レイン、改良

「ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」ただいま、魔王」…


「ふん」


 今日もレインたちは、魔王から与えられた任務を成功させた。自分自身で埋め尽くし終わった町から帰還し、ビキニ衣装に包まれた大きな胸を揺らしながら挨拶をするレインたちに、魔王はいつも通りそっけない返事をした。全知全能の存在は、普段どおり表情が見えないシンプルな仮面を身に付け、レインと真逆に一切の露出が無い漆黒や濃い紫色の衣装やマントを身に纏い続けていた。


 かつての女勇者レイン・シュドーを倒したのも魔王なら、救ったのもこの魔王であった。仲間に裏切られ、人々に絶望し、やがては自分にすら愛想を付かそうとしていたレインを自らの本拠地へ連れて行き、自らの魔術を叩き込んだり、レインの数を限りなく増やし続ける手段を教えたのだ。やがて彼女はかつて倒そうとしたはずの魔王に対して不思議な感情を抱くようになり、その信念に賛同して世界を征服するために動き始めたのである。

 だが、魔王の手先のような状態になってもなお、レインは自分は決して『魔物』ではない、と考え続けていた。しかしだからと言って「勇者」でもない、そのような称号は御免だ、と言う考えも持っていた。自分は「レイン・シュドー」、世界に真の平和をもたらす者である、その信念を彼女は有していたのである。

 とは言え、まだまだ彼女の力は魔王には全く及んでいなかった。今の彼女は、魔王に従うと言う選択肢しか与えられていなかったのだ。


「今回も、難なく成功したようだな」


「まぁね」「魔王の助けあってだけど、ね」「ありがとう、魔王」


 当然だ、と魔王は返した。


 事前に大量の異形の『魔物』を征服対象である町へと送り込み、人々を動揺させて混乱に陥れる。やがてそれを倒しに人間たちの現在の勇者たちが駆けつける。その活躍で魔物は撃退され、人々は一瞬安心感を取り戻す。その隙を狙い、全てをレイン・シュドーに変えることで侵略を成功させる――今回も、全ては魔王とレインたちの思い通りに進んだ。

 魔物を倒した勇者に対して、人々の信頼感がだいぶ薄れ始めているのは少々予想外であった。だが、これまでいくつもの村や町が同じような状況になっているにも関わらず、食い止められずに魔物の手に堕ちている事実を見ると無理もなかった。そもそも魔王が蘇った、というだけでも人々が勇者に対する尊敬の心を失い始めてしまうには十分すぎるだろう。

 そのような状況の中、一気に襲うのではなく人々が不安がっている中でじわじわと世界を手に入れる事に、魔王もレインもこだわり始めていた。魔王はより人々を苦しませるため、レインは世界が自分によって平和になる過程を楽しむために。

 女勇者と魔王――かつて敵対しあった存在は、今や利害が一致した協力関係になっていた。



「……だが油断はするな。人間側に足元をすくわれるようでは笑い種だ、レイン」

「心配ありがとう、魔王」「でも私は大丈夫よ」「だってそれって、昔の『私』でしょ?」


 自信たっぷりのレインを魔王は無表情の仮面から眺めていたが、ふと何かを思い浮かべたかのように手を動かし始めた。




「……さて、貴様らに次の命令を与える」


 その言葉を聞いた途端、彼女たちの目が一斉に輝きだした。純白のビキニ衣装のみに包まれた大きな胸を震わせ、地平線の果てから一斉になだれ込んできた彼女たちは、次々と魔王の周りに集まり始めたのだ。漆黒の衣装の魔王を中心に、あっという間に肌色と黒、そして白色のレインたちの海が出来上がった。

 普通の人間、特に男性なら卒倒しそうな光景だが、魔王は一切動じる事無く手に持ったものをレインたちに見せた。直接見ることの出来ない遥か遠くのレインにも、漆黒のオーラの力で『見える』状態にさせながら。だが、それを目にしたレインは一斉にきょとんとした表情を見せた。


「「「「「「……え、ポット?」」」」」」

「忘れたのか、この中身を」


「中身……」「えーと……」「あ、そうか!」「思い出した!」


 油断はするなと言ったはずだ、と注意する魔王に、数億人のレインは一斉に謝った。当然だろう、レインのビキニ衣装と同じく純白に輝くポットは、彼女たちにとって非常に重要なものなのだから。


「で、魔王?」「これをどうするつもり?」


「既にお前たちは、このポットや液体を創造することが出来るはずだ。だが、まだそれを実戦に投じた事がない。そこで、今回の命令を与えると言う訳だ」


 この純白のポットの中には、白く濁った水のような液体が満たされていた。レインや魔王がそれを飲んだとしても全く影響は無く、無味無臭のただの水のような感触しか味わえない。だが、この液体を彼女たち以外の存在が体に取り入れてしまうと、劇的な変化が起きる。その存在は、魔王にとって最高に都合が良いもの、そしてレインにとっては最高に美しいものに変貌させられてしまうのだ。


 そして、魔王の下した命令は、この液体を森の木々の全てにかけ、山1つを丸ごと征服する、と言うことであった。

 人間の町や村を侵略する場合とは異なり、人間側には一切気づかれる心配はない。木々の量が半端無いかもしれないが、数の力を活かせば造作も無いことだ。しかし、レインたちは緊張の色を見せ始めていた――。


「……ほ、本当に……?」

「山の全ての木を……?」


「ほう?なら山の全ての命を好きにしても良いが?」


「「「「「……ありがとう、魔王!!」」」」」



 ――ただし、それは不安や怖さからではなく、あまりの嬉しさや楽しさ故のものであったが。


 山を覆う全ての命を、レイン・シュドーが大好きなものに変えてしまう事が出来る。未来永劫、彼女たちが思い通りに出来る広大な場所を手に入れることが出来る。なんて嬉しい事なのだろう、彼女の緊張はやがて興奮へと変わっていった。



「「「「「「「「「「魔王、油断せず頑張るわ!」」」」」」」」」

「……ふん」


 何時ものように鼻で笑う魔王だが、その鼻息はどことなく呆れ混じり、しかし嬉しそうなもののようにレインは感じた。

 魔王にとっても、自分の戦力をさらに増強できる絶好の作戦なのだ。



「いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」いってきまーす♪」…


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 そして、大きな胸を揺らす数億人もの自分自身に笑顔で見送られながら、数百人のレインが魔王の力で転送されていった。今回の征服対象となる、人里離れた鬱蒼とした森の中へ……。

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