斉に微笑みを返した。最早いつ産まれてもおかしくない状況だったのである。そして、レインたちは一斉に透明な皮を破き始めた。それも一箇所ではなく、山を埋め尽くした数百万の『実』で一斉に。


 やがて、山は産声を思わせる笑い声に満ち始めた。次々に『実』から生まれた新しいレインたちが、自分自身が生を受けた喜びや、他の無数の自分自身と触れ合う楽しさを存分に見せ始めていたのである。そし地面だけではなく、木の上に実った『実』からも次々にレインが産まれ続け、あっという間に森は緑色から肌色へと色彩を変えてしまった。


「うふふ♪」はじめまして、レイン♪」こちらこそ、レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」うふふ♪」…


 一体この森、そしてこの山に、何が起きたのだろうか。

 その秘密は、昨日レイン・シュドーが森の隅々にまで注ぎ続けていたあの白い液体にあった。


 レイン・シュドーは、日々様々な方法を使い、純白のビキニ1枚に包まれた、世界一凛々しく美しく格好良い自分自身の数を無尽蔵に増やし続けた。

 最初の頃は魔王の手を借りないと増殖する事もできなかったが、今では魔王から伝授された黒いオーラを駆使した魔術を駆使し、自分の数を毎日大量に増やすことが可能になっていたのだ。さらに、各地に侵略する際にあの「黒い雲」の力を利用しそこに含まれている成分を利用したり、侵略対象のあちこちに魔術を使用したりして、次の日にはそこに住む人々や動物を全てレイン・シュドーに変貌させる事も、彼女たちにとっては今や日常の事となっていた。

 そしてもう1つ、『レイン・ツリー』と呼ばれる植物からも、新たな彼女が日々産まれ続けていた。見た目はただの樹木であり、実際元はごくありふれた木であった。だがこの『レイン・ツリー』に変貌した木は、魔王の魔術によってほぼ永遠の寿命や凄まじい耐久性、そして優れた生命力を得た代わりに、毎日新たなレイン・シュドーが生み出される『実』をつける生きた工場にされてしまっていたのだ。


 そう、この森の植物は皆、僅か1日足らずでたくさんの木々『レイン・ツリー』、そして無数の草花『レイン・プラント』にされてしまったのである。


「それにしても、凄いよね……」うん、こんなにたくさんあると……」私、まだドキドキしてる……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」私も……♪」…



 魔王から授かった魔術で生み出した白い液体には、レインや魔王以外の全ての命を、『レイン・シュドー』に変えてしまう力があった。人間や動物は勿論、レインがその気になれば無生物でも、純白のビキニ衣装のレイン・シュドーに生まれ変わってしまうのだ。今回はその調合を少し変えて、植物自体をレイン・シュドーに変貌させるのではなく、日々成長する植物の一部分を「レイン・シュドー」に日々変貌させてしまうようにした。こうして、全ての植物を毎日新しいレインを産み出す生きた工場、『レイン・ツリー』や『レイン・プラント』に変えてしまった、と言う訳である。

 この森の植物は皆、周りの植物と比べて非常に頑丈になり、寿命も非常に長くなっていた。その証拠に、並の人間と同じだけの重量に、レインが背負う愛用の剣を含めた重さが詰まっている『実』を一晩中実らせ続けても、どの木々も枝がしなるだけで一切折れず、地面を覆う植物たちも全く影響が無いかのように緑色を見せ付けているのだ。

 しかし、もうこの植物たちは普通の植物に戻る事は出来なくなっていた。先程新しいレインが生まれたばかりの実の部分が、再び膨らみ始めていたのだ。見る間に大きくなり続けているこの実の中から、翌日も、その翌日も、そして永遠に、新しいレイン・シュドーが生まれ続ける事になるだろう。


 今回この森を征服するように指令を出した魔王の狙いはまさにこれであった。本拠地の外に、世界を侵略するための手先となる存在『レイン・シュドー』を産み出す新たな拠点を創り出したのである。

 そしてそれは、レイン自身の願望でもあった。毎日大量の自分が生まれ続けるなんて、なんと言う天国なのだろうか。


「うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」うふふ……♪」…


 これから毎日、数限りなく産まれ続けるるであろう大量の自分に思いを馳せながら、数百万人のレインは一斉に笑顔を見せた。


 と、その時。


「「……しまった」」「「ねえ、レイン……」」「「「うん……!」」」


 外見同様、思考判断も全く同じパターンである彼女たちは、ある事を思い出すのもほぼ同じ時間であった。目の前の光景に興奮しすぎたせいで、この場所にやって来たもう一つの目的の事をすっかり忘れていたのだ。この森の中に、町の人たちを置いて避難をしてきたと言う、太り気味の貴族夫婦とその執事が暮らしていた巨大な木造の建物の様子である。

 こちらは植物とは異なり、件の『黒い雲』の力を利用してレイン・シュドーに変貌させるのに十分なほど大量の『液体』を雨のように降らせていた。木材の中に染み込み、上手い具合に建物の中はその液体が充満したであろう。しかし、もしそうなら何かしらの連絡が彼女の中に直接入ってもおかしくないはずである。しかし今のところ全く連絡が無い、一体どうしたのだろうか、とレインたちは少し不安になり始めた。


「「「「「……とりあえず、入ってみる?」」」」」

「「「「「「「「そうね、レイン」」」」」」」」


 産まれたばかりの数百万人のレインたちは一旦ここで待機し、先程『本拠地』からやって来たレインたちが例の建物の中へ入り、様子を見る事にした。


 建物の扉には鍵はかかっておらず、その内部は太陽の光が入っているにも拘らず、やけに暗かった。

 一体何がどうなっているのか、再びレインたちが不安になったその時、突如家の中が明るくなった。そして、彼女たちを待っていたのは――。



「ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」ようこそ、レイン!」…


 ――魔王直伝の『漆黒のオーラ』の力を応用して建物の中を華やかに彩り、空間を歪ませて巨大な部屋を創造していた、3000人のレイン・シュドーによる出迎えだったのである。


 彼女たちは皆、太った貴族夫婦とそれに仕える1人の執事が昨夜のうちに変貌を遂げた存在であった。漆黒の雲から雨のように降り注いだあの液体にもまた、『レイン・プラント』を産み出した白い液体と同じ成分が含まれていたのである。建物の中にも染み込んだこの液体の力は強力であり、強烈な眠気に襲われて永遠の眠りに就いた3人の体や心、そして衣装は、全てレイン・シュドー――他の自分を見捨てて逃げ出すようなことなど絶対にしない、永遠の平和をもたらす純白のビキニ衣装の美女になってしまった、と言う訳である。


「それで、レインたちが来ないうちにちょっとイタズラを……ね♪」「そうよね♪」


 本拠地からやってくるであろう出迎えのレインたちが来る前に目覚めた3人のレインは、そのまま喜びと共に自分自身の数をその1000倍に増やし、魔術の力で部屋の面積をたっぷりと広げた後に、他の自分たちをびっくりさせようと細工を行っていたのである。


「なーんだ、もう♪」レインったら♪」驚かさないでよー♪」心配しちゃったじゃない♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…


「あはは、ごめんごめん♪」ごめんねレイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…


 安全であったと連絡をした途端、家の中には次々に数百万人のレインたちの濁流がなだれ込んだ純白のビキニ衣装1枚でのみ包まれた大きな胸や柔らかい尻、何にも包まれず露になったままの整った腹筋や二の腕、そして心地よい唇――極楽のような空間に、3000人のレインは笑顔で身を任せ続けた。

 そして、レインたちはそのまま自分たちの記憶を統一し始めた。先程のサプライズや本拠地からここにやってくるまでの嬉しい緊張感、そして『実』から産まれた時の快楽など、様々な事柄を、皆一斉に記憶に刻み込んだのである。


 これでもう、この場にいるレインたちを同じ手で驚かす事は出来なくなってしまうだろう。しかし、彼女たちは一切後悔していなかった。無数のレイン・シュドーが延々と増え続け、世界に真の平和をもたらす光景を自ら作り出し、そしてたっぷりと味わうと言う楽しい時間が、これから永遠に続いていくのだから。


 こうして、任務を無事成功させた数百万人のレイン・シュドーは、一日中たっぷりと森の中で自分自身と戯れ続けたのであった。


「あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」…

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